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再会

作者: 小川 西町

誘われるまま、ピアノ教室の発表会を兼ねたコンサートに出かけたとき、ふと想いが膨らみ、文章に残してみました。

短編ですので、お気楽にお読み頂けたら幸いです。

ヤフーの課題は「メール」だったと記憶しています・・・(汗)

1 メールチェック


2006年5月。

次郎はいつものように夕食を終え、飲みかけのビールを飲みながらパソコンに向かう。

起動して、決まったようにメールソフトを開き、メールをチェックする。

どこからデータを拾ってくるのか、仕事のアドレスやホームページに載せたアドレスからはスパムメールが容赦なく、送られてくる。

最近は本当に多くて、削除するだけでも大変な作業だ。

その中に、数日前に誘われて出かけて来た小さなコンサートの観覧礼状が入っていた。

「先日はありがとうございました」

ちょっと見ただけでは、いつものスパムメールと間違えそうな、タイトルの送信者名、「宏美」を次郎は見逃さなかった。

「おっ、来た、来た」

その日に、次郎が宏美と再会したのは実に30年ぶりで、それにしては素っ気無い次郎の振る舞いは、昔と全然変わらず、次郎は変わっていない自分に呆れてしまう。

「先日は、ご多忙中にもかかわらずご覧いただき、可愛いいカードも頂きましてありがとう御座いました。」

メールの内容は質素だったが、次郎は宏美から来ただけで感激だった。


2 宏美とのこと


次郎と宏美はちょうど30年前の、1976年春に文通で知り合った。

その頃は、電話はコードレスではないし、携帯電話もなくて、まったくプライベートで会話する手段には苦労した。でもそれが普通の時代だったし、今のような便利さがない分、時間を掛けて少しずつ知り合う機会があったのかもしれない。

最初は次郎から、高校生向けの大学受験雑誌に掲載されていた文通募集で紹介されていた人たちの中から、住所の紹介を見ながら宏美に送って、文通が始まった。

宏美は地方に住んでいて、何度か文通を重ねて行くうち、東京の音楽大学に受験するのが目標ということがわかってきた。

次郎は東京に住んでいて、漠然と大学を受験するという、目標ともつかない状態であったが、宏美と文通するうち、受験について段々と真実味が沸いてきていた。

夜は深夜放送を聞きつつ、ラジオ講座のテキストを開いて録音しておいたカセットに耳を傾けたりして、まったくいい加減な次郎の受験生活だったが、週に一度の手紙の交換で東京のことを書いたり、好きな音楽のことを書いたり、時には音楽を録音したカセットテープを手紙と一緒に入れて送っていた。

