“再統合の兆し”
庭園に、微かな震えが走った。
ミリアの頬を伝った涙が、白い花弁の上に落ちた瞬間だった。
その一滴を境に、夜の空気が低く唸る。
SFX:低周波の共鳴音「ヴォォォン……」
風もないのに、花々が一斉に揺れた。
月光が水面に滲み、まるで空そのものが呼吸するように波打つ。
光の線がねじれ、世界の輪郭がゆっくりと脈打つ。
リカは息を詰めた。
彼女の足元の影が揺れ、ミリアの影と重なりかける。
世界が、ふたりの心拍に合わせて動いているようだった。
――空気が、生きている。
――世界が、彼女たちの感情に応答している。
そのとき、遠くで何かが軋む音がした。
それはまるで、見えない観測の歯車がゆっくりと動き始めたかのように。
空が、ざらついた。
月光の中に微かなノイズが走り、白い光がまるで電流のように散っていく。
その瞬間、上空から――“声”が落ちてきた。
神の声(断片的に):「干渉……再接続中……観測系統――再統合を開始。」
冷たく無機質な音。
だが、その奥にほんのわずか、焦燥のような歪みが混じっていた。
リカが顔を上げる。
月が揺らいでいた。
その輪郭が、データの乱れのように滲み、
夜空にノイズ状の光の筋がいくつも走る。
SFX:電磁的なざらつき「ジジ……ジ、ジ……」
ミリアの髪が光の風に揺れる。
目に見えない“観測網”が再び展開し始めている。
神が、彼女たちの交わりを記録し直そうとしている――。
リカは唇を噛みしめ、静かに呟いた。
リカ(心の声):「……来たわね、神の再構築。」
リカの指先が、月光の中でそっと揺れる。
その手がミリアへと伸びかけた瞬間――地面に映る二人の影が重なった。
花々の上に落ちたその交点が、淡く光を放つ。
まるで世界が、彼女たちの魂を“再接続”しようとしているかのように。
そして、ミリアの中で何かが弾けた。
断片的な映像が、脳裏に閃く。
――博の最期。
――リカが叫びながら、血に濡れた手を伸ばす姿。
――炎の中で、掠れた声が告げた。
博(記憶の声):「……生きて……」
その言葉とともに、ミリアの胸の奥が灼けるように痛む。
息が漏れ、瞳が揺れた。
ミリア(苦悶の中で):「……あなた……なのね……?」
リカは静かに頷く。
その瞳には、慈しみと哀しみが同時に宿っていた。
リカ:「ええ。貴女の中にいる――“彼”が、呼んでる。」
二人の間の空気がふるえ、
まるで時間そのものが一瞬だけ、“過去”と“今”を重ね合わせた。
花弁が風もないのに舞い上がる。
時間が、音もなく軋む。
庭園全体が微細に震え、空気がガラスのようにひび割れていく。
SFX:低い振動音「ヴゥゥゥゥン……」
月光が一瞬、ノイズの粒子へと崩れ、再び像を結ぶ。
まるで現実そのものが――再構築されているかのようだった。
神の声(冷たく、重なるように):「観測値、逸脱。
再統合プロトコル――強制起動。」
空の彼方で、光の網が広がる。
無数の線が、世界を“補正”しようとするように走るが、
その中心――リカとミリアの周囲だけが、静かに拒絶していた。
彼女たちの魂が繋がる光は、制御不能の輝きを放つ。
神の観測網にすら捕捉できない、“異質な鼓動”。
リカの髪が金の光に揺れ、ミリアの瞳の奥で黒炎がちらめく。
二つの色が交わり、世界の境界が――震えるように歪んだ。
神の補正は続いていた。
だが、その中心で生まれた“人の感情”だけは、
いかなる観測にも還元されなかった。
揺らぎが、音を吸い込むように消えていった。
花弁はゆっくりと地へ落ち、月光は再び穏やかに庭を照らす。
だが、その静けさは“終わり”ではなかった。
SFX:微かな電子ノイズ「……ジ、ジジ……」
風のない夜気に、目に見えぬ波紋が残っている。
空の高みで、薄い光の線が脈動し、世界の再構築が進んでいるのが分かる。
それは、神の“観測フェーズ”が再び始動した証だった。
ナレーション(地の文):
揺らぎが止まり、世界は再び沈黙を取り戻した。
けれど、それは静寂という名の中間――
すべてが終わった後ではなく、まだ始まりの手前だった。
世界は、まだ終わっていない。
むしろ今、見えぬ“眼”が再び開こうとしていた。
――新たな“観測”の幕が、静かに上がる。




