表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/23

幻影:這い寄る暗闇のシュトゥルフ

ちかれた(小声)社畜やめたい……


 ――――暗闇の底からその手は伸びていた。


 殺セ。

 声なき声。

 頭の中に響く【言葉】

 躊躇いなくその声は逃げる彼に腕を伸ばし、その足音はハッキリと闇を歩く彼の横に聞こえる。

 そしてその両腕はゆっくりと彼の両腕を捉える。

 ヒタリ……

 感じるのは、冷たい濡れた肉の感触。

 耳元に指が吸いつき、穴をほじくり、鼓膜を破り、中へ中へと何かが入ってくる。

 もう何も聞こえない。

 グチュリ……グチュリ……

 頭に響くのは、耳をほじくる肉の音。

 頭蓋の裏を掻き毟る、骨の叩く指の音。

 ヒタリ……

 小さな両手が眼元に覆いかぶさる。

 その手は冷たく、まるで子どもの様に小さく、見開いた硬い眼球のレンズを爪が僅かに撫でる。

 それはまるで優しく母の様に。

 初雪を踏みつぶす、子どもの様に無邪気に―――

 

 ――――殺セ。

 グチャリ……

 破裂する目玉。

 小さな指が肉を撹拌する。

 眼底がコリコリとほじられて、剥きだした神経に何かが流し込まれていく。

 身体が侵されていく。

 頭が弄られていく。

 神経に何かが走るたびに、ビクリと肉体が痙攣し、闇の中で彼は静かに黒い雲に覆われた空を仰ぐ。

 そしてダラダラと口の端から唾液が零れる―――

 

 ――――覗かせる明り。

 

