“鐘の刻”
王都の夜は、異様なほど静かだった。
風ひとつなく、空気が張り詰めている。
そして――沈黙を裂くように、神殿の塔から低く重い音が響き渡った。
SFX:鐘の音「ゴォォォン……」
その音は、時を告げる鐘ではなかった。
まるで世界そのものが、何かを呼び覚ますような響き。
石畳がかすかに震え、空気の奥に見えぬ波紋が広がる。
カメラは天上から俯瞰し、雲を抜けて神殿の尖塔をとらえる。
その中心――古の転輪を模したステンドグラスが、月光を受けて淡く脈打っていた。
七色の光が床に降り注ぎ、輪のような模様を描き出す。
空は澄み、月は冷たく輝いていた。
だが、その光の奥で、何かが再び“蠢く”。
微かに、空気が“呼吸”する音がする。
まるで神の観測装置が、永き眠りからゆっくりと目覚めるように。
神殿の鐘が再び鳴る。
その音に導かれるように、世界の奥底で歯車が――動き始めた。
神殿の中央、白大理石の床に月光が降り注いでいた。
ミリアはその光の中心に立つ。
背後のステンドグラスが、呼吸するように淡く脈動し――まるで意識を持つかのように、彼女の背を照らしている。
対岸、闇に沈む祭壇の前。
そこに、リカの影が静かに形を取る。
光と影――それは決して交わらぬはずの二つの位相。
だが今、その境界がゆらりと溶け出していた。
ミリア(祈るように):「私は、世界を救う者。」
リカ(静かに):「私は、その“救い”に殺された者。」
二つの声が重なった瞬間、空気が震える。
ステンドグラスの表面を光が走り、亀裂が一本――そしてもう一本、音もなく広がっていく。
SFX:微かな破砕音「ピシ……ピシィ……」
色とりどりの光が砕け散り、宙に舞う。
それはまるで、神の記録が崩壊していく瞬間のようだった。
床に映る七色の光が、ゆっくりと螺旋を描き始めた。
最初はわずかな揺らめき――だが次第に、その輪は脈動を持ち、まるで心臓の鼓動のように規則的なリズムを刻む。
ミリアの足元に浮かび上がる光輪。
リカの影にも、同じ形の円が重なっていく。
それはただの光ではない。
“神の観測装置”――転輪の影が、現実層に干渉を始めた証。
SFX:低い共鳴「ヴォォォン……」
風はない。
だが、二人の髪がふわりと舞い、衣が波打つ。
空気そのものが、見えぬ力によって震えていた。
神の声(無機質に):「観測、継続中。――転生因果、再始動。」
その言葉と同時に、天井のステンドグラスが閃光を放ち――次の瞬間、粉々に砕け散る。
SFX:破砕音「ガシャアァァァン!」
砕けた光片が、羽のように空を漂う。
金、青、紅――数え切れぬ断片がゆらめきながら降り注ぎ、神殿全体を幻想的な輝きで包み込む。
リカとミリアの瞳に、降り注ぐ光が映る。
それは救いの光か、それとも新たな審判の光か――誰にも分からなかった。
降り注ぐ光片の中で、
ミリアの瞳が淡く白く輝き、リカの瞳は深い闇を湛えた黒へと染まる。
その光と影の対比は、まるでこの世界の理そのものを象徴していた。
二人は互いに向かい合う――神の意志と人の意志。
救済と断罪。
相反する存在でありながら、同じ“螺旋の中心”に立つ者たち。
ミリアの胸の奥に、微かな痛みが灯る。
それは懺悔でも恐れでもなく、ただひとつの問い。
ミリア(心の声):「私が信じた神は……本当に“救い”をもたらしたの?」
リカは静かにその視線を受け止める。
光の粒が頬をかすめ、彼女の瞳の奥で何かが燃え上がる。
リカ(心の声):「もう、誰も殺させはしない。
神の名を借りた救いのもとに――真実を暴くために。」
二人の間を隔てていた光が、ゆっくりと揺らめき、溶け合っていく。
床に映る二つの影が――再び重なった。
SFX:低い共鳴「ドクン……」
世界がわずかに脈動する。
その瞬間、神殿の空気が息をのむように静止した。
光と闇が交差する地点に、“新しい因果”が生まれ始めていた。
神殿が低く唸りを上げた。
石の床が振動し、柱が軋む。
空気そのものが脈動し、光と音が一体化して世界を震わせる。
やがて――床下に金色の紋章が浮かび上がる。
幾何学的な輪が重なり合い、中心でゆっくりと回転を始める。
それは“転輪”。
神の観測と再構築を司る、世界の心臓そのもの。
SFX:振動音「グゥゥゥン……」
空間全体に無数の光線が走り、天井へと伸びる。
ステンドグラスの残骸がその光を受けて輝き、砕けた破片が星のように散る。
そして、重なり合う“神の声”が響いた。
神の声(多層的に):「再構築プログラム、フェーズ3へ移行。
――観測の目的:『覚醒』。」
その言葉と同時に、転輪から奔流のような光が立ち上る。
光はまるで意思を持つかのようにミリアを包み、彼女の白い聖衣が黄金の輝きに染まっていく。
その瞳に浮かぶのは、神の意志か、それとも恐怖か。
リカはその光景を見つめながら、静かに一歩踏み出した。
彼女の周囲には闇が渦を巻き、黒い風が衣を翻す。
ナレーション:
光が昇り、闇が立つ。
救済と断罪――二つの力が、完全に分かたれる瞬間だった。
天へと昇る光の輪。
地へと沈む黒の影。
その境界で、二人の視線が交錯する。
そして、世界は――胎動を始めた。
ステンドグラスが、ついに崩れ落ちた。
砕けた光片が無数の流星のように降り注ぎ、神殿全体を覆う。
その一つひとつが、まるで神の記録――失われた観測データの断片のように、儚く輝いては消えていく。
俯瞰の視点。
天井のない空から見下ろすと、光と影が渦を巻いていた。
その中心に、ふたりの姿。
ミリアは白光の中に立ち、静かに目を閉じる。
その輪郭が淡く透け、やがて光そのものに溶けていく。
リカは対照的に、闇の渦の底でゆっくりと目を開く。
金の瞳が、崩壊する世界をまっすぐに見据える。
それは絶望ではなく、始まりを見つめる者の光。
ナレーション:
「救いと断罪、その境界に立つ二つの魂。
運命は今、胎動を始めた。」
沈黙ののち、空間に無機質な文字列が浮かび上がる。
淡い光の粒が並び、ひとつの“観測ログ”を形成していく。
【観測ログ:No.000211】
状態:再構築フェーズ3へ移行。
対象A・B――因果リンク、再接続完了。
記録:光と闇、統合試行中。
結果:観測続行。
最後の文字が静かに消える。
ただ、世界のどこかで――
微かな心音のような“鼓動”が響いていた。
それは、運命の胎動。
終焉ではなく、次の章の“始まり”を告げる音だった。




