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落穂拾いの記

いつでも夢を

作者: 涼海

20××年、日本は多くのお年寄りを抱えていました。

子どもが親の面倒を見るのも限界・・・

そこで政府はT大学が開発した”感情豊かな”介護アンドロイドを

お年寄りたちに提供することに決めました。


子どものいない”のぼるさん”と”とし子さん”夫婦のところにも、

在宅ケアマネージャーがカタログを持ってやってきました。

「どんな感じがいいですか?容姿は自由に選べますよ」

「そうね~」とし子さんが悩み始めると、

「おまえの好きにするといいよ」とのぼるさんが微笑んで言いました。

「じゃあ・・・でも、あなたがやきもちを焼きやしないかしら?」

ととし子さんはパラッとカタログをめくりました。

「こんな感じがいいわ」ひとまずとし子さんが選んだ顔立ちを見て、

「おや、こりゃ・・・」とのぼるさんが声を上げました。

「そうよ、わかるでしょ?」とし子さんは、鼻をふふんと鳴らしました。

「まいったなぁ」そういうのぼるさんは、困り笑いをするしか

ありませんでした。


「こんにちは、のぼるさん、とし子さん」

そう言ってあらわれたアンドロイドは、とし子さんがお願いした

そのものの姿をしていました。

若くて、きれいで優しい顔立ち。

すっと背が高いのです。

「この子には、介護のことはもちろん、

家事をこなすプログラムは完璧に施されていますが、

日々、のぼるさんととし子さんと過ごすことで

学ぶこともするんです」

お届けに来た在宅ケアマネージャーがそう説明してくれました。

「すごいもんだね~」のぼるさんが感心してアンドロイドに触ると、

アンドロイドは照れくさそうにしました。

「もう、のぼるさんは、なんでも触って確かめたがる癖が

治らないんだから」

とし子さんはあきれつつも笑っていました。

「ところで、名前はどうしますか?」

在宅ケアマネージャーが言いました。

「名前がないと不便よね・・・」

少し考えてとし子さんが口にした名前に、

のぼるさんはやっぱりと言い、在宅ケアマネージャーはなるほど!と言い、

名付けられたアンドロイドはきょとんとしていました。


のぼるさんととし子さん夫婦のところへ来たアンドロイドは、

二人と生活していくことで、

プログラムにはない”日々のちょっとしたこと”を

覚えて、応用して二人の手伝いをしつつ、

過ごしていました。

そんなある日、夕暮れ時の買い物帰りの土手の道で、

「どうして、僕の名前はこう決まったのですか?」と、

アンドロイドは聞きました。

「ああ、それか、それはな・・・」

のぼるさんのちょっと長い話が始まりそうだったので、

しっかり聞こうとアンドロイドは歩みを遅らせ、

耳をのぼるの方へ傾けました。

「昔な、とし子が大好きな俳優さんがいてな、

そいつはもう顔がきれいなだけじゃなくって、

演技も若いのにどんどん磨いていって、色んな役をこなしてたんだ。

とし子ときたら、それはもう夢中になって記事を集めて読んだり、

ファンレター書いちゃ、返事もらって喜んでた。

間近に見れた時なんて、1日呆けてたよ」

ぷっと思い出したのぼるさんのどこか楽しそうな顔に

アンドロイドは一瞬きょとんとしたものの、微笑みました。

「お、そうそう、その顔!

とし子が素敵なのよってよく言ってた顔だ!」

うれしそうに指差すのぼるさんにアンドロイドはひとつ、

”この夫婦にできること”を知りました。


アンドロイドが来て2年と少し。

とし子さんがいつものようにゆっくりと台所に

立っていたと思ったら・・・急に倒れて、病院へ運ばれました。

お医者さんが言うには、もう長くないとのことでした。

のぼるさんは、泣きたくなるのをこらえて、

アンドロイドは、そんなのぼるさんの気持ちを知って知らずか、

微笑を絶やすことなく、とし子さんのお世話をしました。

とし子さんは、体を支えてくれるのぼるさんやアンドロイドに、

言わなくてもいいのに、

「ごめんね、お手間かけるわね」といつも言ってました。

「そんなことないよ」「そうですよ」

まるで、言葉でも支えるようにのぼるさんもアンドロイドも言いました。

少しでも長く、よくなればよかったのですが、

とし子さんはついに、目を閉じる時が来てしまいました。

のぼるさんはたまらずこぼれるかこぼれないかの涙を

浮かべていましたが、

アンドロイドは、とし子さんが”素敵で大好きだと言っていた笑顔”で

とし子を見ていました。

「ああ、のぼるさん、うれしいよ。

あの人だ、あの人が来てくれたんだね。

ああ、よかった!また会えた!」

それが、とし子さんのあの間近に会えた時と同じうれしい笑顔で言った、

最後の言葉でした。


とし子さんを見送って、のぼるさんとアンドロイドは、

暮れかかった空が見える窓際に座ってました。

「とし子のやつ、やけにうれしそうな顔していたな」

「そうですね」

「あいつ、本当にうれしかったんだな」

「きっと」

そう話しているうちに、のぼるさんの目に、そして、

いつも微笑んでいたアンドロイドの目に涙が溢れていました。

「あれ?」

アンドロイドには目からこぼれる水滴の意味がわかりません。

だって、微笑んでいることがほとんどで、

こんなことはなかったのですから。

「お、おまえ、どうしちまったんだ。故障か?」

「い、いえ、そうじゃないみたいです」

「そうか・・・」

のぼるさんは、かつて在宅ケアマネージャーが言ったことを

思い出しました。

”学ぶんです”

そうこのアンドロイドは、のぼるさんととし子さんと一緒にいたことで

いろんなことを学んで、今、目からしずくを滴らせているのです。

そして、とし子さんのあのうれしそうな顔は、

たぶんいつまでも夢見ていたいことを

のぼるさんやアンドロイドに話しかけていた顔だったのだと、

老いた頭に何かふんわりとした温いものをのぼるさんは感じていました。

「ああ、ああ」と止まらない雫にとまどうアンドロイドに、

のぼるさんはハンカチを差し出しました。

「ありがとうよ、そんで、これからもよろしくな」

アンドロイドは、のぼるさんに涙を拭かれながら、うなづいていました。


【おしまい】

【あとがき】

どうにもしょぼくれた気持ちで寝床の中で、

ふつふつと思いついたお話です。


こんなに(変かと思われるかもしれませんが)

泣きながら書いた小説は、久しぶりかもしれません。


作品中ののぼるさんととし子さんは、誰かの老後、

アンドロイドに固有の名前をつけなかったのは、

誰にでもいる”憧れの人”に出会えたと思っていただけたならと

思い、特段名前をつけませんでした。


女性はいつまでたっても憧れをそうそう捨てられるモンジャナイ、

夢見たっていいよ。

そんな風にいつも傍らで笑ってうなづいてくれている

旦那がいるから、書けたのかもしれません。

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