 夜の闇が僅かに裂けて月が顔を出す。

 真っ青な、サファイアのような煌めきと輝きを放ち、月が夜の広がる。

 闇の底に沈んでいく彼を、静かに照らしだす。

 無数の手に引きずりこまれ、彼は夜空の月を仰いで吼える。

 ――――殺セ、【神】ヲ殺セ。

 ホォオオオオオオオオオオオッ

 闇の中に声が響いた。

 そして彼は暗闇の底に、無数の腕と共に沈んでいき、そして誰も消えてなくなった。

 そこは【闇】の底。

 その地は、存在してはならぬ場所――――







 赤い雨が広場に広がり、真っ赤な水たまりがあちこちに広がって、雨滴に僅かにピチャリと跳ねる。

 ささめく雨音は街全体に広がり、潮騒をかき消し、海鳥の姿を飲み込む。

 ザザザザッ……

 ノイズが走り揺れる街の景色。

 雲は黒く分厚く頭上を覆い、古いレンガ造りの街並みは血のように紅く滲み、そこにはアルテスの街があった。

 今にも闇に沈みそうなほどに、深く、紅い街があった――――

 ――――アエネルコ……フォトラ……フォトラエガ……。

 低い声が聞こえる。

 声に合わせて、街の広場の噴水は紅く噴き上がり、石畳の道が僅かに盛り上がる。

 そして、空気が揺らぎ、世界が崩壊を始める――――

「何よこいつ……」

「……」

 雨に濡れて立ち尽くすのは一人の少女。

 蒼いガントレットを右腕に添え、濡れたワイシャツを身に纏い、そこには赤い雨に紙を掻き上げる。

 傍に立つのは、同じ背丈の少年。

 雨風に揺れる長いトレンチコート。

 少女と打って変わって身体は何一つ濡れず、平然とした表情で、広場に足を一歩踏み入れて立ち尽くす少女を促す。

「行こう……」

「でも……」

「止まらないよ。……この先にシュトゥルフがいる」

「何よ……何よシュトゥルフって!?」

「異界からの来訪者――――最初の【人】だよ」

「人!?」

 ――――そこには【人】がいた。

 噴水の真ん中、白いローブは風にはためき、地面から僅かに浮かび、そこには少年が一人立っていた。

 腹に突き刺さった杖。

 ニヤリと歪む口元。

 フードはめくれて、項垂れた頭が剥き出しになり、ぽっかりと両眼が抉られていた。

 メコリ……

 くの字曲がり迫り出す背中。

 開いた口からは、黒いヘドロがベトベトと垂れた舌の先から滴り、今にも何かが吐き出されそうになる。

 その少年の身体から、何かが【生まれ】る。

 人を苗床に、【憎悪】が世界に生まれ落ちる――――

「這い寄る闇のシュトゥルフ……」

「――――化け物……」

 ボトリ……

 赤い水の中に落ちる【闇】

 吐き出されたのは【人】

 頭は歪なほどに大きく、手足はまるで変えるのように細く小さく、腹はぽっこりと膨らんでいた。

 伸びる長いへその緒は少年の口の中へと伸び、その身体は墨の如く黒い。

 その生き物は、まるで生まれ落ちた赤子のように―――

 ペタリ……

 ペタリ……

 水たまりに吸いつく手足。

 四つん這いになり、黒き赤子は腹を石畳の地面に這わせ、大地の上に立つ。

 そしてこちらに歩み寄る。

 その窪んだ二つの目が、こちらを捉える。

 ニィと笑う――――

「……何、こいつ」

「這い寄る闇のシュトゥルフ。神と呼ばれる存在が最初に創造した【人】のなれの果てだよ。

 最初に人を作れど、失敗作の子どもは【闇】の底に葬られた。そして何億の時を経て子どもは肉を得た」

「―――違う……この化け物の、憎悪の源は何?」

「故に彼は神を憎む―――故に放浪者はあらゆる世界をめぐり、神への道を探る」

「……」

 ゾワゾワと鳥肌と共に僅かに後ずさる少女を横目に、トレンチコートを靡かせ少年は腰に手を添えた。

 そして引き抜くのは、手に余るほどに巨大な銀のリボルバー。

 ガチリと重たい音と共に引き絞られる撃鉄。

 その銃口は這い寄る黒き命を捉える―――

「行こうか、バァル……僕らの敵だ」

 カチンと振り下ろされる撃鉄。

 ドゴォオオオンッ

 マズルブレーキから硝煙が噴き上がり、大きく持ち上がる銃身。

 弾丸は真っ直ぐに這い寄る黒い子どもめがけて吸い込まれていき、そして土埃が空高く赤い雨へと立ち上った。

 雨は降りやまず、土煙と瓦礫がバラバラと広場全体に広がる。

 ―――広がる【闇】。

 石畳全体へと広がる黒い染みは一瞬で街全体を覆い尽くし、そして後ずさる少女と少年へと伸びた。

「飛んで!」

「言われなくても!」

 飛び退く二人を追いかけ、地面から伸びる無数の手。

 少女は息も絶え絶えに、雨の重たさに身体を引きずるように飛びながら、周囲の建物へと飛び乗った。

 そして伸びる無数の黒い腕を前に引き抜く2本のナイフ。

 ヒュンッ

 風を斬り裂き、虚空に走る鋭き閃。

 黒い血飛沫を散らすままに、少女は追いかける【敵意】を前に苦い表情で飛び退いた。

「くぅ!」

「戦って!」

「どこに敵がいるのよ!」

「見えないの!?」

「見えるわけないでしょ!」

 そう言いながら、ふと視界の端の映るのは白いローブを着た少年の影。

 ズムリ……

 黒く広がった地面の染みへと引きずりこまれるその表情は柔らかく、眼を抉られながら雲を見上げていた。

 微笑み、そして飲み込まれ、グチャリ……イヤな音が広場に広がった。

 見えなくなった。

「……ガントレットぉ!」

『は、はい!』

「死んでもロストって形で最初の森に戻れるのよね!?」

『そ、それは……』

「答えなさいよぉ!」

「―――死んだよ」

 ヒュォオオッ

 風が激しい渦を描き、振るいては虚空を薙ぎ払う鋭き刃。

 ぎらつくは、巨大な銀の鎌。

 少年は襲いかかる触手を前に、巨大な鎌を一本、両手に握りしめ振るいながら、行き人積み出さずに叫んだ。

「早く戦うんだ!」

「どういう事よ!」

「―――魂に呪印を刻まれた眷属に、既に未来はない、人でなくなることを死ぬというのなら、彼は既にそうだ!」

「……。助けられるの!?」

「自分を助けることを優先しろ、冗談抜きで死ぬぞ!」

「―――くそったれぇ!」

 薙ぎ払う鎌の風を横目に、少女はナイフとピストルを握りしめ、四方から襲いかかる敵意を前に攻撃する。

 だが触手の数は減らず、敵意は津波の如く、少女を飲み込もうと腕を広がる。

 敵意が少女の心を踏みつぶそうとする。

 追いついてくる―――

「くそ、くそ……!」

 ――――怖い……。

「こんな……こんな……!」

 ―――死にたくない……!

「私は……」

 ―――いや……!

「ミスティックドライブ!」

 黒く闇に沈んでいく周囲の景色。

 降り注ぐ赤い雨の勢いも、背後に広がる敵の気配もその大きさも速度もゆっくりとなっていく。

 そしてその止まった時の中、少女は走る。

 逃げる。

 闇を掛け、ぬかるむ地面を踏み、走る。

 激しく揺れる心の震えを抑えようと、息をきつく殺し、胸を掻きむしり、唇をかみしめる。

 暗闇を駆ける。

 涙が零れる――――

 

 ―――殺セ……

 

 頭に刻まれる【言葉】

 ハッとなって脚を止め、後ろをふと振り返れば、そこにはどこまでも広がる暗闇がひろがっていた。

 何もない。

 街の景色も闇に沈み、空の景色も雨のカーテンも消え、のっぺりとした景色が広がっていた。

 ただ、凹凸のない静かな景色が広がっていた。 

 何も、見えない―――

 

 ―――殺セ……殺セ……

 

 ヒタリ……

 聞こえるのは、小さな足音。

 波打つ表面。揺れる水面。

 澱みの底を伝い、這いあがり、近づく何か。

 姿はない。

 声はなく、足音もなく、気配もなく――――まるで景色全体がにじり寄るかのように、大きな何かが近づく。

 覆い隠す様に、大きな【闇】が立ちつくす少女へと近づく。


 ――――神ヲ……世界ヲ……壊シ……犯シ……ソシテ、孕マセル……。

(いや……いや……)

 【闇】が少女を飲み込んでいく。


 嗤っている――――


 ――――我、シュトゥルフ……我……一ツニシテ……全ナリ……


(あああああああああああああ!)

 



 断末魔が深い【闇】の底に響いた。




まぁ今日は軽めにこんな感じで(*´ω`*)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