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『転生ヒロインは爆破犯、悪役令嬢は被害者だった』 —二度も殺されてなるものか—  作者: 南蛇井


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禁忌の契約

蝋燭の火が、風もないのに細く裂けた。

炎の線がふたつに分かれ、壁に映る影もまた、二重に揺れる。

それはまるで――この部屋に“二つの魂”が存在しているかのようだった。


青い光に照らされた机の上で、古書の金文字が微かに脈打つ。

その光を見つめながら、リカは静かに息を吸った。

恐怖は、もうそこになかった。

あるのはただ、胸の奥で形を成したひとつの意志。


彼女は椅子を押しのけ、ゆっくりと立ち上がる。

その瞳は夜よりも深く、青い炎を映し込んでいた。


「――教えて。どうすれば、この“神の観測”を止められるの?」


声は囁きにも似ていた。だが、確かに空気を震わせた。

蝋燭の光がその瞬間だけ強くなり、二人の影が交差する。


セドリックは息を呑み、手の中の羊皮紙を握りしめる。

彼は、今の言葉の意味を誰よりも理解していた。

その問いを発した瞬間、人は“神の領域”に踏み込む。

それは禁忌中の禁忌――そして、帰還のない道。


「……」


彼の喉がひとつ鳴る。

返す言葉が見つからないまま、青白い光の中で、ただリカの瞳を見つめていた。

その沈黙が、まるで祈りの終焉を告げる鐘の音のように響いていた。



沈黙の中に、蝋燭の炎がわずかに唸る。

その青白い光が二人の間に漂う空気を切り裂き、息づくように揺れた。


セドリックは視線を伏せたまま、低く、押し殺した声で言った。


「……それを口にすること自体が、反逆です。」


その言葉は、警告ではなく祈りのように響いた。

神への忠誠と、人としての理性が拮抗する、そのわずかな狭間から零れ落ちた真実。


だが、リカの表情に怯みはなかった。

彼女は静かに、唇の端をわずかに上げる。

笑み――けれどそれは挑発ではなく、決意の象徴。


「なら、私は“反逆者”でいい。」


その瞬間、炎がひときわ強く燃え上がる。

光がリカの頬を照らし、涙の粒がわずかに光を弾いた。

けれどそれは悲しみではなかった。


青い炎の中で、彼女の瞳が金と黒に交わる。

それはもはや、信仰ではない。

神の視線を拒み、自らの意志で世界を見ようとする“ひとりの人間”の光だった。


部屋の奥で、古書のページがかすかにめくれる音がした。

まるで、神の記録が――新たな章の始まりを告げているかのように。

セドリックは震える指先で書物の表紙を撫でた。

その革の感触は、何百年も前から続く信仰の重みそのものだった。

そして、決意を飲み込むように、ゆっくりと本を閉じる。


――パタン。


その音は、静寂の中に小さな終止符のように響いた。

蝋燭の炎がわずかに揺れ、青い光が二人の頬をなぞる。


「……貴女は知らない。」


セドリックの声は、苦渋に濡れていた。

唇がわずかに震え、祈りとも呪いともつかない響きが混ざる。


「その言葉を吐いた瞬間、神の観測は我々を“異常因子”として記録する。

 消されるかもしれない。」


リカは一歩、彼の方へ進み出る。

その目に宿るのは、恐怖ではなく決意――燃えるような確信だった。


「それでも構わない。

 “誰かが見続ける世界”なんて、もう耐えられない。」


沈黙。


セドリックは唇を噛み、長い呼吸の果てにゆっくりと顔を上げる。

その目が、初めて真正面からリカを捉えた。


青い炎の中、二人の瞳が交錯する。

そこにあるのは、もはや“司祭と聖女”ではなかった。

神に仕える者と、神に抗う者――その境界が、静かに融けていく。


セドリックの瞳の奥に、ようやく芽生えたのは――信仰ではなく、“共鳴”だった。

セドリックはしばらくの間、言葉を失っていた。

その瞳の奥で、信仰と理性がせめぎ合い、やがて――静かに折れる音がした。


彼は深く息を吸い込み、机の上の蝋燭に手をかざした。

青い光が、彼の指先を淡く照らす。


「……いいでしょう。」


低い声が、祈りとも、契約の言葉ともつかない響きを帯びる。


「あなたと共に、“真実”を暴く。」


その瞬間――。


蝋燭の炎が、まるで応えるように激しく燃え上がった。

青い光が金へと変わり、そして純白へ。

それはまるで、ふたりの魂が“神の観測網”から切り離される瞬間のようだった。


空気が震え、壁に映る影がぐにゃりと歪む。

床に落ちた光が波紋のように広がり、静寂の中で音もなく消えていく。


リカは息を呑んだ。

その光景の中で、セドリックの姿がひどく遠く見えた――いや、

遠ざかっているのは彼ではなく、“神の視線”の方だった。


二人を見張り続けていた何かが、確かに退いていく。


リカは小さく呟いた。


「……これが、自由の光。」


そしてセドリックは、燃え尽きる蝋燭を見つめながら、

静かに応えるように言った。


「禁忌を越えた者だけが、真実を見る。」


闇の中、ふたりの影がひとつに重なり、

その瞬間――“観測”の鎖が、音もなく断ち切られた。


炎が最後の呼吸を吐くように、ふっと閃いた。

青白い光が一瞬、二人の顔を照らし――そのまま、完全な闇が訪れる。


音が消えた。

空気の振動すら止まり、世界そのものが“観測”をやめたかのようだった。


闇の中、わずかな光が二つ、静かに浮かぶ。

リカの瞳は金に、セドリックの瞳は黒に――

それは“観測者”と“反逆者”、ふたつの印が交わる瞬間だった。


SFX:心音「ドクン……」


どこか遠く、深淵の奥から声が響く。


神の声(断片的):「観測中断――異常因子、隔離。」


まるで機械の祈りのような、冷たい響き。

その声を最後に、世界のどこかで、歯車の音がひとつ止まった。


静寂の中で、リカとセドリックは互いを見つめ合う。

恐れも祈りもなく、ただ確かな意志だけがそこにあった。


リカが小さく息を吐く。

セドリックが頷く。


そして――ふたりは同時に、一歩を踏み出した。


その足音が、闇に響く。

それは“神への反逆”の始まりを告げる、最初の音だった。





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