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P11

夏休みに入って、去年と同じように夏期講習が始まった。夏期講習は基本的にクラスごとだけれど、選択の科目は文系、理系関係なく生徒が混在するようになる。実際に授業を受けたりする修を見ていてなるほどと思う。修の近くの席につきたがったり、休憩時間に質問と称して話しかけたりする女子が多い。

僕の隣はいつも、事前に受講内容を合わせていた北澤さんだ。彼女は後ろの方の席に座りたがったから、修とは遠い。もう僕に対しては見せてくれなくなった無邪気そうな笑顔を、離れた背後から見るたびに心が痛んだ。

授業が終わると、駅まで北澤さんを送って一人でマンションへ戻った。どうしても去年、毎日のように湊と修が遊びに来てくれて、一緒に昼食を作ったり、授業の見直しをしたり、バカな話をして笑い合ったりしたことを思い出してしまう。

こんな風に振り返ってばかりなんて、おかしい。この、伊月様の、高校二年の夏休みだぞ? 修と二人で、僕の誕生日にジルエットに行った事、タクシーの中で手が触れた事、僕の部屋でシャワーを使って、濡れた髪で、僕の部屋着を着て立っていた修の姿。唯ちゃんと公園に行った事、修の家の天体望遠鏡で土星をみせてくれた事、学園祭の事。どうしてもっと、大事にしなかったんだろう。後悔なんてどんなにしたって、時間は戻ってはくれない。


「今日は遠回りしようよ」


夏期講習の帰り、そう北澤さんに誘われて、ファーストフード店で一緒に昼食をとって、そのまましばらく話し、暑さを避けて雑貨や服の店が入ったビルを歩いた。店を出て空を見ると、雲がピンクっぽいオレンジに染まって、地平に近いあたりは濃い紫色をしている。遠く、幻みたいに灰色っぽいオレンジ色の入道雲。夏の夕暮れは好きだ。よくわからないけれど、どこか懐かしい。

いつもは通らない、駅の反対側の広い公園を横切って帰ることにした。たくさんの桜やどんぐりの木なんかが生い茂って、噴水もあって、空気が一段、ひやりと涼しい。


「神崎君、これ」


彼女がバッグから出して、僕に差し出した包みに少し驚く。


「誕生日、おめでとう」


ああ、そうか、今日は。


「すっかり忘れていた。ありがとう」


「ええ、本当に?」


あれから、ちょうど一年。修への、自分の気持ちに気付いてから。おかしそうに笑う彼女に、笑みを返す。このままじゃ、彼女に対しても不誠実すぎる。本当にもう、切り替えないといけない。そうすれば、きっといつか、修ともいい友達になれる。


「あのさ、これから下の名前で呼んでいい?

 神崎君って呼ぶの、なんかよそよそしいよね」


「うん、そうだね、いいよ」


「じゃ、伊月君」


「うん」


お互いに少し照れた笑みを交わす。


「私の事も、名前で呼んで。えりかって」


さあっと、木々の枝を揺すって夕暮れの風が吹く。雲はもう、青みがかった濃いグレーで、木立の向こうの車道を走る、車のヘッドライトに照らされた、公園の隅の方はなお昏い。ふいに、ひぐらしの声が止む。


「えりか」


囁くように名を呼んで、頬に触れ、ゆっくり近づいて、軽く触れ合うだけのキスをした。

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