そんな文通の時も一年が過ぎようとする頃、いよいよ次郎と宏美の受験に、願書の提出などで現実味を感じてくる日がやってきた。

宏美は都内の音楽大学と、偶然なのか次郎の住むベッドタウンのすぐ隣の市にある音楽大学を受験することになった。

次郎のほうは、この時になってもまだはっきりと受験大学の目標は決められず、直前に都内の中堅大学を3校に絞り、さらに希望学部を決めて受験した。

宏美は目標も受験する大学もしっかり決めていたこともあって、現役で次郎の近くにある、音楽大学に合格した。

次郎は、言わずと知れた全滅で、通う高校内でも中堅以上の大学現役合格者はいなかった。

まあ、都立とは言ってもそんなに進学重視の高校ではないから、年に2~3人合格する程度で、さほどがっかりはしていなかった。

本格的な受験は、予備校でじっくり傾向と対策を研究して受験しなければ合格しないことは担任の先生からも聞かされていた。

そんな日が過ぎて、暫くぶりに宏美から手紙を受け取ったのは、次郎が都内の予備校に申し込みをして、4月から通う手はずを取ってからだった。

この手紙で次郎は、宏美がすでに大学生であることと、自分の近くに来ることに真実味を感じて、少し焦った。

宏美の方は、その後大学寮の申し込みが受理されたらしく、寮の住所を記された手紙を次郎に送ってきた。そしてまもなく宏美は寮に住み始めた。

「なんか変だよね、上野から高田馬場に来て乗り換えて、次郎さんの住んでいる駅を通るなんて夢みたいだよ、会おうと思えば出来るのにね。」

次郎は、手紙を読みながら宏美のためにも今度は絶対に合格しなければならないと、このときに感じて、初めて大学受験について真剣に取り組もうと思った。

「僕はまだ大学に受かっていないから、暫く自由にならないけど、よかったら家の電話番号を教えておきますので、連絡してください。」

急速に近づく二人の距離を感じながら、手紙の交換が暫く続いたが、宏美が入寮してから二ヶ月位して、次郎の家に電話がかかって来た。

「もしもし・・・次郎さん?」

「・・・うん、僕だけど・・・」

その声を聞いたかと思うないなや、宏美が住む寮の、電話の後から歓声が聞こえた。

だけど、僕は家の親や兄がいる前では、自然に喋ることが上手くできず、手紙を書いた。

「電話が来たのでびっくりしました。声を聞けて嬉しかったけど、上手く喋れなくてごめんね。後ろで声がしたけど、お友達が多くて楽しそうですね。今度寮の方に僕から電話しますね・・・。」

それから頻繁に近所の電話ボックスに入っては小銭を積み上げ、電話をした。時にはグレた高校生などに電話ボックスの外から睨まれたりしたが、場所を変えたりして数日おきに手紙と電話の両方でお互いの連絡が行き交い、宏美の誕生日を迎えた。

