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P16

言われて意識するようになったからなのか、たまたまか、それから、修と藤森さんが一緒にいるところをよく見るようになった。カフェでえりかと昼食をとっていると、窓越しにテラスのベンチに並んで座る二人が見えた。ひとつのイヤフォンを半分ずつ、お互いに近い方の耳につけて、肩を寄せてCDのジャケットをみて楽しそうに話している。

委員会は前期、後期に分かれているから、修もえりかも僕も、もう図書委員じゃなかった。それでも、図書室に寄ると、修が藤森さんに何か本を選んで差し出している。帰りはお互いの教室の前で待って、一緒に下校する。決して、いちゃつくという風ではなくて、自然に仲の良い、可愛らしい恋人って感じだった。周囲の反応も、あの二人なら納得、と、微笑ましく受け取られているのが大半のようだ。

僕自身、思っていたよりは平穏だった。たまに胸がぎゅってする時はあるけれど、素直に、修が幸せそうなのがうれしい。最近、僕と関わっている間は、いつも泣きそうな、つらそうな表情ばかりだった。けれど、あんなに穏やかに笑っている。


僕自身はどうかというと、正直、少し疲れている。どういうわけかえりかは、修と藤森さんみたいにしろ、いや、もっとちゃんとかまってくれと欲求する。音楽プレーヤーを持って来て、イヤフォンを片方ずつにして聴こうというので付き合うけれど、男性アイドルグループの曲にはどうしても興味が持てない。ティーンズファッション誌と言われる、中高生の女子がモデルをする雑誌を見せられて、このスカートがどうとか、髪型がどうとかいわれてもピンと来ない。興味なさそうにしていると不機嫌になる。他のクラスの女子の名前を上げて、大学生だか社会人だかの彼氏に、アクセサリーをプレゼントしてもらったんだって、いいなあ、という。彼女が望むようなプレゼントをするお金がないわけじゃないし、あげるのはいいんだけれど、僕自身、誕生日とか、何か理由でもなければ物をもらうのは好きじゃない。欲しい物は自分の力で手に入れてなんぼ、と、じいちゃんに言われてきたせいかもしれないけれど、物でつられるみたいで気持ち悪くないのかな、と思ってしまう。日毎に義務が多くなる。メールは一日何通以上、帰りは教室の前で待っている事、えりかの荷物が多いときは、進んで持つ事、目が合ったら可愛いなって愛おしい気持ちがあふれる目をする事、なんとなく機嫌が悪い時は、察してアイスとかケーキを食べて帰ろうって誘う事。もちろん、僕のおごりで。


「へえ、王子様は、下僕に格下げか」


湊にふと漏らした時、そう言われて愕然とした。この伊月様が、下僕? 辛くなるばかりだとわかっていても、つい修たちと比べてしまう。藤森さんは修と話す時「恋しています」って感じの、すごく幸せそうな顔をする。二人は、なんとなく、明るくて清潔な、健康的な空気に包まれている。参考書を解いているだけでも、なんて楽しそうなんだろう。修が制服に何かをこぼして、藤森さんがとっさにハンカチを出して拭いて、顔を見合わせて笑い合う。少しずつ、えりかを避けるようになってしまうと、さらに束縛はきつくなる。

なんでメールくれなかったの?

寝ちゃったんだよ。

起きてから送ってくれればよかったじゃない。

そっちだって返信しない時あるだろう?

私はいいの。今は、伊月君の話をしているんだよ。

えりかの事、大事じゃないの? 好きじゃないの? 好きなら、証拠を見せて。


疲れた。


昼休み、えりかが今日は友達とごはんを食べるというので、一組の自分の席で湊と食べた。食べ終わって、後ろの黒板やその周辺に貼り出されている、校外テストや資格試験などをチェックしながら話していると、少し離れたドアのあたりから、「藤森さん」と呼ぶ声がして、はっと視線を向けると、修が立っていた。ドアのところで藤森さんに小さな包みを渡して短く何かを話すと、藤森さんがうれしそうにうんうんと頷いて、ありがと、じゃ、と手を上げて背中を向けて、自分の席に向かって歩き出した。修も帰りかけて、ドアから離れ、すぐに戻ってきて、


「麻琴」


と声を掛けた。下の名前、呼び捨て。教室中が、ざわっと華やかに騒がしくなる。困ったように笑いながら、ドアのところに戻る彼女に、


「じゃ、なくて、藤森さん。ごめん」


と、赤くなって済まなそうに頭を下げる。


「ううん、いいよ、なあに?」


「英語のノート、うちに忘れていったの、持って来ようと思って忘れた」


「ああ、そっちにあったんだ。今日帰りに寄っていい?」


「わかった、一緒に帰ろう」


「うん、それと、もういいんじゃないかな」


「うん?」


「名前。学校でも、麻琴で。私も修って呼ぶ。どう?」


その言葉に、修は少し恥ずかしそうに、ぱっとうれしそうな笑顔になった。


「そうできたら、うれしい。じゃ、麻琴、また後で」


気が付いたら、静かに教室を出ていた。

隣の二組の教室の前を、修の背中が遠ざかっていく。それとは反対側に歩き出す。この先は突き当りが理科室で、廊下を右に折れると旧館に続いている渡り廊下になっている。昼休みは行き来する人も少ない。しんと暗い廊下に、ついてくる足音に気づいて振り向くと、湊だった。渡り廊下の、裏庭側の窓を開けると、秋の、日陰の少しひんやりとした湿っぽい空気が入ってきた。窓枠に肘をついて、頭を抱えるように俯く。下の名前で呼び合うほど、修の家に行って勉強をするほど、もう、そんな仲なのか。おばあちゃんもゆいちゃんも、きっと藤森さんの事が好きなんだろう。修の家の畑のトマトをとったりもするんだろうか。

涙が落ちた。修が幸せなのはうれしい。僕はもう、特別じゃない。これから、手をつないで歩いていくのは。くしゃりと少し乱暴に頭を撫でられた。バカ湊。髪が乱れるだろう。文句より、嗚咽ばかりが漏れた。これでいい。うそ。本当はちっともよくない。なんでこんなに、いつまでもずっと、修が好きなんだろう。修じゃなきゃだめなんだろう。僕といたって、傷つけるばかりなのに。一体いつになったら、この思いは消えるんだろう。

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