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『転生ヒロインは爆破犯、悪役令嬢は被害者だった』 —二度も殺されてなるものか—  作者: 南蛇井


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18/32

邂逅 ― 魂の再接続

チャット の発言:


 儀式の喧騒が遠ざかり、夕刻の光が教会の外壁を淡く染めていた。

 王立教会の最奥――選定の間から延びる長い白の廊下は、まるで神の肺の中を歩くような静寂に包まれている。


 リカの足音が、規則正しく響いては吸い込まれていった。

 足元の石は磨き抜かれた白大理石。天井を見上げれば、金糸のような光の筋が緩やかに波を描き、転輪の模様を浮かび上がらせている。


 侍女が先を歩く。だがその姿すら、次第に音を失っていく。

 空気が――硬い。

 何かに観察されている。

 神殿全体が呼吸を止め、ただ彼女の歩みだけを待っているような感覚。


 やがて、廊下の終わりに白銀の扉が現れた。

 装飾のない滑らかな扉。その表面には、淡く転輪の紋が浮かんでいる。

 侍女は振り返り、一礼すると言葉もなく退いた。


 リカが一人、扉の前に立つ。


 その瞬間――。


 低い振動が空気を震わせた。

 SFX:「ヴォン……」


 肌を刺すような冷気。だが同時に、足元の光が微かに温もりを帯びる。

 扉が音もなく開いた。


 内側には、一人の女性が立っていた。

 純白の衣をまとい、長い髪が光を受けて金色に輝く。

 その姿は神像のようでありながら、呼吸する“人間”の気配を確かに纏っていた。


 リカは息を呑む。


「……あなたが、“聖女ミリア”様……?」


 問いかけは、思わず漏れたものだった。

 ミリアは静かに頷く。


「はい。あなたが……次代の――」


 言葉が途中で止まる。

 ミリアの瞳が、リカを見た瞬間、わずかに震えた。

 揺らぐ光の中で、その金色の瞳が一瞬だけ“何か”を映し出したように見えた。


 沈黙が落ちる。

 空気の層が一枚、剥がれ落ちるような音のない圧力。


 神殿の奥で、何かが目を覚ます気配がした。


――視線が、重なった。


 ほんの一瞬のことだった。

 だがその瞬間、世界が軋んだように揺れる。


 空気が波打ち、光が弾ける。

 白亜の壁面に散った反射が乱れ、まるで時の流れそのものが途切れたかのように、音が消える。


 リカの胸の奥で、何かが“応えた”。

 それは鼓動ではない。

 もっと深く、魂の底を叩くような震え。


(……息が、詰まる。あの瞳――前にも、どこかで……)


 ミリアの方も、わずかに眉を寄せた。

 凛とした彼女の表情が、その一瞬だけ、人間的な揺らぎを見せる。


 静寂の中で、心臓の鼓動が重なる。

 どちらの音か判別できないほど、リズムが似ていた。


 ミリアの耳の奥に、微かな“ノイズ”が走る。

 金属を擦るような、機械的な残響――

 まるで誰かが頭の内側で、記録を再生しているような異音。


(この感覚……知っている。

 でも、あり得ない。彼女とは――初めてのはず……)


 光の中、二人の間に立ち上がる透明な揺らぎ。

 まるで世界が、彼女たちを中心に再構成されるかのように。


 ――そして、微かな焦げた匂いが、空気の奥に滲んだ。


リカの瞳が、光を孕んだ。

 虹彩の奥――そこに、金と黒の紋が重なり合うように浮かび上がる。

 螺旋を描きながら収束していくその模様は、まるで世界の“層”を剥ぎ取る鍵のようだった。


 視界が歪む。

 白い部屋が波紋のように揺らぎ、空気の境界がねじれる。

 そして――ミリアの姿が“別の形”に変わった。


 その身体の周囲を、青白い光が取り巻いている。

 しかし、清らかに見える光の内側で、黒い炎が静かに揺れていた。

 それは聖女の象徴でも、神の恩寵でもない。

 何かを焼き、滅し、形を保つために燃え続ける――そんな“矛盾の炎”。


 リカは息を呑む。


(……やっぱり、この光。

 あの夜、世界を焼いた“炎”と同じ――)