「お誕生日、おめでとう。何かプレゼントしないと・・・自転車作ろうか。」

次郎はサイクリングが趣味で、自転車の組み立てが得意だった。

「え?欲しい欲しい。近くの買い物なんかも出来るし。」

早速自転車店を廻り、まだ使えそうな自転車を安く譲ってもらい、部品を交換して組む事にした。

「自転車、見つかったよ。色は黒く塗るんだよね、渡すときどうしよう・・・会うしか、ないよね。」

次郎は、天気の良い日を選んで自転車のフレームを塗装し、錆びた部品を磨いて、仕上げ

ていった。完成が近くなり仮組みして試運転すると、いよいよ会わなければならない不安と嬉しさが交互に次郎を刺激した。

「きょう、だいたい出来上がったんだ。会わないと駄目だよね・・・。」

「そうだね、会わないと受け取れないよね、どうしよう・・・。」

次郎は寮の近くに待ち合わせ場所を決め、自転車を運ぶために隣の小学生の男の子に頼んで一緒に行ってもらうことにした。

これには、自転車に乗って運んでもらう他に不安を少しでも緩和させようとする気持ちもあった。

男の子と行ったのは、正解だった。緊張が少し和らぎ、会える嬉しさの方が上回った。

会う日の夕方、待ち合わせ場所に男の子と行くと、すぐに宏美が来るのがわかった。

初対面なのに、歩いてくるのがわかる事が不思議で、でもとても嬉しかった。

「わぁ・・・あ、宏美です。」

「次郎です。・・・じゃ、これ」

「スプレーで黒くしたのかと思ったから、すごーい、綺麗。ありがとう」

次郎は正直に嬉しくて、宏美と少し話してからその日は別れ、男の子と一緒に戻った。

・・・これが宏美との初対面だった。

次郎の兄弟は兄がいるだけで、姉や妹がいなかったので異性は何か特別な生き物に感じていた。

なにか不思議な気持ちがいっぱいで、家に帰りながら一緒に自転車を運んでくれた男の子と取り留めのない話をしていた。

次郎はその夜、いつものように電話ボックスで話して、今度待ち合わせて自転車で次郎の家まで案内することになった。

自分の部屋に異性を招くことは初めてで、とても嬉しかった。

さらにその数日後からは、電車で都内へ二人で出掛けては、案内するようになった。

ある日、地下にある、次郎が馴染の喫茶店の階段を降りようとすると、少し不安な表情で、降りるのを躊躇っていた宏美が、次郎の腕をめがけて飛び込み、両手で掴んだ。

次郎はびっくりしたが、やがて腕を組み、そのときに宏美のやわらかい胸の感触を感じた。

次郎は宏美を彼女として意識するようになるまでに時間は掛からなかった。

梅雨に入り、一つの傘が二人の距離をさらに近づけた。

夢のような日々はあっという間に過ぎて、気がつけば夏休みがもう、すぐそこにやって来ていた。

宏美は寮の中に許される限り残ったが、やがて寮生はみんな実家に戻り、宏美も帰る日がやってきた。

次郎は、夏は出来る限り予備校に通ったが、少し宏美とのことで小遣いが乏しくなり、高校生のとき馴染だった運送店の中元期のバイトをさせて貰った。

この頃手紙は、着いて読んで、返事を送るまでの間が一週間あったので、お互いに行き違い文通をしていた。こうすれば3日おきに相手に手紙が届くからと考えたのだった。

手紙を交換するうち、落ち着いて来年の受験について考え始めた二人は、9月までで会うことをやめようと決めた。

・・・そして夏休みが終わり、宏美が戻ってきた。早速次郎が寮に電話した。

9月が終わるまでは、しっかり確かめ合うように会い、そして次郎は10月を迎えて受験に専念し始めた。

やがて冬が来て正月を迎え、いよいよ受験を目前にして絞り込んだ大学と学部は、現役時とは違い、遥かにデータが整い、ラインを切ることが出来て目標もしっかりとしていた。

次郎は3校受験して中堅の一校に滑り込んだ。

「もしもし、宏美?暫くだね、元気だった?」

「元気なわけないよ・・・どうだった?」

「宏美が行って欲しかった所はだめだったけど、受かったよ」

「そう!よかったね。やっと安心だね」

「うん。なんか、宏美、上の方行っちゃった・・・」

「そんなことないよ、変なこと言うね。早く会いたいよ」

「そうだね、僕の家に来ない?」

「ううん・・・あの喫茶店がいいな」

「・・・そう、じゃ○日の3時に。駅の一番後ろで」

次郎と宏美は暫く会えなかったブランクを埋めようとした。

だけど、何かピッタリあったものが少し無くなったことに、お互い気がついていた。

宏美と次郎のために、会うことを我慢して受験したんじゃなかったのか。

宏美がいたから、ここまで頑張れて、合格したんじゃないのか。

大学生になれたんじゃないのか。

やがて宏美は、二人ではあまり出掛けなくなった次郎の家に通うようになった。

次郎が誕生日を迎え、宏美は花束を掴んで部屋に来てくれて、二人で祝った。

隙間は埋まらないまま、時が経ち、夏休みが過ぎ、秋が来て、宏美は次郎に会いに来なくなった。

電話でも、話題が合わなくなって会話が途切れて来た。

そして、その時の考えを半ば感情的に書いた次郎の文を最後に、手紙が止まった。

次郎が宏美に取り返しのつかない誤解をしていたことに気がついたのは、30年後だった。


3 再会


次郎は、一般的な職場結婚で25歳のとき、身を固めた。

宏美は、卒業後実家に戻り、25歳で見合い結婚した。

次郎は紆余曲折の結婚生活を送りながらも、どうにか3人の子ども達にも恵まれ、それなりに生活していた。

宏美は見合い結婚後、単身赴任の多い主人の元で、一人の子どもを授かり、大切に育てていた。音楽活動は続けていて、小規模ながら音楽教室を自宅で営み、生徒も順調に輩出していた。

二人が再会したきっかけは、次郎の長女が、大手ポータルサイト主催の新人発掘オーディションに申し込み、審査・面接・スタジオテストなどを経て、あるレコード会社系列のプロダクションへ推薦状が流れ、そこで一通りのレッスンはするが、さらにその中から上のレベルに上げたいと思う次郎の考えから、漠然ではあったが誰か歌のレッスンを個人指導出来ないかと考えた時だった。

その時次郎は、ふと昔知り合った宏美のことを思い出した。

しかし、全く手紙などの昔のものは手元に残していなかった。

当然ながら次郎の妻に対する配慮から、昔のことは排除しておこうと思ったからだ。

次郎は、昔の記憶だけを頼りに、春先の日曜日の休日に高速道路を北に車を走らせた。

地図を頼りに記憶に残る宏美の故郷の地名を尋ねたが、そこは次郎が勝手に想像していた場所とは遥かに違っていた。

本町一丁目。そこには小さな町役場があり、とりあえずそこに車を停めた。

電話ボックスがあったので、電話帳をペラペラと捲ってみた。しかし見つからなかった。

少し雨が降り始め、次郎は大通りにあった、出来たばかりのような、綺麗なコンビニでビニール傘とサンドイッチを買い、食べながら、半ば宏美の住所は諦めながら大きな家を中心に表札を確かめつつ歩いた。

