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『転生ヒロインは爆破犯、悪役令嬢は被害者だった』 —二度も殺されてなるものか—  作者: 南蛇井


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運命の胎動 ― 10年後

 春の陽が降り注ぐ庭園は、穏やかで、完璧に整えられていた。

 純白の薔薇が列をなし、風が吹くたびに花弁がふわりと舞い上がる。

 その中央で、リカは一脚の椅子に腰を下ろしていた。


 十歳の少女。

 だが、その瞳には年齢を超えた静寂が宿っている。

 まるで、この世界の全てを俯瞰しているかのように。


 膝の上には分厚い文法書。ページの端に整然と走る筆記跡。

 家庭教師は感嘆の息を漏らし、柔らかく微笑んだ。


「さすがです、リカ様。もう成人の課程を終えられてもおかしくありません。」


 リカは静かに本を閉じ、微笑み返す。

 その表情は淑女の礼節に満ちている――だが、その奥に、どこか影があった。


「ありがとうございます……でも、まだ足りない気がします。

 何か、大切なものを……思い出せないのです。」


 教師は軽く会釈して庭園を去った。

 残されたのは、風と花の匂い、そして、少女の沈黙。


 リカは目を閉じる。

 遠くで鳥の声がした――はずなのに、

 その直後、空気が震えた。


 ドンッ……。


 幻のような“爆音”が、記憶の奥底から蘇る。

 世界が、一瞬だけ白く光に染まる錯覚。


(……また、この音……)

(青い光が、世界を焼き尽くす……)


 彼女の指先が震え、胸の奥を押さえる。

 心臓の鼓動が早まるのに、身体は冷えていく。


 “記憶”ではない。

 それは、“魂”が覚えている痛みだった。


 風が再び吹き抜け、白薔薇の花弁が空へと散る。

 リカは目を開け、風の向こうを見つめた。


 その瞳は――幼い少女のものではなかった。

 生まれる前の何かを、確かに知っている瞳だった。


 遠く、教会の鐘が鳴る。

 その音が、微かに“不吉な記憶”を呼び起こしていく。



 夕暮れの光が、レミリア大聖堂のステンドグラスを透かして差し込んでいた。

 赤、青、金――彩られた光の欠片が、床の上に淡く揺れる。

 荘厳な静寂の中、リカは一人、祈るようにベンチへと腰を下ろしていた。


 空気は冷たく、蝋燭の火がわずかに揺らめく。

 祭壇の前では司祭が、柔らかな声で聖典を朗読していた。


「神が遣わされた奇跡の子、聖女ミリア。

彼女は十年前、光の中で生まれ、神の声を聞く唯一の存在です。」


 その言葉を聞いた瞬間、リカの心臓が強く跳ねた。

 静寂が一瞬、遠ざかる。

 頭の奥で、焼け焦げたような記憶が閃く。


「……ミリア……?」


 小さく呟き、リカは顔を上げた。


 正面のステンドグラスに描かれた“聖女”の姿が目に入る。

 白銀の髪、金色の瞳――あまりに神々しく、完璧な光。


 けれど、その瞳を見た瞬間、

 リカの呼吸が止まった。


(この目……知っている。)

(あの夜、炎の中で……笑っていた、あの男の目だ。)


 ステンドグラスの“聖女”が、光を受けて一瞬だけ微笑んだように見えた。

 その笑みが、彼女にとっては何よりも冷たく、恐ろしい。


 外の鐘が鳴った。

 礼拝の終わりを告げる音が、静寂を断ち切る。

 だがその響きは、祝福ではなく、まるで断罪の鐘のようだった。


(この世界でも、私は“罪人”として裁かれる運命なの……?)

(けれど――もし神が彼女を祝福するというのなら……)

(私は、神さえも許さない。)


 胸の奥で、何かが静かに軋む音がした。

 リカの小さな手が、祈りの形を崩して拳を握る。


 その瞬間、

 ステンドグラスの中の聖女ミリアの微笑が――ほんの一瞬、揺らいだ。


 風が吹き込み、蝋燭の火が消える。

 影がリカの顔を覆い、彼女はゆっくりと目を閉じた。


 深く息を吸い込むと、胸の奥に眠っていた何かが確かに目を覚ます。

 それは、決して神に祈らぬ者の意志。

 “悪役令嬢”としての、静かな覚醒だった。



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