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『転生ヒロインは爆破犯、悪役令嬢は被害者だった』 —二度も殺されてなるものか—  作者: 南蛇井


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虚空 ― 転輪の境界

 ――光も音も、存在しない世界。


 ただ、漂っている。

 何もかもを焼き尽くした後の静寂。そこに残されたのは、形なき二つの意識だった。


 輪郭も、重さもない。

 それなのに、確かに「自分」という感覚だけは残っている。


 ひとつは白い光のように、

 もうひとつは影のように、

 互いの周囲をかすかに照らし合いながら、ゆっくりと浮遊していた。


 記憶は剥がれ落ちていく。

 名も、顔も、痛みも、すべて虚無に溶けていく。

 だが、胸の奥にだけ――かすかな熱が残っていた。


 それは、後悔。

 それは、憎しみ。

 それは、まだ終わっていないという執念。


 白い光が、微かに震えた。

 かつて人であった男の意識が、波のように揺れる。


「……私は……まだ終わっていない……」


 闇が応じるように、赤黒く脈動した。

 少女の魂が、その声に反応する。


「……あの男……あの笑顔だけは……許せない……」


 二つの声が、音のない虚空に重なった。

 光と闇が呼び合い、互いを引き寄せる。

 それは救いでも、赦しでもない。

 ただ――再び交わるための、運命の胎動だった。

 虚空に、亀裂のような“音なき震え”が走った。


 その震えは、声の形をしていなかった。

 だが、確かに響きとして、魂の奥に刻まれた。


「観測完了。魂、二柱。」


 冷たく、無慈悲で、しかし荘厳。

 まるで神が語るというより、宇宙の法則そのものが告げているようだった。


「未清算の因果。過剰な執念。転輪の基準を逸脱。」


 博の魂がわずかに震えた。

 その言葉は、懺悔ではなく裁定。

 誰に祈っても、許される余地などない。


「この魂、強すぎる。再構築を要す。――転輪へ送る。」


 宣告の直後、闇が裏返る。

 無数の光の糸が走り、虚空全体が“輪”の形を描いていく。


 黒と白の渦が、静かに、だが抗いようもなく回転を始めた。

 その中心へ――二つの魂が吸い寄せられる。


 抵抗もできない。

 引き裂かれるような光の奔流の中、二人の意識が触れ合う。


博(意識):「……私は……救いを完遂する……」

里香(意識):「……私は……あなたを赦さない……」


 光と闇が交錯した瞬間、輪は閃光となって爆ぜた。

 世界が裏返り、すべてが新しい“始まり”へと堕ちていく。


 ――転生の、刹那。

 白い闇の中心で、ひとつの魂が震えた。


 他のどの光よりも強く、しかし不安定に――まるで燃え尽きかけた星のように。

 それは、博の魂だった。


 輪の中心に引き寄せられながらも、彼だけは抗っていた。

 すべてを失い、肉体も記憶も崩れ去ったはずなのに、

 彼の中にはまだ、終わりを拒む熱が残っていた。


「……私の正義は……終わっていない……」


 声という形をとらない叫びが、虚空を震わせる。

 それは痛みでも願いでもなく、執念そのもの。


「この世はまだ……救われていない……」


 その瞬間、彼の魂は眩い光を放った。

 だがその白光は、清らかな救済ではなかった。

 歪み、脈打ち、まるで“狂信の残滓”が純粋な形で結晶したように、

 光は禍々しい美しさを帯びていく。


 虚空に響く、無機質な声。


「理念の過剰。自己同一性の偏向を確認。」


 その“声”さえ、わずかに揺らいだ。

 まるで、神の機構が一瞬ためらったかのように。


 博の魂は、なおも光を放ち続ける。

 自らの罪をも焼き尽くす覚悟で。

 だが、その光の奥底にあるのは――誰にも届かぬ孤独な祈りだった。

 闇の底で、別の光が瞬いた。

 だがそれは、白ではなかった。

 深い赤と黒が溶け合った、燃えるような闇の輝き――。


 里香の魂だった。


 彼女は沈黙の中で、ただ“抗っていた”。

 なぜ奪われたのか。

 なぜ自分が選ばれたのか。

 答えのない理不尽が、魂の核を焼いていた。


 温度もないはずの虚無の中で、

 彼女の意識だけが熱を帯びていく。


「……あの男を……絶対に許さない……!」


 その言葉が発せられた瞬間、

 里香の魂は黒い炎に包まれた。


 それは怒りでも悲しみでもなく、

 純化された拒絶だった。

 理不尽を赦さぬ意志が、呪いの形で燃え上がる。


 炎は、光ではない。

