王都の朝 ― 権力の回転
チャット の発言:
王都ルーメンベルクの朝は、いつにも増して眩しかった。
王宮の高窓から射す陽光が、床に刻まれた金の紋章を白く照らし出す。光が壁の大理石を這い、燭台の装飾を反射しながら、天井のアーチへと昇っていく。
その中央――豪奢な王座に腰かけた王アルトリウスが、静かに立ち上がった。
彼の影が、金紋章の上に長く伸びる。
「聖女の奇跡は、民の信を束ねた。」
低く、響く声だった。
朝光の中で、その瞳だけが冷たく濁って見える。
「――ならば、その信を我が国の盾とし、矛とするのだ。」
王の言葉に、宰相と重臣たちがざわめく。
宰相が一歩進み出て、報告書を捧げ持つように開いた。
「陛下、聖核爆の試験は順調に進んでおります。
ただ、供給源たる“神光反応”の安定には、まだ――」
その言葉を、王は片手の動きで制した。
唇に笑みを浮かべ、玉座の肘掛けを軽く叩く。
「神の力が不安定であるならば、より強く縛ればいい。
信仰という鎖でな。」
軍司令官が、眉をひそめる。
彼の胸元には数多の勲章が光っているが、その目にはためらいがあった。
「陛下……“聖女の奇跡”を軍事に転用するのは、神への冒涜に――」
アルトリウスはゆっくりと立ち上がり、階段を一段降りた。
光が彼の背を照らし、顔の下半分を影に沈める。
「神は救いを与えるために力を授けた。
ならば、救いとは――征服の別名だ。」
一瞬、空気が凍った。
だが次の瞬間、教皇代理が胸に手を当て、神の名を唱えるように応じた。
「陛下の御意は、まさしく神の御心に通ずるもの。
“聖なる力”が秩序をもたらすなら、それは祝福です。」
宰相が頭を下げ、他の重臣たちもそれに倣う。
やがて、議場全体に低い拍手が広がった。
金の装飾が反射する光が、まるで祝福の火花のように瞬く。
アルトリウス:「我が王国は、神の名のもとに永遠となる。」
その宣言の直後――
王宮の塔から、重々しい鐘の音が響き渡る。
ゴォォォン……
朝の光がさらに強まり、金紋章を白く焼くように照らした。
しかし、窓の外では遠く、灰色の雲が静かに渦を巻いている。
風に揺れる旗の中央には、見慣れぬ紋章が刻まれていた。
円環の中に、歯車と眼。
――“観測装置《転輪》”の紋章。
それはまだ誰も気づかない、運命の再起動を告げる印だった。
王宮の鐘が再び、空を震わせた。
ゴォォォン……
その余韻が王都の大気を伝い、やがて神殿前の広場を包み込む。
白い大理石の階段の上――
ミリアは純白の聖衣をまとい、静かに立っていた。
背後には、巨大なステンドグラス。朝の陽光が七色の帯となって彼女の髪に降り注ぎ、まるで天から降ろされた光輪のように彼女を包んでいる。
その姿を見上げ、群衆は息を呑んだ。
やがて、ひとりが叫ぶ。
「聖女ミリア万歳!」
その声は連鎖のように広がり、次々と重なっていく。
「神の声の代理人に祝福を!」
「聖女に光あれ!」
無数の声が渦を巻き、祈りと歓喜の波となって神殿の石壁を震わせた。
ミリアは静かに微笑む。
その微笑みは、完璧な“聖女”のそれだった。
彼女は両手を掲げる。
掌の間で光が集まり、やがて淡い光粒が零れる。
白金の粉が風に乗り、群衆の上に舞い落ちる。
「ああ……奇跡だ……!」
「神の御業だ!」
誰もが膝を折り、手を合わせた。
歓声と祈りが混ざり合い、音にならない熱が空へと昇っていく。
――だが。
ミリアの胸の奥では、別の何かが震えていた。
(また、光を見せれば、人は跪く……)
(でも――あのとき、私は誰のために祈ったの……?)
その一瞬、世界がわずかに歪んだ。
光の粒が滲み、ステンドグラスの奥に“炎”がちらつく。
かつて燃え落ちた街の残影。悲鳴。焦げた空。
脳裏を掠める、前世の断片。
彼女は小さく息を呑み、瞬きをひとつ。
再び“聖女”の笑顔を取り戻す。
階段下から、神官が声を上げた。
「女神は貴女を通じて、我らに再生の火を与えられたのです!」
その言葉に、ミリアはわずかに唇を動かす。
「……ええ、“再生の火”。
それが、救いであるなら――」
声は穏やかで、誰もその裏に潜む揺らぎには気づかない。
群衆は歓喜の声を上げ続け、神殿前の広場が祝福の光に満たされる。
しかし、風が一陣、吹き抜けた。
光の粒が空へと流れ、やがてひとつ、黒く反転して消える。
それは、誰も知らぬ“異物”。
神の観測が再び動き出した、微かな兆しだった。
王宮の高窓から、王都の広場が見下ろせた。
石畳の上には、祝福の群衆がうねり、白い旗が風にたなびいている。
その中央、神殿の階段に立つ“聖女ミリア”が両手を掲げ、光を放っていた。
七色の光が空を裂くように走り、歓声が王宮の壁を震わせる。
王アルトリウスは、窓辺に立ちながらその光景を見下ろしていた。
朝の陽光が金の王冠を照らし、その横顔を鋭く縁取る。
「……完璧だ。」
低く、満足げな声が、誰に聞かせるでもなく零れる。
「人は奇跡に酔う。その酔いが続く限り、我が王国に敵はない。」
彼の眼差しは、まるでひとつの宗教を統べる“神”そのものだった。
その手には聖印の刻まれた書簡――
《聖核爆》の開発命令書。
宰相が背後に控え、低く頭を垂れる。
「陛下、聖女の祝辞が滞りなく終わりました。国民の信仰は、今や絶対です。」
王は頷く。
「信仰とは、最も美しい支配だ。
神の名を掲げれば、人は自ら進んで跪く。」
彼の指先が、窓硝子を軽く叩く。
まるで遠くに立つ聖女を、盤上の駒のように見つめながら。
一方――同じ光の中で。
ミリアは神殿の階段に立ち、群衆を見下ろしていた。
光は彼女の頬を撫で、風は花弁を舞い上げる。
その全てが、神の奇跡として人々に崇められていた。
だが、ミリアの瞳には、わずかな涙が滲んでいた。
それは歓喜ではなく、理由のない疼き。
(この光の中で――誰かの影が、泣いている。)
胸の奥で、微かな声が囁く。
それは“記憶”の残滓か、“罪”の囁きか。
どちらにせよ、彼女の笑顔は少しだけ揺れていた。
「……再生の火。それが、救いであるなら――」
微笑を保ったまま、唇の裏で呟く。
その瞬間、ステンドグラスに映る自分の影が、わずかに黒く滲んだ。
鐘の音が、空を裂く。
ゴォォォン……
王宮と神殿、その音を同時に聞く二つの存在。
ひとりは、支配の信仰を讃え。
ひとりは、赦されぬ救いを祈る。
そして、ナレーションが静かに重なる。
「光が強くなるほど、影は深く沈む。
その境界に、世界の歯車が回り始めていた。」
朝の光が広場を包み込み、
画面は白くフェードアウトしていく。




