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『転生ヒロインは爆破犯、悪役令嬢は被害者だった』 —二度も殺されてなるものか—  作者: 南蛇井


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終焉と祈り ― 死の瞬間

――音が、存在しない。


 爆発の瞬間、世界は「静かになった」のではなかった。

 そこに“音”という概念そのものが、はじめからなかったかのように。

 ざわめきも、悲鳴も、鼓動さえも――消滅している。


 粉塵がゆっくりと舞い、白い灰が降る。

 広告ビジョンの光はまだ映像を流しているのに、その言葉は届かない。

 ただ、映像だけが、残響のように流れ続ける。


 破れたポスターが宙を舞い、焦げた花束が転がる。

 空気の中に漂うのは、鉄と焦げの匂い。

 しかしそれすらも、まるで記憶の匂いのように遠い。


 瓦礫の隙間に転がるスマートフォン。

 ひび割れた画面に、さっきまでの世界が残っていた。

 カフェのテーブル、マフラーを巻いた少女たちの笑顔。

 ――その一瞬の映像が、灰の中で微かに光る。


 次の瞬間、画面が黒く焼け落ち、闇へと沈んだ。


 世界は止まり、ただ白と赤だけが残っている。

 白は降り積もる灰、赤はまだ燃える血潮。

 その二色がゆっくりと溶け合い、静寂の中でひとつの絵画になる。


 誰も声を上げない。

 誰も泣かない。

 ただ――世界が、「終わり」という名の祈りを捧げていた。


 ――光のあと、世界は静止していた。


 燃え落ちた街の中心で、金沢博は膝をついていた。

 周囲には、形を失った街の断片が散らばり、炎が風に煽られて唸る。

 しかしその喧騒は、彼の耳には届かない。

 すべての音が、祈りの中に溶けていた。


 肌は焦げ、コートは半ば焼け落ちている。

 それでも彼の目は、不思議なほど澄んでいた。

 苦痛ではなく、安堵の色が宿っている。

 血の滲む唇から、かすかな声が漏れた。


「……これで……世界は……浄化される……」


 指先が震え、胸の前で組まれた手に力がこもる。

 まるで祈るように――いや、これは確かに祈りだった。

 彼の信じた神は、どこにも存在しなかったかもしれない。

 けれど彼は、その虚空に向かって祈った。

 己の破壊を「救済」と呼ぶしかない男の、最後の信仰。


 炎の向こうに、白い影が現れる。

 人の形をしているが、輪郭は揺らぎ、まるで光そのもののようだった。

 博はその姿を見て、微笑む。

 焼けただれた頬が、ほんの少しだけ緩む。


「……ようやく……届いたのか……」


 そのまま、身体がゆっくりと前へ崩れ落ちる。

 灰が舞い、血が地面を染める。

 しかしその表情は、苦しみではなかった。

 まるで贖罪を終えた者の、穏やかな微笑。


 世界を焼いた男の祈りは、

 やがて、灰とともに風に散っていった。


 ――視界が、ゆらいでいる。


 赤沢里香は、瓦礫の下にいた。

 鉄骨の隙間から滲み出る熱が肌を焼く。

 目の前の空気が波のように歪んで、焦げた匂いだけが現実を知らせていた。


 耳に届くはずの音は、何ひとつない。

 悲鳴も、炎の爆ぜる音も、遠くのサイレンも――。

 まるで世界そのものが、彼女から切り離されたようだった。

 音が消えたのではない。

 “現実”というものの接続が、ぷつりと途切れてしまったのだ。


 指先を動かそうとしても、動かない。

 重い瓦礫が、胸の上にのしかかっている。

 視界の端で、ゆらめく炎の中に、人影が見えた。


 ――笑っている。


 その男の顔を、里香は知らなかった。

 けれど、その笑みに、何か取り返しのつかないものを感じた。

 あれは確かに、“誰かを救った顔”だった。

 そして、誰かを殺した顔でもあった。


「……どうして……私が……」


 声にならない声が、唇から漏れる。

