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『転生ヒロインは爆破犯、悪役令嬢は被害者だった』 —二度も殺されてなるものか—  作者: 南蛇井


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17/32

上層の観察者 ― ミリアの動揺

上層回廊は、白と金だけで構成された静謐な世界だった。

選定の間を見下ろすその場所は、聖域の中のさらに奥。

“前聖女”だけが立ち入ることを許された、純粋なる観測の座。


足音ひとつ響けば、空気が震えるほどに静まり返っている。

床一面に刻まれた転輪の文様が、淡い金光を脈打たせ、

それがまるで呼吸のように、空間の律動を作り出していた。


ミリアは欄干の前に立ち、白衣の袖を静かに重ね合わせる。

下方――選定の間の中央に集う候補者たちを見下ろすその瞳は、

穏やかに見えて、どこか揺らぎを孕んでいた。


ミリア(心の声):「……また“光”が誰かを選ぶ。

 けれど――なぜだろう、この胸のざわめきは。」


光はまだ穏やかだった。

しかし、回廊の天井を伝う反射が次第に強まり、

白い輝きが彼女の頬を撫でるように差し込んでくる。


それは祝福の光のはずなのに、

ミリアにはまるで“審判”の視線のように感じられた。


肌を這う光は温かい。だが、その温もりの裏には冷たい圧力がある。

まるで誰かが彼女自身をも、試し、測り、観察しているかのように――。


ミリアは無意識に胸の前で手を組み、息を吸った。

けれど、肺の奥にまで届いたその空気は、氷のように冷たかった。


ミリア(心の声):「……あの“光”は、何を見ているの?」


儀式の詠唱が下層から響く。

重なり合う声が空間を満たし、回廊全体が微かに震えた。


その震動が、まるで彼女の心臓の鼓動と同期するように。

ミリアは静かに瞼を伏せ――その奥で、

何か“懐かしい痛み”が目を覚まそうとしていた。

「――神は告げられた。“聖女の器”は、レミリア家の令嬢――リカ・レミリア。」


その声が選定の間に響いた瞬間、

上層の空気が、ひときわ強く震えた。


ミリアの肩が、わずかにぴくりと跳ねる。

光に包まれた回廊の空気が凍りついたように止まり、

聖なる静寂が、まるで“呼吸を忘れた”かのように張り詰める。


彼女は、ゆっくりと顔を上げた。

その瞳に映る光景は純白のはずだった。

けれど――胸の奥に走ったのは、得体の知れない熱。


ミリア(心の声):「リカ……? その名を……私は、知っている。」


唇がわずかに震える。

思考よりも先に、記憶の奥がざわめいた。

聞き覚えがある。いや、もっと深い。

魂そのものに刻まれた“既視感”のような痛み。


その瞬間、ミリアの瞳の奥に――

黒い炎の残滓が、ほんの一瞬だけ、揺らめいた。


見開かれた視界の端で、

時間が歪む。


白い回廊が、赤く焦げた瓦礫に変わる。

祈りの声が、悲鳴に。

清らかな鐘の音が、爆炎の轟きに。


――崩れ落ちる都市。

――空を焦がす光。

――伸ばした誰かの手。


「ミリア、逃げて!」


誰かの声が響いた。

けれどその顔は、炎の中に溶けて見えない。


ミリアは息を呑んで、瞬きをする。

視界が元に戻る――回廊は再び白く、静かで、神聖だった。


だが、その胸の内ではなお、焦げるような痛みが残っている。


ミリア(心の声):「……今のは、記憶? それとも……“警告”?」


光はまだ彼女の頬を撫でていた。

だがその温もりは、もはや安らぎではない。

“選ばれた名”と共に、何かが確かに再び動き出していた。

ミリアは無意識のうちに、欄干を握りしめていた。

白い手袋の下で指先の血の気が失せ、冷たい金属の感触が掌に沈み込む。


下方では、選定の間が再び光に包まれている。

リカの立つ位置を中心に、光が渦を巻き――やがて一本の柱となって天井へ突き抜けた。

その輝きは聖なる祝福のようでありながら、どこか“異質”な圧を孕んでいた。


ミリアの呼吸が、かすかに詰まる。

