海の見える街アルテス
「ここどこ?」
「本来この世界に飛ばされた冒険者が最初に来るはずの街」
「……」
「かなり追いかけるの大変だったんだよ。てっきりこっちに来るかと思って色々探しまわったんだから」
「―――お疲れさん……」
「どうも。じゃあようこそアルテス市街地へ」
最初の森を抜け、灰の大地を抜け、私達は海辺に近い、曰く最初の街アルテスへと来ていた。
確かに人通りの多い大通りを通れば、見かけるのは気のよさそうな人ばかり。
恰幅のいい老夫婦、或いは行き交う子ども達市街地の中心を駆ける。
馬車が傍を横切り、石畳を車輪がからからと小気味いい音を立てて、蹄の音と重なってとても気持ちいい。
フワリ……
眼の前を冷たい潮風が流れて、トレンチコートが靡く。
心地が良くて息を吸い込めば、身体が癒されるようで、私は海辺の日差しの眩さに目を細めながら空を見上げた。
左右に広がる古い石造りの街の空は、とても蒼く、かもめが頭上を横切っていく。
中には、人ではない―――獣人っていうのかな―――そんな人達も見えて、ここが色んな人達がいる街だと教えてくれる。
皆、分け隔てなく、同じ地面を踏んで歩いている。
牛頭の獣人が露店を出せば、大きなドラゴンが籠を持ってお金を出して花を買っていて、耳の長いエルフが喫茶店で給仕すれば、それだけで多くの種族の生き物が寄ってくるのが見える。
獣人の子どもが走りされば、その後ろを普通の人間の子ども達が息を切らして走っていく。そしてその様子を見て、色んな人達が微笑ましそうに見つめる。
かもめの鳴き声と馬車の足音が潮騒に混じって聞こえる。
ガヤガヤと笑い声と足音の絶えない海の街。
蒼い空の下に広がる石造りの街。
アルテスの海の街。
皆、どこか幸せそうな感じがして、私はコートを潮風に靡かせつつ、心地いい海辺の街を散策する。
「……いい街ね」
「でしょ。アポクリファスはね、この街がとても好きだったんだ」
「……誰?」
「このゲームの主催者」
そう言って、傍を歩く少年、幸一は遠くを指差す。
ゴーン、ゴーン。
聞こえてくるのは、遠くで鳴り響く教会の鐘の音。
ふと視線を上げれば、市街地から少し離れた場所に大きな教会があって、私は指を差されるままに目を見開いた。
「あそこは?」
「アレ、ドライブポイントの説明聞かなかった?」
「―――こんないい街で実務的な話は聞きたくないわぁ」
「そう言わないの。……クラスはそれぞれ九から十の異界の神々の加護の下、創られた職業なんだよ。
だからそのクラスが受けた庇護を与えた神に祈りをささげれば、クラスポイントが1だけもらえるよ」
「……あ、聞いたかも」
そう呟きつつ、人ごみが増えてきて、それが遠くを指差す大きな教会から出てきた人達が大半だというのがわかる。
幸一くんはニッコリと微笑みつつ、頷くと寄せる人波をかき分けつつ、私に手招きをした。
「そりゃいい。君のクラスは黒き大狼神ゼノアトラの庇護をうけることができる」
「あそこは?」
「争いを告げる二つ首の灰巨熊、アポクリファスの教会だよ」
「――――ここもアポクリファス戦記って言ってたよね」
「じゃあ、ラスボスのご尊顔でも拝みに行こうか」
「……ん」
―――喉が自然と鳴った。
怖いのだろうか。
それとも――――
私は手招きをされるままに、街の奥、大きな教会へと足を運び、そして大きな扉を潜った。
分厚い。
扉もそうだけど、窓が少なくて、少し薄暗かった。
多分、戦時下での避難所なのだろうか―――僅かに開いた入り口の扉を潜り、私は薄暗さに目を細めた。
「……ガントレットちゃん」
―――いる。
『あ、私Pip_boyじゃないんで』
「いやいや。ライト付けろとか言ってないですし」
『?』
「戦闘準備」
『―――了解、セッティング開始します』
「いつでも起動できるようにしておいて。……幸一君」
「幸一でいいよ」
ボッ
聞こえるのは火の爆ぜる音。
薄暗い教会講堂の中、私は炎を両手に包みこむトレンチコートの少年の微笑む横顔を見つめた。
「……綺麗な炎ね」
『幸一様のクラスは崩天の呪術師―――現状最上位クラスですから、まさに殆どの魔法が使用可能となっています』
「……それも?」
「呪術は自然との対話―――大婆様の言葉だけどね。これは使っているんじゃなくて同化しているんだよ」
「……同化?」
「闇は世界に常に広がってるんじゃない。世界には常に光がある、闇の中に光を見つめ、闇に輝く光を頼りに人は闇を歩く」
「……?」
「―――光は世界、火は魂。……そして人の存在は大地に刻むたった一つの足跡」
「いみふ……」