 熱に焼かれた空気の中で、言葉は形を持たず、溶けていく。

 風もないのに、涙が頬を伝った。

 だが、その一筋の雫は、地面に落ちる前に――蒸発した。


 すべては灰になっていく。

 希望も、未来も、夢も。

 「ただ生きたかった」という願いさえ、炎の中に消えていった。


 そして、彼女の意識が闇に沈む瞬間。

 最後に見たのは、ゆっくりと舞い落ちる灰――いや、雪のような白い欠片だった。

 それがまるで、誰かの残した祈りのように、そっと彼女の頬に触れた。


 その瞬間、赤沢里香という少女は、

 “この世界の理不尽”を心に刻みつけた。



――炎の街の中で、二つの命が同時に終わりを迎えていた。


 ひとりは、救済を信じて死を選んだ男。

 もうひとりは、理不尽に巻き込まれ、死を与えられた少女。


 それぞれの胸の中で、最後の想いが静かに交差する。


博 ― 救いの完成


 崩れ落ちる身体の中で、金沢博は微笑んでいた。

 焼け焦げた手を胸に当て、ただひとつの信念だけを抱きしめる。


「人は愚かだ。だから、救われねばならない。」


 それは、彼が最後まで信じた祈り。

 彼にとって“破壊”は“救済”の形であり、

 世界を焼く炎こそが、穢れを洗い流す“光”だった。


 彼の瞳には、もう何も映っていない。

 それでもその表情には、確かな満足が宿っていた。

 静かに息を吐き、空を見上げる。

 そこには、白く降る灰――まるで天の赦しの雪。


里香 ― 奪われた明日


 一方で、赤沢里香は、沈みゆく意識の中で呟いた。

 胸の奥に、まだ消えきらない温もりがあった。

 それは「生きたい」という、あまりにも人間的な衝動だった。


「人は……生きてたかった。ただ、それだけなのに……」


 目を閉じても、まぶたの裏に光が焼きついて離れない。

 あの光――爆炎――が、世界をすべて奪った。

 友の笑顔も、未来も、夢も。

 なぜ、自分が。

 その問いだけが、永遠に答えを得ぬまま、空へと浮かんでいく。

 ――光と闇が交わる。


 博の祈りと、里香の叫びが、見えない場所で重なった。

 その声は、言葉ではなく“想い”の波として、静かに空へ昇っていく。


 音のない世界に、ただ一つ、

 白い雪が降り続けていた。


 雪は灰と混ざり、燃え残る街の上に淡く積もる。

 まるで、誰かの祈りが冷たく形を変えたかのように。


 ――その夜、世界は「救い」と「奪われ」を同時に受け入れた。


 そして、ふたつの魂は、静かに光の彼方へと吸い込まれていく。


 ――炎の中で、雪が降っていた。


 赤く燃える街の上空を、白い欠片が静かに舞い落ちていく。

 それは灰なのか、雪なのか、もう誰にも分からなかった。

 ただ確かなのは、

 この夜、世界は“燃える白”と“溶けない灰”に包まれていたということ。


 焦げたアスファルトに、雪が積もる。

 炎の舌がそれを舐め、溶かそうとする。

 だが雪は、まるで拒むように、音もなく溶けずに残った。


 遠くで、崩れ落ちたビルの影が揺れる。

 光と影が混ざり合い、街全体がまるで一枚の絵画のように静止する。

 生と死の境界が曖昧になり、

 世界そのものが、呼吸を止めていく。


 やがて、空から降る光が強くなる。

 その光は、炎をも包み、瓦礫をも呑み込み、

 すべての輪郭を優しく溶かしていく。


 音はない。

 風も、悲鳴も、祈りも――。

 ただ、雪と炎が、静かに踊る。


 カメラはゆっくりと上昇し、

 地上の混沌を見下ろすように、夜空へと抜けていく。


 白と赤が遠ざかり、世界はやがてひとつの光に溶ける。


 そして――完全な無音。


 画面が暗転する。

 残るのは、闇の底で響く、かすかな光の鼓動。


 それが次に目を開くとき、

 もう一度、世界は始まるだろう。




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