少し疲れて、ふと坂の上の方を見ると、高校らしき校舎が見えた。それは宏美が通っていた高校だった。

「へぇ、ここに通ってたんだ・・・。」

次郎は妙に懐かしく、この道を僕とのことを考えながら歩いて通学したであろう宏美の制服姿を想像して、胸が熱くなるのを感じた。

今度は北の方を歩いてもう少し探してみようか、と次郎は思い、大通りの交差点を東へ歩き、一つ目の信号を北へ上がっていった。古風な商店街の風情がいい感じだ。ここで買い物の手伝いとかしたのかも知れない。

その商店街がなくなるかというところで今度は中通りをのんびり歩いた。少し雨脚が強くなり運動靴の底が濡れて来た。

ふと前を見ると、小奇麗な旅館があり、その前に初老の婦人が椅子に座って外を眺めていた。次郎は婦人に尋ねてみた。

「あの・・・この辺で大野さん、っていう家、ご存知ないですか」

「ああ。この道、そこの十字路、あんだろ?そうそう、あれだ。あれをな、右だ、右。それで、左手に役場を見ながら、まーーっすぐ、歩くんだ。そうすると、いいか?大きい、病院だ、病院がある。その通りを入るんだ、右に。それで、一つ目の小さな道をまた右だ。

そうすると、あるぞ。お兄さん、どこから来た?」

「東京です」次郎は、今聞いた案内を忘れまいと、ただそれだけで一杯だった。

「すみません」 随分と失礼なものの尋ね方だったと思ったのは、全てが終わって車に乗り、高速に入ってからだった。

次郎は、婦人の言葉を頭に叩き込み、角を一つ曲がるごとに、歩き進むにつれ、ビンゴ、ビンゴしてくれと、神に祈る思いだった。

そして最後の角を、曲がろうとした所に、あった。

「本町1-19」

電柱の住所表示。ドキッとして、そして思い出した。そうだ。ここで正解だ。何度も何度も書いた、宏美の住所じゃないか。

気持ちを落ち着け、ゆっくりと砂利の小さな通路を奥に進む。

奥から二軒目に、宏美の実家は次郎の想像したものとは全く違う姿で現れた。そして次郎は暫く傘を差したまま、立ちすくみ、涙が出るのを抑えられずにいた。

「・・・なんだよ、なんでここの二階にピアノが入るんだよ、グランドピアノがよぅ。」

多分窓から入れたのであろう、しかしそれより、この東京で言う建売のような住宅の、次郎の住む家と大差ないこの場所に、なんで一度学生のうちに来なかったか。

「俺は間違ってたんじゃねぇか。お嬢さんなんて、勝手に思い込んで。俺の方がよほどお坊ちゃんじゃねぇか?」

取り消しの利かないものを、喧嘩も出来ない宏美の立場を、次郎に刃向かえない宏美の立場を、どうしようもない自分の愚かさを、ここに埋めて行けたらと感じた。


数日後、住所から番号案内で電話番号を聞き、宏美の実家に電話し、事情を話して連絡を待ったが、宏美からは来なかった。再度、実家に電話して、次郎は宏美の住まいの電話番号を教えてもらった。それから暫くして、娘のことは諦めかけたとき、次郎の家に宏美の苗字で電話が入ったと妻から聞き、早速電話した。

「もしもし、三崎です、三崎次郎。」

「・・・久しぶりだね、今、レッスン中なの。後で電話するから」

「うん、ごめんね」

短かったが、一杯だった。生きている、話した。声が変わっていない。そんな当たり前のことが、次郎には幸せだった。しかし、うまく話せなくて、折角そのあと電話を携帯に、くれたにもかかわらず、宏美を怒らせてしまった。胸が痛い。

それから数日後、次郎は電話した。家族がディズニーランドに出掛けて次郎は午前中仕事があり、その日の午後から会いたいと思ったからだ。

ちょうどその日は宏美の主催のコンサートで、日も良く、次郎は誘われるまま、少し遠いが出掛けることにした。

宏美の生徒が小さい手を動かしてピアノを演奏する。次第に年齢が上がり、素晴らしい演奏が夕刻過ぎまで続いた。


その後、何度かメールを入れたが、返事は来なかった。

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