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『転生ヒロインは爆破犯、悪役令嬢は被害者だった』 —二度も殺されてなるものか—  作者: 南蛇井


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崇拝と違和感 ― 二つの視点

鐘の余韻がまだ空に残っていた。

光が収まり、広場は静まり返る。だがその静寂は、わずか数秒しか続かなかった。


やがて誰かが叫び、群衆の歓声が爆ぜる。


「見よ、立てるようになった!」

「奇跡だ! 神は我らを見捨てていなかった!」


聖女ミリアの足元――祈りの光を浴びた病人たちが、次々と立ち上がっていた。

片足を失った男が歩き、老いた女が震える手で涙を拭う。

人々はその光景に熱狂し、崇拝の言葉を口々に叫ぶ。


香の煙が、白く厚く、空へと立ち上る。

神官が金の皿を掲げると、そこに注がれた聖水が湯気を立てた。

それを見ても、誰も異を唱えない。

その“熱”すら、神の御手が触れた証だと信じている。


「この身の痛みすら、聖女様の清めだ……!」

膝をついた老人が、苦悶の表情のまま恍惚と呟く。

周囲の信徒たちは涙を流しながらその背に手を置き、共に祈りの言葉を重ねた。


その上空、聖堂の高きバルコニー。

王家の使者が厳かな面持ちで儀式の成り行きを見つめていた。

黄金の装飾が朝日に光り、まるで王国そのものが神の加護を受けているかのように輝いている。


彼は静かに頷いた。

この奇跡は――国の威信そのもの。

聖女ミリアの存在は、もはや信仰を超え、政治の象徴であり、支配の秩序だった。


歓声は絶えない。祈りの声が波となって広場を覆い、

空にはいまだ微かな光の粒が漂っていた。

そのすべてが、“崇拝”という名の熱狂に溶けてゆく。



リカは、立っていた。

周囲の誰もが涙を流し、膝をつき、祈りの言葉を捧げている中で――

彼女だけが、立ち尽くしていた。


肌をなぞる空気が熱い。

それは祝福の温もりではなく、確かな“灼熱”だった。

花弁が舞いながら、空中でぱちりと焦げ落ちる。

祭壇の聖水は泡を立て、銀皿の縁で小さく煙を上げた。


「……おかしい。」

リカは息を詰め、唇を噛んだ。

「この“光”、冷たくない。」


群衆の歓声が遠のいていく。

まるで誰かが世界の音を少しずつ削り取っていくように――

祈りの声はノイズとなり、鐘の響きさえ歪む。


リカの視界の中心、

光に包まれたミリアの輪郭が揺らめいた。

白光の中で、まるで炎のように空気が焦げる。

その周囲に、淡い“黒の炎”が立ち上っているのが見えた。


――それは光ではなかった。

焼いている。

何かを、確かに焼いていた。


リカの心臓が跳ねる。視界の端がひび割れたように滲む。

ミリアの体を包む光の輪郭が、青と黒の混じる層として浮かび上がった。

それは――魂の形。


そして、その中心に、

一瞬だけ、“博”の面影が重なった。


「……この光、知ってる。」

喉が震える。息が熱い。

「あの夜、私を焼いた……爆炎と、同じ匂い。」


恐怖よりも、確信が先に胸を貫いた。

視界が焼け、光が分解されていく。

世界が透けて、魂と魂が重なり合う層が見える。

ミリアの祈りが、空間そのものを歪め、

何かを焼きながら、この形を保っている。


「――やめて。」

声にならない声が喉を震わせる。

けれど、光は止まらない。


その瞬間、リカの瞳が金色に染まり、

中心に“黒の紋”がゆらりと浮かび上がった。

光と闇が干渉し合い、瞳の奥で渦を巻く。


リカは息を呑んだ。

恐怖と、そして――理解。


「見えてしまった……」

声が震える。

「あれは“奇跡”なんかじゃない。――断罪の光。」

群衆の歓声が、熱の波となって押し寄せていた。

歓喜と涙、祈りと賛美――そのすべてが、まるで一つの巨大な心臓の鼓動のように広場を震わせている。


リカはその渦の中で、ただ一人、息を荒げながら立っていた。

胸の奥が焼ける。

肺の中に吸い込む空気さえ、焦げた匂いがした。


「……これは、違う。」

誰にともなくつぶやいた声は、歓声にかき消される。


そのとき――

光が天を裂くように広がり、カメラが引く。

聖堂の階段の上、神に選ばれた“聖女ミリア”が祈りの姿で立つ。

その下、白い石畳の海にひざまずく群衆。

そしてただ一人、彼らと反対の流れに立つリカ。


光と影。

信仰と違和。

崇拝の熱と、恐怖の冷たさ。

二つの世界が、同じ画面の中で交錯していた。


空が、かすかに歪む。

まるで見えない巨大な“歯車”が、ゆっくりと回転を始めたかのように――

光の粒子の奥で、“転輪”の幻影が一瞬だけ姿を現す。


風が吹き、焦げた灰と花弁が空を舞う。

歓声が遠ざかる中、リカの瞳にだけ、その歪みがはっきりと映っていた。


「あの日から――世界の“真実”が、私の目に映るようになった。」


声は静かだった。

だがその瞬間、彼女の運命は、確かに動き始めていた。







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