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アクノミカタ  作者: 柏木大翔
1.始まり
2/4

誰が為に君は嗤うか

胸糞

 ああつまらない。


 毎朝早く起き、電車に詰め込まれ、そして学校へと通う。

 休日は部活へと通うために同じことを繰り返す。


 どうせ成長しても普通に大学へ行って、就職して、殆ど何も変わらない日々を過ごすのだろう。


 変化のないそうした日々は、決して怠惰に受け入れられるほど満足の出来るものではない。

 なぜ周囲の人間がそれを享受出来ているのか、全く理解できない。宇宙人なのか、異世界人なのか、思考回路が全くわからない。まあ実際、宇宙人なり異世界人なりだったらこれ以上に最高の展開などありはしないのだがな。



『何考えてるか分かんない』


 これは俺の母親と言う人間の言である。それはこちらのセリフだ。勉強しろ、人目を気にしろ、普通でいろ。いつも刺される指図はそう言った類のものだ。

 だがこちらに言わせればお前が何を考えているんだ、といったところだ。どうしてそんな生き方をしなければいけないのだろうか。強制されて自分を殺して生きてきた。けれどそれに決して生きる喜びを見つけることは出来ない。

 人の生きる価値は喜びを見つけることだと言っていた。それを鵜呑みにするならば、俺の人生には一円の価値もないことになるだろう。


 だからなのだろうか。俺は他人の不幸を見ると喜ばずには居られない。心のどこかで俺と同じ位置にまで落ちてくることをずっと願っているのかもしれない。それが周囲の人間の性質と異なっていることは知っている。歪んでいると言い換えてもいいだろう。



 別にそれで構わない。俺はこれからもそうして生きていくのだし、それを変えるつもりもない。不謹慎だと言われようと、大して気にするようなことではない。

 もともとゼロなのだ。失うものなど存在しない。



 ***



 今朝も電車を待つために駅で待機している。電車は十分に一本。都会からしてみれば田舎だが、田舎からしてみれば十分に都会だろうという具合の位置にこの路線はある。


 休日ということもあってホームには人の影がまばらにしかない。部活というものも面倒なものだ。特に運動系などなんの意味があるのだろうか。将来に繋がるものでない以上、無駄と言わざるを得ないのではないのか。

 そう思っても決して口には出さない。面倒になるからな。



 ――無気力。


 人は俺をそう称する。だが俺はそれに対して異を唱えたい。俺の気力が湧かないのではない。気力を湧かせるものが存在しないだけだ。



 どうせ今日も変わらない日が過ぎるだけ。鬱屈とした日々に思わず吐き気を催しそうになる。


 ああ、つまらない。


 ああ、つまらない。




 視界に変な影が見えた。

 ふらふらと、体を揺らしている女子校生風の女だ。貧血なのだろうか。それとも寝不足なのだろうか。そんなことは正直どうでもいい。少女が不幸であるのならば、それだけが俺の関心を誘う。


 フラリ、フラリと揺れる。まるで振り子のように左右へ運動を続ける。正直そろそろ鬱陶しくなってきた。さっさと倒れるかでもすればいいのに。きっとどこかの心優しい・・・・人間が助けてくれるだろうに。本当に目障りだ。


 アナウンスが電車の到着を告げる。こいつが電車に乗ったら途中で急病人とやらで電車が止まるのではないだろうか。そうでもなったら面倒だ。このままホームで倒れてくれるのが一番楽なんだが。

 そう思っていると、そいつはなぜか前へ前へと進み始めた。


 まさか、とは思った。

 見るまでもなく、俺は自身の表情が笑みを浮かべていることが分かった。期待――しているのだ。それは極上の不幸に違いない。想定もしなかっただろうその不幸が、俺の心を昂らせる。



 さあ落ちろ、さあ落ちろ。



 俺がそう願ったせいだろうか、そいつはホームから姿を消し、線路上へと落ちた。

 悲鳴は聞こえない。誰も緊急停止ボタンを押さない。今日が休日でなかったら。傍に誰か居たら。落ちたタイミングが違っていれば。いくつかの不運が重なり一つの不幸へと帰結する。

 電車はもう直ぐだ。あと十メートルもない。終わりだ。


 俺はその少女の表情を見つめていた。


 そしてそいつも俺の表情を見つめていた。



 黒い髪に黒い瞳。人形のように整った顔。鼻梁が高く鼻筋が通っている。グロスを塗っているのか赤い唇はテラテラと光を跳ね返し、どこか妖艶な表情を演出している。目は大きく、(まなじり)が少し下がっていることで小動物的な印象を与えるため人を惹き付けそうだ。


 そんなそいつの顔は無表情。今何が起こっているのか、全く分かっていないようだった。


 だから、それがあまりにも滑稽で。



 ――俺は高笑いしていた。



 警笛。急ブレーキの音。誰かの悲鳴。哄笑。



 もう間に合わない。電車はそのまま不快な音をあげ、鮮血や肉片を散らせながら少女に乗り上げた。



 嗤う。


 嗤う。


 嗤う。



 そして満足に笑い続けた俺の意識は、何かに呼応するように黒に塗りつぶされた。

誤字脱字、意見質問などございましたらお申し付けください。

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