そう言う私に、彼は薄暗い講堂にて紅き炎をかざすと、辺りを照らしつつ呟いた。
その小さな背中が、長い影となり床に映る。
そして炎は、暗闇を受けてもっと紅く燃え上がり、それは闇に浮かぶ紅い宝石の様。
「闇の中に僕は光を見出したってだけの話。だから僕はその光と意識を同化させ、火を具現させている。
この炎は僕自身で、『生きている』んだよ」
「使役している、というわけじゃないってこと?」
「頭いいね」
そう言って少年は薄暗い闇の中、グッと両手で炎を包み込んで、そして胸元に押し込んだ。
そして祈るように、闇の中に目をつむる―――
――――まるで、マジックショーの演出みたいだった。
ボッ
火の爆ぜる音が闇に聞こえ、灯る『炎』
刹那、壁に立てかけられていた松明やろうそくに一斉に火が灯り始め、やがてソレは講堂の薄暗さを消し去った。
足元に並べられたろうそくも次々と灯り、やがてそれは一本の道を作る。
紅いステンドグラスを背に佇む巨大な影へと伸びていく―――
「……アレが、アポクリファス……?」
「うん。争いを告げるもの、世界に破滅と再生を与え、力なき者を裁く『暗がりの獣』の一体だよ」
「……大きい」
そこには、巨大な、四階建ての建物をぶち抜いて聳える熊の塑像が聳え立って私達を圧迫していた。
首は確かに二つ。
顔はどちらも精悍さをたたえた作りで、一体は牙を剥き出し天井を見上げ、もう一体の首は下を剥いて私達を睨んでいた。
毛並みの一つ一つが再現されていて、まるで目の前にいるよう。
すごい、圧迫感。
そして、見ているだけで飲まれそうな、分厚い敵意に満ちた四つの目。
射殺すんじゃない、あくまで圧倒し、圧迫し、押し潰す、そんな征服という言葉がふさわしい、そんな敵意。
真正面から敵を叩き潰し、覇道を進もうとする、そんな気配。
背筋がぞくぞくとする。
その尻尾が風に靡いているようで、その灰色の塑像は確かに、巨大な二つ首の灰熊だった。
争いを告げ、力を以って裁こうとする―――
「……アポクリファス」
『マスター、敵意の正体って……』
「―――ううん、私が少し感じた敵意は、もっと小さかった。以前変わらず準備は怠らないように」
『はいっ……』
そう言いつつ、私はこの不思議な少年の方へと振り返った。
少年は微笑んで、佇む敵意の結晶たる巨大な灰熊の塑像を見つめてその手を伸ばしていた。
「……綺麗だね、アポクリファス」
「―――お知り合い?」
「ん」
「……。でしょうね、どんな関係かは聞かないけど」
「僕の目的は君をここから出す事だからね」
「無理やり連れ出すって選択肢は取らないんだ……」
「いやがるっしょ」
「良くご存じで……」
「にひひ、同じクラスだからね」
「――――あれ、そうだっけ?」
「そだよ……。また帰ったらテスト勉強だね」
「思い出させないでよ……萎える」
そう言いつ、私はトレンチコートを翻し、腰に差したナイフを二本、指に掛けて踵を返した。
「で、これから何をするの?」
――――突き刺さる生の視線。
「手始めに、アレ殺しなよ」
「……了解」
背中を向けて僅かに俯く幸一の後ろ、二階の踊り場に誰かが立っているのが見えた。
ローブ姿だろうか。
手には大きな杖が二つ。
そして、フードの下に覗かせるニヤケ面だけ。
むかつく。
魔法使いか賢者の風貌で、私はナイフを引き抜きつつ、唾棄しつつ一歩前ににじり寄った。
そしてその視界に、一秒たりと離さず、その人影を捉える。
睨んで、ナイフの柄を強く握る――――
「……何よアレ」
「さぁ」
「クラスは?」
「さぁ」
「そこまでほざくんなら手出すんじゃないわよ……」
「ご自由に」
「ガントレットちゃん、戦闘準備!」
『システム起動。装着MODを全て起動します、シールド展開、シールドMOD起動します』
「装備武器はナイフと銃と素手!」
『ナイフ選択ではウェポンアビリティは引き出せません』
「敢えて聞くな!」
『システムロード完了、行きましょう、マスター!』
「行くわよ……!」
シュッとホルスターを擦り抜くナイフは紅いステンドグラスの光を照り返し、私の手に吸いつく。
――――やろう。
私はナイフと拳銃を構えて、降りてくる魔法使いの男に向き合った。
息を吸い込み、全身に埃っぽい空気を満たす。
そして身体を低く、地面を蹴る―――
「やるわよ!」
「がんば」
走り出した時の風が気持ちよく、私は弾き出された弾丸の如く、相手めがけて飛びだしていた。
ナイフの刃の閃きが、僅かに煌めいて、虚空に映し出された。
まだちょっと書いていておぼつかない感じがする・・・まぁいいや(*´ω`*)とにかくリハビリのつもりでちびちび書いていきます。