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土曜日はどの学年も午前中授業。お昼少し過ぎの昇降口あたりはすごく混み合う。待ち合わせて帰る誰もが、邪魔にならないように校舎から出たところで待つのが定番になっていて、昇降口前の広場には、一足先に混雑を脱出して振り返り、待ち人を探す生徒がぽつぽつと並んで立つ。一組の靴箱は一番端で、人の流れから逸れているせいか少しだけ空いているけれど、通路中央辺りの四組は自分の場所に近付くのも苦労する。僕も倣って、人混みを吐き出し続ける玄関にえりかの姿を探して立った。
ふと、すぐ近くの花壇に視線を移す。ちょうど去年の今頃、委員会で遅くなってすっかり暗くなった時間に、修とここで待ち合わせをした。この花壇に腰掛けて僕を待ち、寒そうに白い息を吐きながら小さく歌っていた修の姿が蘇る。愛おしげに見上げたその視線の先には、冴え冴えと美しい月が掛かっていた。
「お疲れ、お先」
はっと顔を上げると湊だ。うん、と答えて手を上げる。
「あれ、今日は二人?」
早瀬の声に湊と同時に振り向く。隣に修も立っている。
「これから修君と産業祭に行くんだけど、一緒に行かない?」
「いろんな企業がブースを出していて、
最新PCとか技術の解説とか科学実験の体験とかできるんだって」
え、何それ楽しそう。湊は乗り気で、どこでやってんのと聞くと、修と早瀬がほぼ同時に、クラスマッチで毎年使っている総合体育館の名前をあげた。
「自治会の婦人会とか地元のレストランとかが安く食べ物だしているから、
お昼もそこで食べるつもり」
早瀬の言葉に修がうんうん頷くと、湊も、俺も行こうかな、と言う。いいなあ。
「いっちはどうする?」
「僕は」
「ちょっと、伊月君に付きまとうのやめてくれない?
迷惑なんだけど」
でた。えりかの突き刺さるような言葉に、空気が凍りつく。
「ここで会って、ちょっと話していただけだよ」
なんだよ、付きまとうって。うんざりする気持ちをぐっと飲み込んでなだめるようにいうと、あなたは黙ってなさいよ、と怒られる。湊と早瀬君はおもしろくないという表情を隠しもしない。修は哀しそうに俯いている。また、こんな顔をさせてしまった。
「僕は、えりかと帰るから。三人で楽しんできて」
ちょっと同情の色を混ぜた目で僕を見て、いこ、と早瀬が修を促して背を向ける。
「それ、どういう事よ」
えりかの怒鳴り声に、僕たちだけじゃなく、周囲の他の生徒も驚いて振り返る。気づけば僕たちを囲むように遠巻きに輪ができていた。え、なんで僕に向かって怒鳴っているの? なんかしたか?
「私とじゃ楽しくないっていうの?」
「え、いや、そういう意味じゃ」
「じゃ、どういう意味よ」
もう嫌だ。なんで思ってもいないことで責められるんだ。いや、本当は思っていたのかも。それがうっかり滲んじゃうのかもしれない。それでも口にも態度にも出さないようにしているじゃないか。こんな大勢の人前で罵られる程の事か?
「土下座して」
「え」
「土下座して、もうこの人たちとは絶対関わらないって言って」
一瞬、目の前が真っ暗になった。仁王立ちに腕を組んで僕を睨む彼女の姿がぼやける。