 だがその黒は、確かに強く輝いていた。


 白い闇の中、博の魂が放つ眩い光と、

 里香の黒炎が――交錯する。


 光と闇がぶつかり合うたび、

 虚空が軋み、世界そのものが震えた。


 渦巻く光子の嵐の中で、

 二つの魂が、まるで互いを引き寄せるように近づいていく。


 救済を信じた者と、赦しを拒んだ者。

 その因果が、ここでひとつの輪を描こうとしていた。

 ――虚空が、裂けた。


 白い光と黒い炎。

 相反するはずの二つが、まるで磁石の極のように引き合い、

 そして――衝突した。


 瞬間、無音の世界が悲鳴を上げる。

 光は闇を押し返し、闇は光を飲み込む。

 どちらも滅びず、どちらも譲らない。

 輪の中心で、世界そのものが反転を始めた。


 神の声が、わずかに歪む。


「干渉検知……因果の交錯……輪、制御不能――!」


 機械のように冷たいはずの声が、ノイズを帯び、

 まるで混乱しているかのように震えた。


 白と黒が混ざり、灰色の閃光が爆ぜる。

 時間の流れが解け、上下も前後もなくなる。

 魂の記憶が剥がれ落ち、言葉も、形も、意味さえも溶けていく。


 光は過去を砕き、闇は未来を呑み込む。

 博の“救い”と、里香の“拒絶”が互いを傷つけながら、

 渦の中心で、ひとつの“矛盾”として融合していった。


 そして――。


 閃光。


 まぶしさがすべてを覆い尽くす。

 虚空が崩壊し、輪が砕け、

 二つの魂は別々の方向へと弾き飛ばされた。


 白い光は、天へ。

 黒い炎は、地へ。


 それぞれが異なる世界の“始まり”へと堕ちていく。


 神の声は、もはや届かない。

 ただ、虚無に残るのは一言だけ――。


「……転輪、分岐完了。」


 その直後、すべての光が消えた。

 そして、新たな世界が誕生した。


 光と闇の奔流が収束し、

 世界がひとつ、深い呼吸をした。


 その中心から――二つの魂が、ゆっくりと落ちていく。


 白い光の中を漂うのは、博の魂。

 その周囲には柔らかな輝きが満ち、まるで“祝福”のように降り注いでいた。

 けれどその光は、慈悲ではない。

 彼自身が生み出した“信仰の残光”。


 彼の意識はまだ、救いを夢見ていた。


「……世界を……救う……」


 その言葉が、白の海に溶けていく。

 やがてその光は形をとり、聖女ミリアという存在へと変わっていった。


 ――一方、もうひとつの魂は沈んでいく。


 黒い炎の渦に包まれながら、里香の魂は堕ちていった。

 光は届かず、深く、冷たい影が果てなく続く。

 その奥底に、城のようなシルエットがぼんやりと浮かぶ。


 石壁、古の塔、閉ざされた門。

 それは“運命の牢獄”。

 だが、彼女の心は恐れなかった。


「……二度と、奪わせない……」


 声が闇に響くたび、炎が強く燃える。

 その炎が形を変え、悪役令嬢リカの瞳に宿った。


 ――白と黒、救済と拒絶。


 二つの魂は、もう二度と同じ空を見上げることはない。

 それでも、彼らの間に刻まれた因果の“輪”は、確かに存在していた。


 遠くで、割れた輪がゆっくりと閉じていく。

 光と闇が溶け合い、静かな闇だけが残る。


 そして、世界は再び――始まりを迎えた。


 ――すべてが終わった後。


 虚空には、ただひとつの“輪”だけが残っていた。

 時間も空間も意味を失い、止まったままの転輪。


 それは、まるで宇宙の心臓が沈黙したかのように静かだった。


 輪の中心には、光と闇が溶け合ったひとつの球が浮かんでいる。

 白でも黒でもない、淡い灰色の輝き。

 それは、かつてぶつかり合った二つの魂が残した――“運命の種”。


 ゆっくりと、輪の表面がひび割れていく。

 空間の奥で、再びあの無機質な声が響いた。


「……試練を、与えよう。因果を再び、正すために。」


 その声は、告げるでも命じるでもなく――ただ定義した。

 まるで、宇宙の条文を静かに読み上げるように。


 次の瞬間、輪の中心が脈動する。

 光が震え、闇がそれを抱き、そして――弾けた。


 閃光が虚空を満たし、

 世界の境界が再び“外”へと広がっていく。


 白と黒が渦巻きながら、遠い地平を形づくる。

 城壁、草原、空、そして――太陽。


 新たな世界、レミリア王国。


 風が吹く。

 その風の中、ふたつの名が生まれようとしていた。


 聖女ミリア。

 悪役令嬢リカ。


 彼らの物語が、今、静かに始まる。


 ――転輪の再構築、完了。





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