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英雄への手厚すぎる褒美

九州奪還の歴史的勝利から数日後。

玄界灘に集結していた大艦隊の一部は、一時的な前線基地として指定された長崎の佐世保基地へと帰港していた。


「……おいおい、こいつは少しばかり冗談が過ぎねえか?」


佐世保基地の地下深く。新たに案内された専用の大型格納庫を見渡し、和泉は咥えていた煙草に火を点けるのも忘れて呆れ声を漏らした。


油と泥の匂いが染み付いたいつもの薄暗い前線ドックとはまるで違う。床は塵一つなく磨き上げられ、最新鋭の自動整備アームがズラリと並んでいる。空調管理まで完璧に行き届いたその空間は、血生臭い最前線を生き抜いてきたアグレッサー大隊の百五十五名の隊員たちには、ひどく場違いで居心地の悪いものだった。


「ピカピカすぎて背中がむず痒くなりやがる。……どうやら俺たちは、本当に『お国の大事な英雄様』になっちまったらしいぜ」


小島が首の後ろを掻きながら、隣で苦笑いする。その背後では、パイロットのみならず、激戦を支え抜いた整備兵たちも、広すぎる豪華なドックを見回して落ち着かない様子でウロウロしていた。


「お気に召していただけたかな、和泉大隊長」


ドックの入り口から、パリッとした制服を着こなした総司令部の将校が、愛想の良い笑みを浮かべて歩み寄ってきた。その後ろには、大きなコンテナを運ぶ輸送車両が何台も続いている。


「君たちアグレッサー大隊は、今や人類の希望だ。先の会議でも約束した通り、総司令部は君たちを全面的にバックアップする。……さあ、開けてみたまえ」


将校が指を鳴らすと、作業員たちがコンテナのロックを解除した。

プシュゥゥッ、と圧縮空気が抜ける音と共に展開されたコンテナの中には、黒光りする真新しい装甲板や、最新鋭の高出力スラスター、そして機体の関節部を担う駆動系パーツがぎっしりと収められていた。さらに奥のコンテナには、上質な肉や野菜、そして「最高級」とラベルが貼られた古酒の木箱が、英雄への慰労品として山のように積まれている。


「これらはすべて、君たちの機体出力に合わせて特別に設計・製造された『最新鋭の専用予備パーツ』だ。あの未知の力を最大限に活かせるよう、我が国の技術の粋を集めて作らせた。慰労の品と共に、存分に使ってくれたまえ」


「……そりゃあ、どうも。ありがたく使わせてもらうよ」


和泉は表情を崩さず、短く敬礼して応えた。

将校が満足げに頷き、視察の取り巻きたちを連れてドックを去っていくのを見送った後――和泉の脳内に、静かな冷笑が響いた。


『……見え透いた餌だな、和泉。言葉の端々に、我らを己の檻に閉じ込めようとする意図が透けて見える』


(ああ。政治家の考える「安全」ってのは、要するに「自分たちの思い通りに動く」って意味だからな)


和泉は胸の奥のシン(王)にそう返しつつ、コンテナに積まれた最新鋭のスラスターへ近づいた。和泉が結合部へ無造作に手を伸ばした瞬間、その表情からスッと「軍人」の顔が消え、底冷えするような「技術屋」の鋭い目つきへと変わった。


「……おい、小島」

「ああ、言われなくても分かってる。重さが違うな」


いつの間にか和泉の隣に立っていた小島が、別の装甲板をコツコツとレンチで叩きながら、眉間に深いシワを寄せていた。


「源田、伊達。そっちの駆動系パーツのカバーを開けろ。……中身を確認するぞ」


和泉の低い声に、ドックの空気が一気に張り詰めた。

源田たちが素早い手つきで最新鋭パーツのカバーを取り外す。内部には、美しい回路の裏側に、まるで寄生虫のように這い回る「極細の特殊な配線」の束が隠されていた。


「……こりゃあ、ひでえな。同調データを一から十まで外部へ送信するための隠しロガーだ」

小島がレンチの先で配線を小突く。


「それだけじゃねえぞ。外部からの特定信号を受信すると、強制的にアクチュエーターがロックされる物理機構キルスイッチまで組み込まれてる。……ご丁寧に、全機体分だ」

源田が顔をしかめながら吐き捨てた。


手厚すぎる褒美は、英雄を称えるためのものではなかった。

それは、未知の力を持った彼らを都合の良いモルモットとして飼い慣らし、いざとなればいつでも息の根を止めるための、あまりにも見え透いた『首輪』だったのだ。


「……上等じゃねえか。ぶっ壊して突き返してやる」

怒りに任せてスパナを振り上げようとした小島を、和泉がスッと手を出して制止した。


「大隊長……!」

「待て。今は騒ぐな」


和泉が顎でしゃくった先。ドックの奥の休憩エリアでは、将校たちが置いていった極上の肉や酒の木箱を囲み、百五十五名の隊員たち――死線を越えたパイロットも、不眠不休で機体を守り抜いた整備兵たちも、皆が目を輝かせて歓声を上げていた。


久しぶりのまともな飯と酒を前に、彼らは今はただ、互いの無事を喜び合っている。


和泉、小島、源田、そして伊達。

大隊の中核を担う歴戦の男たちは、互いに顔を見合わせ、静かに息を吐き出した。


「……せっかくの美味い酒が不味くなる。この小賢しい首輪の件は、今夜は一旦蓋をしておけ」


和泉の言葉に、源田が鼻で笑ってパーツのカバーを元に戻し、伊達も黙って工具を置く。


「違いない。あいつらには、まずは腹いっぱい食わせてやらねえとな。整備兵の連中も、ここ数日はろくに寝てねえんだ」

小島も毒づきながら肩の力を抜いた。


彼らは上層部のドス黒い罠に気づきながらも、あえて真実を飲み込んだ。今はただ、共に死線を越えた百五十五名全員に、束の間の安息を味わわせるために。


「おら、お前ら! 偉いさんからの奢りだ、骨の髄までしゃぶり尽くせ!」


和泉が声を張り上げると、ドックに百五十五名の割れんばかりの歓声が響き渡った。


その喧騒を背に、和泉は将校たちが置いていった木箱の中から、琥珀色に輝く最高級の年代物を取り出した。薄汚れたグラスにそれを注ぎ、和泉は小島たち中核メンバーのほうへグラスを向ける。


「……ま、とりあえずだ。ここまで生き残ったことに。――乾杯だ」


小島、源田、伊達がそれぞれのグラスを持ち上げる。

重厚なクリスタルグラスが、カチン、と心地よい高音を奏でた。


彼らは明日、この見え透いた首輪を偉いさんたちの足元へ盛大に突き返してやる算段を、この琥珀色の酒の奥底に、密かに、そして獰猛に沈め込んでいた。

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