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『転生ヒロインは爆破犯、悪役令嬢は被害者だった』 —二度も殺されてなるものか—  作者: 南蛇井


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29/30

“芽生える痛み”

月光の庭園に、衣擦れの音が静かに響いた。


ミリアの身体がふらりと揺れ、膝から崩れ落ちる。純白の聖衣が花弁の上を滑り、柔らかな白が地を染めるように広がった。その布は月光を受けて輝き、まるで“血の滲む純白”――罪を映すような色へと変わっていく。


SFX:衣擦れ「サラ……」


夜の静寂の中で、その音だけが鮮明だった。

ミリアは胸を押さえ、呼吸を乱しながら顔を歪める。痛みとも、記憶ともつかぬ感情が、胸の奥を掻きむしっている。


唇が震え、言葉がこぼれ落ちた。


ミリア:「私……貴女を殺したのに、なぜ泣けるの……?」


その声は、祈りでも呪いでもなかった。

ただひとりの人間が、自分の中の“何か”に気づいてしまった瞬間の、途方もない戸惑いと痛みだった。


月光が、涙の筋を淡く照らす。

その滴は花弁に落ち、闇夜の中で静かに光を放った――

まるで、神の目が見落とした“人の心”が、そこに宿ったかのように。

リカは静かに歩み寄った。

その足取りには、かつての怒りも怨嗟もなかった。

月光に照らされながら、彼女の影はまっすぐにミリアへと伸びる。


ミリアの前で膝を折ると、リカはそっと顔を上げた。

その瞳には、深い哀しみと――それを包み込むような静かな熱が宿っている。

怒りの果てに残ったもの。それは理解。

そして、赦し。


リカ(静かに):「それが“神の設計”を超えた証。

 ――貴女はもう、ただの聖女じゃない。」


その声は、穏やかでありながら、まるで“神の法”に楔を打ち込むような強さを帯びていた。

夜の空気が微かに震え、花々の光がふたりを包み込むように増していく。


リカはそっと手を伸ばし、ミリアの頬に触れた。

冷たい涙が、彼女の指先を濡らす。

その瞬間、リカの瞳が金色に輝き、ミリアの涙がその光を映し返す。


まるでふたりの魂が、神の観測を越えて――

“ひとつの真実”へと触れ合ったかのように。



SFX:ノイズ「ジ……ジジ……」

神の声(断片的):「感情データ……逸脱……修正不能……」


夜の空気が、微かに軋んだ。

見えない“観測網”が波打ち、世界の構造そのものがざらつく。


リカとミリアを包む月光が、不自然に明滅を始めた。

青白かった光が一瞬、赤に染まり――まるで血のような色が庭園を覆う。


SFX:歪んだ共鳴音「ヴォォォォン……」


花々が震え、泉の水面がざわめく。

その中心で、リカの金の瞳とミリアの黒い瞳が交差した瞬間、

空間に“亀裂”のような光が走った。


神の声がノイズ混じりに崩れていく。


神の声:「観測値……矛盾……対象間リンク、解読不能……」


リカはその異音を聞きながら、ゆっくりと天を仰ぐ。

その表情には、恐れではなく――確信が宿っていた。


リカ(心の声):「……世界が、揺らいでる。

 “感情”を観測できない神は、きっと……人を理解できない。」


赤く染まった月が、沈黙のうちにゆっくりと脈動する。

そのたびに、神の視界がひび割れていくようだった。


ミリアの頬を伝った涙が、静かに花弁へと落ちた。

それは月光を受け、淡く光を放ちながら白い花の上に溶けていく。

花弁が微かに揺れ、まるでその雫を“受け入れる”ように息づく。


夜の庭園全体が、ほんの一瞬――柔らかく震えた。

風も音も止み、ただその涙の軌跡だけが、世界に意味を与えていた。


リカ(心の声):「……そう。

“痛み”を知ること――それが、神にはできないこと。」


リカは静かに目を閉じ、その言葉を胸の奥で噛みしめる。

“痛み”とは、喪失の記憶。

それを感じるということは、確かに“生きている”ということ。


ミリアが顔を上げた。

その瞳には、もはや恐れも混乱もなかった。

ただ、温かな光――人間としての光が、確かに宿っていた。


リカとミリアの視線が交わる。

沈黙の中、ふたりの間に流れるものは言葉ではなかった。

それは“赦し”でもあり、“再生”でもある――

神の観測を越えて、初めて生まれた“人の証”だった。



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