研究所の影 ― 禁呪《聖核爆(ホーリーブラスト)》プロジェクトの始動
地下深く、空気が重く淀んでいた。
神殿のさらに下層――王すら立ち入らぬ禁域、聖務局研究棟。
そこでは祈りと科学が、同じ実験台の上で交わっていた。
白衣の神官たちが低声で聖句を唱えるたび、
中央の祭壇――いや、研究台――の上に浮かぶ球体が、低く唸りを上げる。
SFX:ドゥン……ドゥン……(心臓の鼓動のような共鳴)
その球体はまるで生きているかのように脈打ち、
内部には微細な光の線が渦を巻いていた。
金属とも結晶ともつかぬ素材、だがその輝きは“聖”を名乗るにはあまりに冷たかった。
祈りの列の先に、ハーゲン司祭が立つ。
銀の仮面をつけたその男は、膝を折り、恍惚とした声で呟いた。
ハーゲン:「“聖核爆”――それは、神の意志を物質的形態に転写した《浄化式爆心》。
人の罪も因果も、等しく光の中に還す。」
その語り口は説教であり、同時に学術講義のようでもあった。
彼の指先は空中に符号を描き、その軌跡が幾何学的な紋章を浮かび上がらせる。
光の数式が重なり、空間そのものが震える。
傍らに立つ補佐官が、額に汗を浮かべながら問う。
補佐官:「……だが司祭殿、それは――破壊ではないのか?」
一瞬、沈黙。
やがてハーゲンはゆるやかに顔を上げ、仮面の奥で微笑んだ。
ハーゲン:「破壊とは再生の裏面だ。
神の火は、すべてを“ゼロ”に戻す。
――そうして世界は、再び“純粋”となる。」
彼の言葉に呼応するように、球体の光が強まる。
壁の鉄板に刻まれた古代文字が、淡く浮かび上がった。
【再現】
【浄化】
【完全消却】
三つの語。
それは、祈りの詩句にして、この研究の核心コード。
補佐官はその輝きを見上げ、喉を鳴らした。
――どこかで、この言葉を見た気がする。
記録の奥深く、忌まわしい過去の報告書に。
補佐官(心の声):「再現……浄化……完全消却……。
これは、神の奇跡などではない……。」
だが、誰もその異議を口にできなかった。
上層からの命令、聖女の名、そして“神の声”が、この禁呪を正当化している。
光が脈動を強める。
研究室全体が低く共鳴し、まるで地の底から心臓が鼓動しているかのようだった。
ハーゲン:「さあ……観測を続けよ。
神は我らを見ておられる。」
球体の中で、一瞬だけ“赤黒い閃光”が走った。
誰も気づかない。
――それは、遠い記憶の中で世界を焼いた、同じ色だった。
白い祈祷衣が揺れ、複数の神官たちが円陣を組む。
その中央では、複雑に組み上げられた錬金装置が低く唸っていた。
金属の管が絡み合い、透明な液体が脈動するように流れ、
祈りのリズムとともに機構が呼吸しているかのようだった。
SFX:ヴォォォン……ギュゥゥゥゥ……
神官の一人が声を上げる。
聖典の言葉を唱えた瞬間、装置の上部から光が噴き上がった。
白金の柱が天井へ伸び、研究室の壁に刻まれた紋章が次々と反応していく。
神官:「聖なる律、第一条――“形なきものを形へ”!」
(機構が閃光を放ち、装置の回転音が跳ね上がる)
祈りの声と、機械の駆動音。
その二つが同じリズムを刻み始める。
まるで聖句そのものがプログラムコードとなり、
神の名が変数のように呼び出されているかのようだった。
ナレーション(地の文):
「それは祈りではなく、演算だった。
神の御名を演算子に置き換え、奇跡を再現する数式。
――人が“神の火”を模倣する時、世界の構造が軋む。」
光の柱が不安定に揺れる。
空間が波打ち、実験室の空気が歪む。
ひび割れたステンドガラスのかけらが震え、
誰かの影が、ほんの一瞬“逆転”して映った。
ハーゲン司祭がその異常を見ても、止めることはしなかった。
むしろ、口元に薄く笑みを浮かべ、静かに告げる。
ハーゲン:「……神は沈黙している。ゆえに、我らが代弁せねばならぬ。」
再び、詠唱が始まる。
今度は機械の唸りのほうが優勢だった。
金属の音、光の軋み、祈りの残響。
それらが混じり合い、聖域は次第に――“工場”のような音を立て始めた。
石造りの廊下を、ひとつの影が音もなく進む。
壁に灯された燭台の炎が、ゆらりとそのフードを照らすたび、
鋭い灰青の瞳が一瞬だけ闇を裂いた。
セドリック。
かつて王立研究局に名を連ねた学士にして、
今は教会の“異端追跡者”として闇を歩む男。
彼は息を殺し、古びた通風孔の格子に指をかける。
内部から漏れる光の脈動――その先に、禁断の研究室がある。
装置の唸りと祈りの残響が交錯し、
微かに空気が焼けるような匂いがした。
セドリックは細い視線のまま、
懐のスクロール端末を起動する。
古い記録式の魔導文字が、淡く青光を帯びて浮かび上がる。
〈転輪因果システム――聖女核(A)/殉教体(B)再結合試行〉
状態:再現フェーズ 23%
指先が、わずかに震えた。
セドリック(小声):「……転輪因果・相関式……?
