図書館の深部 ― “転輪の理”の発見
夜。
王都の片隅、教会附属の大図書館は、まるで眠りについた巨獣のように静まり返っていた。
聖堂の奥、祭壇裏の回廊を抜けた最奥には、一般の信徒が立ち入ることを許されぬ封印指定の資料庫がある。
古びた扉を開けると、微かな埃の香りと黴の気配が迎える。
積み上げられた羊皮紙の束が、天井まで届くほど積み重ねられ、油の切れた燭台がいくつも並んでいた。
窓はない。外界と遮断されたこの空間は、時間さえも止まっているかのように静謐だった。
リカは薄暗い中で手燭を掲げ、周囲を見回した。
ゆらゆらと揺れる光が、積層した本の背表紙を黄金色に照らす。
セドリックが隣で埃を払い、無造作に束ねられた書簡の封を解いていく。
SFX:紙の擦れる音「シャリ……」
その音だけが、閉ざされた空間に小さく響いた。
「……これが、封印区画の最深層か。」
セドリックが低く呟く。
リカは頷き、棚の隙間に指を滑り込ませ、一枚の羊皮紙を慎重に引き出した。
蝋燭の炎が、その表面の金文字を照らし出す。
古の祈祷語が細密に刻まれており、まるで文字そのものが呼吸しているように見えた。
炎が小さく跳ねる。
淡い光が二人の影を壁に揺らし、まるで彼らの背後に“観測者”が立っているような錯覚を生む。
夜明け前の光も届かない深闇の中、
彼らは静かに、しかし確かに――禁じられた真実の頁をめくろうとしていた。
セドリックが、崩れかけた書架の陰から一枚の破れた羊皮紙を取り出した。
薄い埃が舞い、蝋燭の光が紙面に落ちる。
そこには、螺旋状に幾重にも重なった円――複雑な環状の図形が描かれていた。
中心には、まるで世界そのものを見つめる“眼”のような紋章。
セドリックはその文様を見つめたまま、息を詰める。
手元の光が彼の頬に陰を刻む。
「……“転輪”。」
「記録によれば、魂を観測し、再配置するための――“神の装置”だ。」
その言葉に、リカの瞳が僅かに揺れる。
彼女は羊皮紙に手を伸ばし、指先で環の模様をなぞった。
その表情には、恐怖ではなく理解の色が滲む。
「再配置……」
「つまり、転生は“選ばれる”んじゃなく――“操作”されてる?」
セドリックは頷き、隣に積まれた文献を開いた。
古い祈祷語をなぞりながら、低い声で読み上げる。
「『魂は転輪を通過し、因果を再演する。
聖女は浄化、殉教者は代償、悪役は調整因子となる。』」
言葉が空気を震わせ、重い沈黙が降りた。
リカの指先がわずかに震え、蝋燭の炎が彼女の頬を照らす。
その瞳の奥に、冷たい光が宿っていく。
「……この国自体が、その“装置”の中にあるのね。」
セドリックは、目を伏せたままゆっくりと頷いた。
彼の声はかすかに震えていた。
「ああ。王国は転生因果を清算するための“牢獄”だ。
聖女も悪役も、神が定めた駒に過ぎない。」
二人の間に、言葉にならない沈黙が広がった。
その瞬間、蝋燭の芯が小さく弾け、ぱちりと音を立てる。
影が揺れ、壁の上で螺旋の模様が一瞬だけ形を変えたように見えた。
リカはゆっくりと拳を握りしめ、深く息を吸い込む。
そして、静かな声で――けれど鋼のように確かな響きで言った。
「なら、私は神の理ごと壊してみせる。」
その声には、怒りも呪いもなかった。
あるのは、ただ純粋な意志。
祈りの代わりに、決意が世界の暗闇を貫いた。
蝋燭の火が小さく明滅する。
その光は、リカの瞳に映り込み――まるで新しい夜明けを告げる“焔”のように輝いていた。




