神の観測ログ
暗闇。
時間が消えた空間に、微かな電子ノイズが滲む。
まるで世界そのものが、データとして再起動しているようだった。
SFX:ジ……ジジ……ピィィ――
その音の中から、低く、冷たい声が浮かび上がる。
それは“声”というより、命令文。
神の意志ではなく、観測システムの出力だった。
神の声:「観測ログ、再構築開始――欠落データを補填。」
無数の光の粒が、闇の中に立ち上がる。
断片化された映像。崩れた部屋、倒れた椅子、燃え尽きた蝋燭。
それらがゆっくりと再構成され、ひとつの“記録”へと統合されていく。
声が続く。
神の声:「観測記録更新。対象A――リカ。対象B――セドリック。」
神の声:「両名の相互干渉を確認。観測値――逸脱。」
闇の中で、二つの輪郭が浮かび上がった。
光ではなく、データの残像。
そこに肉体はない。ただ、“存在の記録”だけが漂っている。
微かな心音のようなノイズが重なり、
再び、神の声が冷たく響いた。
神の声:「観測、継続。」
その一言とともに、世界の歯車が再び回り始める。
闇の奥で、音が崩れる。
規則正しかった電子の律動が、不意に途切れ、歪んだノイズへと変わる。
SFX:ブツ……ジジジ……ブゥゥゥゥン……
青白い光の束が瞬き、次の瞬間、赤い閃光が空間を切り裂いた。
記録領域に“異常”が走る。
観測ログの中で、ひとつの言葉が断続的に点滅する。
【警告:相互干渉 detected】
【警告:相互干渉 detected】
【警告:相互干渉 detected】
それはまるで、世界そのものが――自分を観測できなくなっていくような現象。
“完全なる客観”が崩壊を始めた。
神の声(断片的):「観測値……逸脱。因果連鎖に……非許可干渉を検出。」
音声はところどころ途切れ、再生不能な領域が増えていく。
数値化された世界がノイズを孕み、
“神の視点”そのものに、初めて揺らぎが生じた。
SFX:ブゥゥゥゥン……(低く響く共鳴音)
その共鳴は、記録装置ではなく――
“神の心臓”が軋む音に似ていた。
闇の中――ノイズがゆっくりと沈静していく。
さきほどまで乱れていた波形が、ひとつ、またひとつと整列し、
まるで見えない“意志”が秩序を取り戻していくようだった。
赤い残光が消え、青白い光線が規則正しく点滅を始める。
機械の息づかい。世界の再起動。
SFX:カリ……カリ……カリィィィン……
回転音が空虚に響き、透明な“転輪”の幻影が闇の中に浮かび上がる。
その輪はゆっくりと回りながら、再び世界の構造を編み直していく。
そして――声が降りる。
感情の欠片も持たない、冷徹な観測プログラムの宣言。
神の声:「……再構築プログラム、フェーズ2へ移行。」
その瞬間、虚空に点在していた光が線を結び、
新たな“因果の網”が形を成していく。
それは、リカとセドリックの存在を中心に展開する、
“反逆者たちの観測世界”――第二の物語の始動だった。
闇の深奥。
音も、時間も、存在の輪郭さえも失われた虚無の中で――
ひとつの“回転”が始まる。
最初は微かな軋み。
やがてそれは、世界そのものを巻き込む重低音となって広がっていく。
SFX:ドクン……ドクン……
光の粒子が集まり、渦を描き、
やがてその中心に、**巨大な円環――“転輪”**が姿を現した。
それは天体にも似た構造物。
金属と光が交錯し、規則的な脈動と共に回転を続ける。
円環の内側には、**無数の“瞳”**が浮かび、静かに瞬いていた。
一つひとつが異なる感情を宿しながら、同じ方向を見つめている。
その視線の先には――リカとセドリック。
彼らの存在を、逃すまいとするように。
カメラがゆっくりとズームアウトしていく。
転輪は宇宙の彼方に浮かぶ巨大な惑星のように見え、
その回転の波動が、時空の膜を震わせていた。
神の声(低く、無機質に):「観測再開――対象追跡を継続。」
瞳たちが一斉に開く。
世界は再び“神の視線”に晒される。
そして、その中心で――
リカとセドリックの物語は、神の網の外へと踏み出そうとしていた。
転輪の回転が、ゆっくりと収束していく。
その中心――輝く輪の奥に、二つの影が浮かび上がった。
人の形をしている。
けれど、もはや“人”ではなかった。
リカとセドリック。
彼らは光の網の中で、輪郭を保ちながらも、
データの断片のようにちらつき、揺らいでいる。
肉体はなく、記憶だけが残響している。
声は届かず、言葉はすでに意味を失っていた。
SFX:静かな電子ノイズ「……ジジジ……」
転輪の内部を、数千の光子が流れ込む。
観測の記録が、神のシステムへと転送されていく。
二人の影が、ゆっくりと光に溶けていく。
その姿が完全に消えた瞬間――画面は暗転。
真っ黒な闇の中に、ただ一行の記録が浮かぶ。
【観測ログ:No.000127】
状態:異常因子確認。再構築準備完了。
フェーズ2――《覚醒域(Awakening Field)》へ移行。
わずかに遅れて、機械の回転音が再び響く。
“神の観測”は止まってはいなかった。
ただ、次の段階へ――静かに移行していく。