その瞬間――耳の奥で、

人の声ではない“何か”がささやいた。


神の声(電子的・断片的):「干渉、継続……対象A、再接続を確認。」


音ではなかった。

それは、脳の奥に直接響く“信号”だった。

冷たく、機械的で、にもかかわらず――どこか懐かしい。


ミリアの表情が凍りつく。

まるで心臓が一瞬止まったように、全身が硬直する。


ミリア(心の声):「……いまの声、誰……? “干渉”? “再接続”……?」


言葉の意味は理解できない。

けれど、その響きに宿る感触だけは知っていた。

何かが、自分と――“あの少女”を繋ごうとしている。


冷たい痛みが、胸の奥を走る。

それは、記憶の残滓ではなく、

もっと深い場所――“魂の層”からの反応のように思えた。


ミリアはそっと視線を落とす。

下の光の中心で、リカがただ一人、白い輝きに包まれている。

その姿があまりにも脆く、美しく、そして――危うい。


ミリア(心の声):「“再接続”……まるで、私と――」


そこまで思った瞬間、光が爆ぜた。

白い輝きが彼女の頬を照らし、

その一瞬、ミリアの瞳に“黒い炎”が再び揺らいだ。

光の嵐がようやく静まり、

聖域の空間に再び静寂が戻る――はずだった。


だが、ミリアの瞳だけはまだ“黒の揺らめき”を残していた。

光を映すその虹彩の奥で、影が微かに蠢き、燃え残る煤のように滲む。


胸の奥が、脈を打つたびに痛んだ。

息が乱れ、肩がかすかに震える。

白衣の下で、心臓が暴れ出すように鳴っている。


ミリア(心の声):「……胸が、痛い。

この痛み、私は――知っている……。

あの子……リカ。

なぜ、私の中で、その名前が燃えるの……?」


額に汗が滲む。だが、周囲の誰も気づかない。

上層の聖域はあまりにも静かで、彼女の震えさえ飲み込んでしまう。


無意識のうちに、ミリアの視線は下方へ――リカへと吸い寄せられていた。

光がまだ残る祭壇の中央、リカは膝をつき、ぼんやりと天を見上げている。

その顔を見た瞬間、

ミリアの心臓がひときわ強く跳ねた。


SFX:鼓動音(低く、鈍い音)――「ドンッ……」


空気が震えた。

一瞬、周囲の光が歪み、

回廊の空間そのものが波打つように揺らめいた。


リカが顔を上げる。

その瞳――淡い金の虹彩が、正確にミリアの方を見据えた。


二人の視線が交わる。

そこに意図はない。けれど、抗えない“必然”があった。


見た瞬間、ミリアの視界に微かな光の残像が走る。

光ではない――魂の層が擦れ合うような、冷たい閃き。


ミリア(心の声):「……いま、何が――?」


誰にも見えぬまま、

二人の間で“魂視の干渉”が、静かに、確かに発生していた。



祈りの声が、再び静かに選定の間へ満ちていった。

神官たちが頭を垂れ、祝詞を唱える。

荘厳な旋律が空気を満たす中で、ミリアはただ、静かに目を伏せた。


白衣の裾が揺れる。

儀式を見守る者としての威厳――

だが、その頬には、消しきれぬ蒼白が残っていた。


心臓は、まだ微かに痛む。

冷たい指先が、欄干をそっと掴む。

その指の震えだけが、彼女の動揺を物語っていた。


ミリア(心の声):「……この選定。

神は――何を、繋ごうとしているの……?」


回廊の光がゆっくりと薄れていく。

代わりに、見えないはずの“影”が床を這い始めた。

それは煙のように形を変え、転輪の文様を一瞬だけ歪ませる。


聖なる空間に、不吉な脈動が一度だけ走る。


遠くで、鐘の音が鳴り止んだ。

その最後の余韻が、まるで“心拍”のように、静かに消えていく。


ミリアは息を吸い、目を閉じた。

その指先から、かすかな光の粒が零れ落ちる。


淡く揺れながら、粒子は空中で消えていった。

まるで――誰かの記憶の欠片が、形を保てず散っていくように。


静寂。


回廊は、元の完璧な静謐を取り戻す。

けれど、ミリアの胸の奥では、

まだ“何か”がざわめき続けていた。







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