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『転生ヒロインは爆破犯、悪役令嬢は被害者だった』 —二度も殺されてなるものか—  作者: 南蛇井


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「奇跡の儀式 ― 焦げた匂い」

 太陽が昇りきり、王都の空は白金に輝いていた。

 中央大聖堂の前、白い石畳が朝の光を受けて眩しく光り、無数の人々がひざまずいている。

 祈りの声と香の煙がゆるやかに混ざり合い、静謐と熱狂が同居する異様な空気が広場を包んでいた。


 群衆の視線は、ただひとりの少女に注がれている。

 ――聖女ミリア。


 彼女は白銀の法衣をまとい、祭壇の頂に立っていた。

 風がその裾を揺らし、光の粒子が髪に絡みつく。

 誰もが息を呑む中、ミリアが両手を胸の前で組む。

 その仕草ひとつが、まるで神の顕現のように見えた。


 群衆の中には、涙を浮かべながら祈る者もいた。

 老人が震える声で聖句を唱え、子どもたちが花を撒く。

 その花弁が風に舞い、陽光を浴びて一瞬だけ金色に染まる。


 ――だが。


 その祝福の光の奥で、わずかな“熱”が空気を震わせた。

 目には見えないはずの何かが、静かに燃えている。

 まるでこの聖なる儀式そのものが、光に焼かれているかのように。


 人々はそれを気づかぬまま、声を合わせて祈り続ける。


「聖女様を讃えよ! 神の御手を賜りし御子よ!」


 ミリアは穏やかに微笑んだ。

 その微笑には人間のあたたかさではなく、祈りを“遂行する者”としての静かな確信だけがあった。

 彼女の瞳に映るのは、民でも王でもない。――ただ、“使命”の光のみ。


 大聖堂の鐘が鳴り響き、光が一層強くなる。

 その瞬間、広場全体がひとつの呼吸をしたように震えた。

 祈りは熱へ、信仰は圧力へと変わり、

 王都の朝は、まるで“神の炎”に包まれたようだった。


 聖堂前の広場に、澄んだ声が響いた。

 金糸の法衣を纏った神官たちが列をなし、開かれた聖典を掲げる。

 聖句の朗唱が始まった瞬間、風が止んだ。

 鳥のさえずりも、街のざわめきも――すべてが息を潜める。


 世界が祈りに耳を傾けるように、静寂が降りた。


 やがて、白い衣の少女が一歩を踏み出す。

 聖女ミリア。

 その足が祭壇の中央に届くたび、光が床を滑り、彼女を追いかける。

 まるで光そのものが、彼女に仕えるかのようだった。


神官(朗々と):「神の御子ミリア、その御手にて穢れを祓い、癒しをもたらさん――」


 朗唱の声が高まり、空気がわずかに震えた。

 ミリアは静かに両手を胸に組み、瞼を閉じる。

 その瞬間、掌から柔らかな光が滲み出し、空中に溶けていく。

 光の粒がゆるやかに広がり、病者たちの上に降り注いだ。


 ひとりの老人が息を呑み、

 次の瞬間、長く閉ざされていた瞳を開く。

 少女が杖を手放し、震える脚で立ち上がる。

 ざわめきが起こり、やがてそれは歓喜の波となって広場を包み込んだ。


群衆:「聖女様が癒された! 神の御手だ!」

「万歳! 光の奇跡だ!」


 神官のひとりが金の皿に満たされた聖水を掲げる。

 その表面に淡い光が走り、水面が揺らめく。

 香の煙が風にたなびき、光の粒子が舞い踊る。


 それは祝福の雨――

 いや、世界がひとつの祈りに溶け合う、完璧な奇跡の光景だった。


 けれど、その光の奥に、まだ誰も知らぬ“異音”が潜んでいることを、

 この時の誰も、気づいてはいなかった。