まさか……これが、“転生”そのものを再構築しているのか……?」
通風孔の向こう――
光の球体が、まるで“心臓”のように鼓動していた。
その中心で、神官たちの祈りが無数のデータコードへと変換され、
空気そのものが数式のように震えている。
セドリックの額に汗が滲む。
理論として知っていた“転輪”の概念――それが、
今まさに現実の装置として稼働している。
セドリック(低く):「……王も、教会も……いや、神さえも……
この装置の“観測者”に過ぎないというのか……。」
遠く、鐘の音が一度だけ鳴り響く。
その振動が、まるでこの世界全体の心拍のように響いた。
彼は深く息を吐き、通風孔から身を離す。
背後の闇が、まるで意思を持つかのように揺らめいた。
セドリック:「……見せてもらおう、“神の火”の正体を。」
彼の声が沈み、
再び静寂が、地下回廊を包み込んだ。
地下の空間が、低く唸った。
祈りの旋律と機械の脈動が混ざり合い、空気そのものが震える。
白金の光を放っていた球体が、突如として明滅を始めた。
ハーゲン:「光量を下げろ! 観測が……神が覗いておられる!」
祈祷台の上、神官たちが一斉に詠唱を強める。
聖句が重なり、響きが狂気じみたリズムへと変化していく。
だが――制御は、もう効いていなかった。
光が軋み、空気が裂けるような音を立てた。
天井から吊られた符文の鎖が断ち切れ、
白い閃光の中で、球体の中心に“赤黒い炎”が走る。
その瞬間、セドリックの喉が、無意識に鳴った。
セドリック(息を呑む):「……これは……神の奇跡じゃない。
――あの事件の、再現だ……!」
彼の瞳に、爆炎の残像が映る。
ビル群を飲み込む火柱、悲鳴、崩れ落ちる街。
――前世、彼と“彼女”が見た、あの終末の光景。
だが今、その記憶がこの地下で“再生”されようとしている。
ナレーション(地の文):
「信仰は、科学よりも危険だ。
なぜなら“正しさ”を証明できてしまうから。」
球体の中で光が歪み、赤黒い炎が脈動する。
祈祷の声が断末魔に変わり、ひとりの神官が光に呑まれた。
彼の影は一瞬で焼き切れ、壁面に“灰の像”を残す。
セドリックは拳を握り、歯を食いしばる。
セドリック:「……このままじゃ、世界そのものが――」
その言葉を遮るように、轟音。
装置のコアが膨張し、白と赤黒の閃光が交互に弾ける。
まるで“神”が、装置の内側から世界を覗き返しているかのようだった。
風が爆ぜ、祈りが悲鳴へと変わり、
光が臨界に達する――。
セドリックの瞳に、再び映る。
あの、すべてを呑み込んだ“光の爆心”。
そして、彼は確信した。
セドリック(震える声):「……これは、神の啓示じゃない。
――人が、自分の罪を“神”と呼んでるだけだ。」
赤黒い光が、ゆっくりと世界を覆っていった。




