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P12

夏休みが終わればすぐに文化祭。去年、弦楽三重奏で出演した僕は、一応、クラスの担当から講堂の発表、どうするか打診されたけれど、今年は去年一緒に出た修も早瀬もクラスが違う。他にやりたい奴らがいるっていうから、そいつらに出てもらう事にあっさり決まった。

去年「アリスの迷宮」を発案した三人のうちの一人は一組にいたけれど、彼女はどちらかというと後方支援タイプらしく、サポートでは力を発揮するけれど自分から進んで行動を起こすわけじゃない。お茶を濁すような内容の発表を、力を抜いたペースで準備することになった。去年の白熱した時間が少し懐かしい。その分、四組には濃いメンバーが揃っている。企画力、決断力の高い岡田早彩も四組だ。向こうはまた、何か面白いことを企画しているらしかった。羨ましいという思いと、気力が落ちているせいか、面倒だなという思いが混ざる。

ある日の昼休み、えりかが浮かない顔をしていた。なんかあった? と聞くと、泣きそうな顔をして、一瞬口ごもる。


「伊月君、戸川君と、仲良い?」


「えー、よくないよ。何、あいつに何か言われたの?」


眉を寄せてみつめると、えりかの目にじわりと涙があふれて、唇が震える。


「一生懸命準備手伝っているのに、

 私にばっかり、いろいろ言ってくるんだもん。

 すごく、意地悪なこと言うんだよ」


あの野郎。

戸川は、どういうわけか入学した当初から、僕と修にやたらと突っかかっていた。プライドが高く尊大で、感じの悪い嫌なヤツ。多分、以前もめて殴ろうとした事を根に持っていて、僕の彼女だっていうだけで、えりかの事が気に入らないんだろう。そんな事で何の関係もないえりかに当たるなんて、陰湿な奴だな。


「わかった。次に何か言われたら、僕に言って」


うん、といって泣く、彼女の頭をそっと撫でた。


それから一時間も経たず。

午後の授業は文化祭の準備にあてられていた。その時間。だらだらと看板の文字をペンで塗りつぶしていると、「神崎」と声を掛けられた。顔を上げて声のした教室後方を見ると、泣きじゃくるえりかが四組の女子に付き添われて立っていた。急ぎ足で駆け寄る。


「どうした?」


「戸川君、私たちに、教室から出て行けって言ったんだよ」


元二組で、一年の頃からえりかと仲が良かったという付き添いの女子が、怒り心頭といった風に僕に訴えた。さっと血の気が引いて、怒りが背中を冷たくする。大股で四組に向かって歩き出した。


「いっち、待てよ」


僕の腕をつかみかけた湊の手を振り払う。廊下を進み、勢いよく四組のドアを開けると、教室中の視線が集まった。ざっと見回して戸川の姿をとらえ、一気に距離を詰めて制服のシャツの襟をつかんだ。


「なに、えりか泣かしてんだよ」


「へえ、王子様の登場か」


「なんだと?」


少し離れたところから、誰かの、やめなよ、という声が聞こえる。


「教室をでていけとか、お前にいう権利あるのかよ」


「お前のオンナが使えないから悪いんだろ。邪魔なんだよ」


殴りかかろうとする僕の拳を、誰かが掴んで止める。振り向いて睨みつけると、修だ。


「やめてよ、伊月」


「佐倉君こそやめてよ!」


えりかの声に、びくっとしておずおずと僕から手を放して距離をとる。一瞬呆然とした僕の手を、戸川が払いのける。早瀬が執り成すように一歩輪の中に進み出た。


「あのさ、北澤さん、手伝うのが嫌なら、無理にしなくていいよ。

 ただ、少しでもいいものにしたいってやつらもいるんだし」


「偉そうに指図しないで」


制服を直しながら、ふん、と僕を睨んで、戸川が修の肩に手を置いた。


「佐倉、こんなやつら相手にする事ない。作業続けようぜ」


は? なんで、戸川がそんな、修に親しげにしているんだよ。修は無言で俯いて、ちらっと僕を見て背を向けた。早瀬がさらに一歩踏み出して、僕と修の間に立つ。


「準備、時間ぎりぎりなんだ。

 邪魔する奴と他のクラスの奴はでていってもらえるかな。

 偉そうに指図して悪いけれど」


静かだけれど、目の奥と言葉の端に強い怒りが籠っている。いつも穏やかでクールな早瀬がこんな言い方するなんて。えっと、待って。戸川が、僕の彼女のえりかにひどい事を言ったんだよね? 修と早瀬は僕の味方で、戸川の敵、って立ち位置じゃないの?


「最低。いいよ、行こう、伊月君」


予想だにしなかった空気に混乱したまま、えりかに腕を引かれて四組の教室から出た。

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