 光は、静かに広場を満たしていった。

 ミリアの掌から溢れたそれは、まるで呼吸をするように脈動しながら、祭壇の上を滑るように広がる。

 人々の頬に淡く触れ、涙の跡を照らし、やがて病人たちの身体へと降り注いだ。


 痩せた男の肩が震え、長く閉ざされていた瞼がゆっくりと開く。

 見えなかったはずの光を、彼は確かに見た。

 息を詰めた群衆の中で、少女が杖を手放す。

 細い足が大地を踏みしめ、恐る恐る一歩を踏み出す。


群衆:「聖女様が癒された! 神の御手だ!」

「万歳! 光の奇跡だ!」


 歓声が爆発した。

 涙が、祈りが、感嘆が入り混じり、空気が震える。

 ミリアはただ静かに微笑み、目を閉じる。

 その表情は、慈悲に満ちた神像のように整っていた。


 神官が金の皿を掲げる。

 その中の聖水が淡い光を帯び、波紋を描いて揺らめく。

 香炉の煙が白い糸のように空へと昇り、光の粒と交じり合う。


 風がそっと吹き抜け、花弁と光が舞った。

 それは祝福の雨――

 見る者すべてが救いを信じる、完全なる“奇跡”の瞬間。


 だが、光が強すぎるほどに輝くとき、

 その影がどれほど濃く、熱を帯びているのか――

 まだ誰も、気づいていなかった。


歓声が天を裂くように響いていた。

 「聖女様だ」「奇跡だ」「救いだ」――その声の波に押されながら、リカは一歩も動けずにいた。


 目の前の光景は、確かに美しかった。

 光が舞い、花が散り、人々が笑い合う。

 誰もが幸福の涙を流し、世界そのものが祝福に包まれているように見える。


 けれど――。


 リカの瞳が、光の奥にほんの一瞬、黒い影を捉えた。

 それは、まるで光そのものの中に潜む“焦げ”のようだった。


リカ(心の声):「……焦げてる?」


 微かな焦げ臭が、風に紛れて鼻をかすめた。

 視線を落とすと、足元に撒かれた白い花弁が、ところどころ黒く焼け焦げている。

 聖水の満たされた銀皿が、静かに泡立ち始めていた。

 光に照らされたその表面が、まるで煮え立つように揺らめいている。


 リカの胸がきゅっと締めつけられた。

 これは“清め”なんかじゃない――。

 この光は、焼いている。何かを。誰かを。


 けれど周囲を見渡せば、誰一人としてその異変に気づいていなかった。

 群衆は目を閉じ、祈り、涙を流し、幸福に酔っている。

 その熱狂は、まるで熱病のようだった。


 リカは息を呑み、唇を噛む。

 光が美しければ美しいほど、その奥に潜む異様が際立っていく。

 祝福の鐘が鳴る――だが、その響きは、どこか歪んで聞こえた。

祝福の光が満ちる中――ミリアの世界だけが、音を失った。


 群衆の歓声も、鐘の余韻も、すべてが遠のいていく。

 代わりに、彼女の内側へと染み込むような声が響いた。

 それはあまりに穏やかで、同時に冷たい。

 人の声ではない。呼吸も鼓動もない、“機械の祈り”のような響き。


声:「――汝、穢れを焼き払え。光とは清め、断罪である。」


 その言葉が、彼女の思考の隙間に滑り込む。

 抵抗はなかった。むしろ、安堵が広がっていく。

 ああ、そうだ――清めなければならない。

 それが神の望みであり、自分の存在理由。


 ミリアの瞳が、ゆっくりと金から青白い光へと変わる。

 淡い光が瞼の奥を満たし、血管のひと筋ひと筋をなぞるように体内を巡る。

 皮膚の下を、光の線が走った。まるで神聖な紋章のように。


ミリア(心の声):「神は清めを望んでいる……。ならば、私はそれに応えるだけ。」


 唇が静かに動き、祈りの言葉が再び形を成す。

 彼女の掌から溢れる光は、先ほどよりも強く、冷たかった。