 ミリアの胸の奥、魂の中心で黒炎が脈打つ。

 その奥に、影があった。

 形を持たず、だが確かにこちらを見つめ返してくる“何か”。


 その瞬間、ミリアの体がわずかに震えた。

 胸の奥に、鋭い痛み――まるで魂そのものを針で突かれたような感覚。

 彼女は反射的に顔をそむけようとする。だが遅い。


 リカの視線は、もう“繋がって”いた。

 魂と魂が、無音の回路を介して結ばれ、互いを覗き込む。


 鼓動音(低く、重く)「ドン……ドン……」


 空気が濃くなり、光の粒子が震える。

 世界が息をひそめ、ただ二つの鼓動だけが、同じ間隔で打ち続けていた。



 ミリアの瞳の奥――そこにもまた、黒い核があった。

 それは静かに、しかし確実に脈動している。

 彼女の胸の奥から、目に見えぬ光の糸が伸び、リカの瞳と結ばれた。


 ふたりの間に流れ込む、奇妙な熱。

 空間がきしむように歪み、周囲の空気が波打つ。

 その境界が、音もなく崩れ――次の瞬間、世界が“重なった”。


 視界が反転する。

 色彩が消え、断片的な映像が頭の中に流れ込む。


 ――燃える都市。

 ――崩れ落ちる塔。

 ――灰の空を裂く炎の柱。


 そこに、誰かがいた。

 誰かが、誰かを抱えて走っている。

 そして、叫び声が響く。


「ミリア……逃げて!」


 その声が、確かにリカの耳に届いた。

 現実の音ではない。

 けれど、痛いほど鮮明だった。


リカ:「……今、誰が……?」

ミリア(息を詰めながら):「その声……まさか……」


 ふたりの瞳が、もう一度交わる。

 その瞬間、世界の境界が大きく揺れた。

 壁がたわみ、光が軋み、空気が裂ける。


 遠く――誰の耳にも届かぬ場所で、無機質な声が響く。


神の声:「接続、再開。観測リンク……安定化。」


 見えぬ歯車が、静かに回り始めた。

 その中心で、ふたりの魂が――再び、同じ軌道へと戻っていく。


空間の奥で、機械のように歪んだ声が響いた。


神の声:「対象AおよびB……観測再開。

干渉率、臨界値を突破。再接続――完了。」


 その言葉の瞬間、光が爆ぜた。

 白い閃光が空間を満たし、視界を焼き尽くす。

 音が消える。風も、鼓動も、すべてが凍りついたように止まる。


 ミリアは反射的に膝をつき、胸を押さえた。

 その隣で、リカも同じように崩れ落ちる。

 ふたりの影が床に溶け、区別がつかなくなっていく。


 白光の中――“神殿”の輪郭さえ消えていた。

 ただ、互いの存在だけが、かろうじてそこに残っている。


ミリア(心の声):「これが……“神”の意志?」

リカ(心の声):「違う……これは、“誰か”が私たちを繋いでる。」


 リカの胸の奥で、金と黒の紋が強く輝いた。

 ミリアの瞳もまた、その光に呼応するように震える。

 世界の法則が、一瞬だけ“書き換えられる”感覚。


 やがて光は静かに収束し、再び音が戻ってきた。

 鐘のような残響が空気を震わせる。

 だが、もう誰にも――

 いま、何が起きたのかを説明することはできなかった。


眩い光が次第に薄れ、世界が輪郭を取り戻していった。

 白い壁、金の装飾、静まり返った空気。

 まるで何も起こらなかったかのように、部屋は元の姿に戻っていた。


 だが――その静けさの中で、確かに何かが“変わって”いた。


 ミリアは震える指先で胸元を押さえる。

 そこに、まだ微かな熱が残っている。

 見上げた先で、リカが息を整えながら立っていた。

 その瞳の奥には、まだ金と黒の光が淡く揺れている。


ミリア(掠れた声で):「あなたは……何を、見たの……?」


 リカは小さく首を振り、静かに答えた。


リカ:「“光”の中に、燃えているあなたを。」


 その言葉に、ミリアの呼吸が止まる。

 胸の奥で、何かが痛むように脈打つ。

 リカの瞳には恐怖よりも――確信のような静けさがあった。


 二人の間を、沈黙が満たす。

 言葉より深く、静かで、どこか懐かしい沈黙。


 やがて、遠くで転輪の機構が動き出す音がした。


 低く、機械的な回転音――「コォォォ……」


 その音はまるで“神の呼吸”のように響き、

 聖域の空気をゆっくりと震わせる。


 ふたりの魂を繋ぐ“回路”が、確かに再び動き出していた。

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