証拠の連鎖 ― 国自体の設計図
教会図書館の奥室――
昼であることを、わずかな陽光が証明していた。
高い窓の隙間から差し込む光が斜めに机を照らし、宙を漂う埃を金の粒のように浮かび上がらせている。
古文書の山が、まるで朽ちた塔のように積み上げられていた。
羊皮紙、金属板、封蝋の割れた巻物――そのすべてが、この国の裏側を語る“遺骸”のように沈黙している。
リカは袖をまくり、慎重に紙の束を広げた。
乾いた音が響くたびに、埃がふわりと舞い上がる。
机の上には、王立建築局の印が押された古い設計図が広げられ、そこに金属板の透図が重ねられていた。
SFX:紙の擦れる音「……シャリ」
セドリックが古びた筆記具で図面の線をなぞりながら、眉をひそめる。
薄いインクの匂いが、乾いた空気に滲む。
セドリック:「……これは王城の基礎構造だ。
だが、ただの城ではない。地下に……奇妙な円環構造がある。」
リカがそっと覗き込み、灯の反射に浮かぶ線を見つめる。
淡い光が金属板の表面を滑り、幾重もの円と線を描き出す。
それはまるで、地脈そのものが陣形に組み込まれたような――神の眼のような構造だった。
リカ(囁く):「……転輪の、形……。」
紙の端が光を受けて淡く光る。
その瞬間、静かな部屋の空気が、どこか異様に重たく感じられた。
リカもセドリックも、息を潜めたまま、目の前の設計図から目を離せなかった。
この国の心臓が、いま露わになりつつあった。
セドリックは机の上に重ねられた金属板を静かに引き寄せ、青焼きの図面を広げた。
鉄のような冷たさが手のひらに残る。
薄い光の下で浮かび上がる線は、単なる設計図ではなかった。
都市全体が、幾何学的な円環――巨大な「転輪」の形を描いていたのだ。
セドリック:「……見ろ。王城を中心に、六芒の環状路。
祭壇、教会、学院、軍港――全部が“観測点”として配置されている。」
その声は低く、驚きよりも確信に近かった。
彼の指先が線を辿るたび、光が反射して、机上に淡い輪を作る。
それは、まるで見えない何かが息づいているようだった。
リカは隣で古文書をめくる。
羊皮紙が擦れる音が、図書館の奥室に静かに響く。
細かな古代語が並ぶ行の中に、いくつもの奇妙な語が潜んでいた。
彼女はそれを一つずつなぞるように読み取っていく。
リカ:「“因果の檻”……“観測境界”……。
これ、全部――この国の法令文に刻まれてる。」
彼女の声は微かに震えていた。
単なる宗教語ではない。
それは、この国そのものが“装置”として設計されたことの証だった。
セドリックは図面の中央――王城の下に記された円の印を指さす。
そこには古代の王印が刻まれていた。
セドリック:「最初の王が“転輪”を据えた。
戦乱を終わらせるための“因果の安定装置”――それが、この王国の建国理由だったんだ。」
沈黙が落ちる。
窓からの光が埃を照らし、その一粒一粒が、まるで“観測”の光点のように漂っていた。
世界そのものが、彼らを見つめ返しているようだった。
リカは、積み上げられた古文書の中から、封蝋の残る一枚を慎重に取り出した。
羊皮紙の縁は焦げたように黒ずみ、触れるたびに細かな粉が舞う。
光に透かすと、中央にうっすらと刻まれた紋章――王家の印章。
彼女は息を整え、震える指で文面を追った。
リカ(読み上げる):「『王は観測者にして被験者。
神の声を代弁し、転輪を回すもの。』」
その声が、静まり返った空間に溶けていく。
まるで、封じられていた誓約が再びこの世界に呼び戻されたかのようだった。
リカはゆっくりと顔を上げた。
蝋燭の光が彼女の瞳に映り、そこに淡い戦慄が宿る。
リカ:「……つまり、王もまた、“神”に観測されてるってこと?」
セドリックは短く息を吐き、机に両手をついて頷いた。
彼の視線は図面の中心――王城を示す円環に釘付けだった。
セドリック:「ああ。
王は“観測者”でありながら、同時に“被験者”でもある。
そして――聖女はその“再構築因子”だ。
この国全体が、因果を再生させるための“装置”として設計されている。」
言葉の余韻が消えると、沈黙が訪れた。
外では昼の鐘が鳴っているはずなのに、奥室にはまったく届かない。
光も音も、まるでここだけが時間の外にあるようだった。
リカは両手を握りしめた。
机上の図面と古文書、その全てが――この国が“神の観測機構”そのものだと告げている。
彼女の中で、ひとつの確信が静かに形を取っていった。
リカ(心の声):「……誰も、この檻から逃れられないのね。
なら――壊すしかない。」
リカは机の上に散らばった資料を丁寧に並べ直した。
羊皮紙の地図、金属板に刻まれた幾何学紋、そして青焼きの設計図。
彼女はそれらを慎重に重ね合わせ、蝋燭の火を少し傾ける。
柔らかな光が透過し、紙と金属の模様が一瞬で重なった。
線と円が、音もなくひとつの形を結ぶ。
SFX:カサ……金属が擦れる音。
浮かび上がったのは、王都を中心に広がる巨大な環――
街路、塔、神殿、港……すべての配置が、完璧に“転輪”の構造を成していた。
ナレーション(地の文):
「地図は、ただの設計図ではなかった。
それは“魂の流れ”を固定するために組まれた、祈りと科学の融合体――
神の観測装置としての“王国”。」
リカの指先が光の輪をなぞる。
彼女の瞳は、その中心――王城を貫く一点を見据えていた。
リカ(静かに):「この国の人々は、生まれてから死ぬまで……
全部、転輪の内側に閉じ込められてる。」
セドリックは隣で頷き、図面に手を置いた。
蝋燭の炎が、彼の横顔を赤く染める。
セドリック:「魂を再利用し、因果を再演させる。
神の“実験場”――それが我々の王国だ。」
その瞬間、遠くで教会の鐘が鳴った。
低い音が壁を震わせ、机の上の紙がふわりと揺れる。
その震えは、まるで――王国そのものが、彼らの気づきを拒むかのようだった。
静寂が、部屋を満たしていた。
蝋燭の炎がわずかに揺れ、光がリカの横顔を切り取る。
その頬を、埃の粒がゆっくりと横切っていく。
彼女は、机の上に散らばる書簡や金属板を見下ろし、
ゆっくりと拳を握りしめた。
その手が震えているのは、恐怖のためではなかった。
リカ:「なら、もう観測なんてさせない。」
低く、だが確かに響く声。
その瞳には、冷たい光が宿っている。
リカ:「この世界を“見る者”を――見返してやる。」
その言葉が、静かな空間を切り裂いた。
封印庫の壁に刻まれた古代文字が、一瞬だけ淡く光を放つ。
まるで“観測者”の視線が、彼女の決意に反応したかのように。
セドリックは短く息を呑み、それからゆるく口元を緩めた。
炎の明滅に照らされるその笑みは、静かな賛同の印だった。
セドリック:「神を観測する――か。
……それは、史上初の反逆だな。」
リカは答えず、ただ真っ直ぐ前を見据えた。
その瞳の奥には、誰も見たことのない“光”が宿っていた。
それは、観測される者ではなく――
世界そのものを見定める“観測者”の光。




