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夏休みに入る少し前、七月の、梅雨真っ盛りのとある日、僕の日常は一変した。進級したばかりの四月、輝かしい高校二年生の日々に何の疑いも持たずにいたというのに。
後悔先に立たず。過ぎた時間は巻き戻せない。もちろん、僕自身がバカだったんだけれど。懺悔と、多少なりともみなさんの暇つぶしにでもなればって事で、僕のバカっぷりを話そうと思う。
窓の景色を埋め尽くしていた桜が散る。一年の教室は四階だったから、学校の桜がいくら巨木とはいえ、窓際に立ちでもしなければ桜の花はほとんどみえなかったけれど、二階に移った今年は、さすがに枝が近い。
みなさんこんにちは、というか、お久しぶりです。はじめましての方は、はじめまして。二年生になって、ますます絶好調な、神崎伊月です。ちなみに、よく間違えられるけれど、かんざきじゃなくて、こうさき、ね。
え、誰よ?
「修君、伊月君、早瀬君と来たら、次は高城湊君じゃないの?」
とか言っているの。みーのファンはおしなべて爆ぜるがいい。つか、まあね、みーの事より、この伊月様の華麗な高校二年生ライフの方が、絶対需要があるっていうね。そのうち多分、みーの番も来るだろうけれど、今回は僕、神崎伊月にお付き合いください。
一年の三学期は五組、特進コースでは最下位クラスという、この伊月様にとってはかなり不名誉な成績で過ごしたけれど、今年は特進A(文系)一組の五位。本当は一位、いけるかなって思っていた。三学期はかなり必死に勉強したんだけれど、範囲が学年全体なわけで、二学期に成績を大幅に落とした僕は、さすがにこれで精一杯だった。
いや、それでもさ、二一八位からの五位だから! マジで大躍進だよ。去年、やっぱり三学期に成績を一位から三二位に落とした修は、特進B(理系)で一位に返り咲いているけれど。修の勉強量と集中力は半端ない。僕と比べないでいただきたい。
今年の二年の特進Aは一~三組、特進Bが四~六組。一般進学コースから成績優秀者一クラス分が特進に格上げされて、七~一二組が進学A(文系)、一三~一七組が進学B(理系)。これが、今年の二年生のクラス編成。
一組と四組のメンバーは、それぞれだいたい元の一、二組が半々くらいずつ占める。僕と湊は一組、四組には修と早瀬、岡田早彩ちゃんがいる。さあやちゃんは、一年の学園祭の「アリスの迷宮」の提案者の一人で、修にアリスドレスを着せるために僕と二人で画策してから、なんとなく仲が良い。いたずら好きで頭の回転の速い、度胸のある「話せる女子」だ。四組に遊びに行って、修がいない時なんかに、
「修君? さっきUFOが来て、宇宙人とどこか行ったみたい。
なんかさ、修君って、宇宙人っぽいなとは思っていたんだよね」
なんて、真顔でさらっと言う早瀬より頼りになる。やめてくれよ、あり得そうで笑えないだろ。ちなみに、戸川も四組だ。戸川のくせに、修と同じクラスなんて生意気だ。けど、まあ、あいつ、成績はそう悪くないし。修との愛に目覚め、精神的に成長した伊月様は、その程度の事で心を乱されたりしないのだ。ありがたく思うがいい。なんて。
さらっと言っちゃったけれど、修は相変わらず可愛い。天然で大幅にずれていることが多いけれど、それでも、僕に真っ直ぐな好意を向ようとしてくれる。今は、それで充分だ。
お昼休みは、晴れれば僕と湊、修、早瀬の四人で中庭に出て食べる事が多い。教室の外で昼食をとるのは二,三年生がほとんどで、一年生はあまりみなかったけれど、二年になってみれば納得だ。一年は、本館(新館)四階と、中庭から少し離れたところにある旧館三階に教室があった。二年生は、進学コースが本館の三階、特進コースは二階になる。三年生は二階のほとんどと一階の一部。四階と比べたら、中庭に移動するのがぐんと楽になる。それともう一つ、前の学年に同じクラスで、離れてしまった友人と一緒に食事するのには、どちらの教室でもない、中庭やカフェが集いやすいって事もあると思う。
僕たち四人の暗黙の了解っていうか、「今いる場所を大事にしよう」みたいな主義がいつの間にかできていて、特に用がない限りはお互いのクラスを行き来したりもしない。
雨の日は帰りまで修に会えない日も多い。やっぱり、同じクラスの早瀬と戸川がちょっと羨ましい。