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『転生ヒロインは爆破犯、悪役令嬢は被害者だった』 —二度も殺されてなるものか—  作者: 南蛇井


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交錯する感情

爆ぜるような光が消えてから、まだそれほど時間は経っていない。

 だが部屋の空気はなお、焼けた金属のような熱と圧を帯びていた。


 白い石壁に残る微細な光の粒子が、ゆっくりと沈殿する。

 空気の中に漂うそれらは、まるで“何かの呼吸”の残滓のように明滅していた。

 窓の外では夕刻の光が差し込んでいる――けれど、その金色はどこか濁って見える。

 まるで太陽そのものが、今だけは別の色をしているかのように。


 リカは床に膝をついたまま、震える息を押し殺していた。

 胸の奥が焼けるように痛い。だが、その痛みが現実のものなのか、光の名残なのかさえ分からない。

 掌の中にはまだ、あの“脈動”の感触が残っている。


 向かいでは、ミリアがゆっくりと立ち上がっていた。

 白衣の裾が微かに揺れ、その影が金色の床に伸びる。

 彼女の瞳は静かに見えて、その奥で何かが震えている。

 リカを見つめるその視線――それだけが、この沈黙の中で唯一、確かな動きを持っていた。


 音が、ない。

 風も止まり、壁にかけられた聖具の鎖が一度も触れ合わない。

 聞こえるのは、ふたりの呼吸と、衣擦れのかすかな摩擦音だけ。


 世界そのものが、息を潜めていた。

 まるで神でさえ、この場面を観測するのをためらっているように。


 リカは胸元を両手で押さえた。

 心臓が暴れるように打ち、掌の下でその鼓動が跳ねる。

 けれど、それは生きている証というより――何か異質なものが内側から叩いているような感覚だった。


 視界の端では、まだ“黒炎”の残光が揺らめいている。

 それはもう実体を持たぬはずの幻だ。けれど、瞼を閉じても消えない。

 光の尾が残像のように焼きつき、世界を焦がしていた。


 ――見た。確かに、見た。

 あの光。あの炎。

 神の奇跡なんかじゃない。

 あれは“救い”ではなく、“裁き”の形をしていた。


 リカは反射的に、ミリアから半歩だけ下がった。

 恐れではない。ただ、本能が距離を測ろうとしていた。

 それでも視線は離せなかった。彼女の周囲に漂う光の残滓が、まるで自分の魂に触れているようで。


 ――なぜ、怖いのに……涙が出そうになるんだろう。


 胸の奥で、忘れていた何かが、微かに軋んだ。

 恐怖と同時に、懐かしさのような痛みが走る。

 それは、今この瞬間のものではない――もっと昔、燃える夜の記憶の底から蘇る感情。


 リカは唇を噛み、言葉を呑み込んだ。

 ただ、目の前の聖女から逃げられなかった。

 光の中に焼かれたはずの“誰か”の姿が、重なって見えてしまうから。

ミリアはただ、リカを見つめていた。

 言葉を探すように、けれどどんな言葉も見つからない。

 その少女の瞳に映る光を見た瞬間、胸の奥で――小さな痛みが走った。


 それは恐怖ではない。

 懐かしさに似た、けれどどこか赦されぬものに触れたような痛み。

 過去のどこかで、一度だけこの心臓を焼いた炎の残り香。


 ――この痛み、知っている。

 ずっと前に、同じ場所で。

 同じように胸の奥を焦がされて、立ち尽くした気がする。


 ミリアは胸に手を当てた。

 鼓動が速くなり、指先がわずかに震える。

 その震えの中で、記憶の欠片が蘇る――

 燃える夜。涙で濡れた頬。誰かを抱きしめた温度。


 けれど、その「誰か」の顔が、どうしても思い出せない。

 名前のない記憶が、光の下でうずく。


 ミリアは一歩だけ近づいた。

 声にならない声で、息のように言葉が漏れる。


 「……あなた、誰なの……本当に。」


 その呟きは祈りにも似ていた。

 呼び戻してはいけないものを呼んでしまうような――静かな罪の響きを帯びて。



空気が、震えた。

 何の前触れもなく、部屋の空間そのものが呼吸を始めたように――静かに、深く。

 漂っていた光の粒子がふわりと舞い上がり、二人の間を流れ出す。


 それはまるで、見えない磁力に導かれるようだった。

 金と青の粒がひとつ、またひとつと軌跡を描き、やがて細い線となって――リカとミリアの胸の中心を結ぶ。


 > SFX:低い共鳴音「ヴォォォン……」


 空間が共鳴する。

 光が心臓の鼓動と同じリズムで明滅し、まるで二つの魂が同じ拍動を刻んでいるように見えた。


 リカは顔を上げた。

 その瞳の奥で、微かな恐怖と、抗えぬ確信が交錯する。

 ミリアもまた、逃げることを忘れたように視線を返す。


 ――瞬間、世界が止まった。


 光が膨張し、二人の瞳に“同じ紋章”が浮かび上がる。

 それは転輪の一部のようであり、かつて分かたれた記号の断片でもあった。

 金と黒の線が交わり、中心で静かに回転する。


 音が消え、ただ光の脈動だけが空気を震わせる。

 まるで、二人の魂が同じ息を吸い込み――同じ記憶を思い出そうとしているかのように。


世界が息を止めた。

 空間の音が、温度が、すべてがひとつの瞬間に封じられたようだった。

 ただ光の残滓だけが、二人の間にゆらめき、淡く震えている。


 リカは息を吸い込んだ。

 喉が焼けるように熱いのに、声は出ない。

 それでも、唇が勝手に動く。


 ミリアもまた、何かを思い出すように口を開いた。

 その瞳の奥に、かつての炎の残光がちらりと揺れる。


 そして――ふたりの囁きが、重なった。


 > リカ・ミリア(重なるように):「……また、会えた。」


 その言葉が、光の中に溶けていく。

 まるで世界の記録に刻まれるように、静かに、確かに。


 瞬間、光が一度だけ爆ぜた。

 眩い閃光が二人の間を貫き、そしてすぐに消える。


 時間が動き出す。

 風が戻り、空気が流れ、部屋はいつもの静寂に戻っていた。


 けれど――その瞬間を境に、もう何も、元通りではなかった。


 静寂の中――低い音が、空間の奥底から響き始めた。


 ゴォォ……と、地の底で回転するような重い共鳴。

 それは耳ではなく、骨の奥に直接届く音だった。


 天井の文様が淡く光り、幾何学の線がゆっくりと回転を始める。

 それは“転輪”――神の意志を象る輪。

 まるで、見えざる存在がまだこの瞬間を「観測している」ように。


 > 神の声(微かに、電子的な残響):「……観測、継続中――再接続、安定。」


 リカは小さく息を呑んだ。

 その声が現実なのか、心の中の幻聴なのか、判別できない。


 対するミリアも、表情を失ったまま立ち尽くす。

 白い光の粒がまだ二人の間に漂い、消えずに残っていた。


 やがて――彼女たちは、ゆっくりと互いの視線を重ねた。

 その瞳の奥に、同じ光が、同じ恐れが宿っている。


 言葉は要らなかった。

 “何かが始まってしまった”――その確信だけが、二人の間に静かに降りた。


 外では夕暮れの鐘が鳴る。

 だが、この部屋の中では、別の音が鳴り続けていた。

 ――転輪の回転音。

 神がなおも、この再会を“観測し続けている”証のように。




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