 それはもはや“癒し”ではなく、“選別”の光。


 広場を包む風が止み、空気が焦げた匂いを帯び始める。

 だが、ミリアの顔に浮かぶのは、穏やかな微笑だけだった。

 ――神の意志に従うこと。それが、彼女にとっての救いだった。

 光が、爆ぜた。


 ミリアが両手を掲げた瞬間、聖堂前の空気がひときわ白く灼けた。

 それはまるで、太陽の破片が地上に降りたかのような輝き。

 風が唸りを上げ、金色の布が翻る。

 群衆は歓喜に震え、口々に神の名を叫んだ。


「見よ、聖女様の奇跡だ!」

「神の御手が、我らを祝福している!」


 だが――ただ一人、リカだけがその光に怯えていた。

 その目に映るのは祝福ではない。

 光の中で、黒い影が燃えている。

 それは炎ではなく、光そのものが“焼いている”のだ。


リカ(心の声):「違う……これは“癒し”じゃない。焼いてる……!」


 彼女の頬を熱が打ちつける。

 まるで空気そのものが、ゆっくりと焦げていくかのように。

 祭壇の布がじり、と音を立てて焦げる。

 花弁が熱波に煽られ、黒く縮れて落ちた。


 香の甘い匂いが、焦げた肉の匂いへと変わっていく。

 それでも群衆は気づかない。

 むしろ陶酔したように両手を掲げ、熱の中で“祈り”続ける。

 その光景は、信仰と狂気の境界を越えていた。


 ミリアは静かにその中心に立っていた。

 目を閉じ、頬に熱を受けながらも、微笑を崩さない。

 その笑みは、もはや人間のものではなかった。


ミリア(囁くように):「神よ、我が身をもって清めを……」


 次の瞬間、彼女の背後で青白い閃光が走った。

 空が裂け、光の柱が天を貫く。

 群衆の歓声と悲鳴が交錯し、世界が白に飲まれる。


 ――“救い”という名の、灼熱の祈り。

 その日、王都の空は、初めて黒煙を孕んで揺らめいた。


光が収まった。

 まるで嵐の後のように、広場に静寂が戻る。


 人々は息を呑み、次いで歓喜の声を上げた。

 病人たちは立ち上がり、互いに抱き合い、涙を流す。

 群衆はひざまずき、聖女の名を讃え、祈りの言葉を重ねた。


「聖女様……! 真に神の御子だ!」

「救われた! 奇跡だ!」


 空には祝福の光の粒が舞い、朝日と混じってきらめいていた。

 まるで何事もなかったかのように――。


 だが、リカの目だけは違っていた。

 彼女の視線は、群衆の足元に残る“ひとつの異物”に吸い寄せられる。


 白い石畳の隅。

 焦げた花弁。

 黒く焼けた円形の痕跡。


 それは誰も見ていない。

 誰も気づかない。

 ただ、リカだけが、その匂いを嗅ぎ取っていた。


リカ(心の声):「……焦げてる……」


 鼻をくすぐる、鉄と灰の混じった匂い。

 指先が震える。

 その瞬間、胸の奥にかすかな“疼き”が走った。

 かつて炎に包まれた夜の記憶――光に焼かれた痛みが、再び目を覚ます。


リカ(心の声):「あの光……あの爆炎と同じだ……。」


 風が吹く。

 黒い灰がふわりと舞い上がり、祝福の光粒に紛れて空へと消えていく。

 群衆の歓声が遠くで響く中、リカはただひとり、その消えゆく“焦げ跡”を見つめていた。


 誰も気づかない。

 この奇跡が、救いではなく――“焼却”であることに。


 そしてその瞬間、彼女の瞳の奥で微かに光が揺らめいた。

 それは“魂視ソウルサイト”の目覚めの予兆。

 光と闇の境界に立つ者の、運命の幕がゆっくりと上がろうとしていた。






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