会合4
那月は仰天して壁を見上げた。
さっきまで、敵とばかりに睨みつけてきていた男がロウから自分を庇おうとしている、ように見える。
(今度は何!?)
昨夜、首を絞められたことは忘れていない。
このまま身を委ねていいものか分からない、昨日の続きが待っているかもしれない。
かといってこのままロウの元に戻るのも嫌だ。
さらには、虎やらを仕留めることもできる彼らを振り切って逃げきる自信もない。
「少し落ち着けよ、シャン。焦る気持ちも分かるけどなあ。」
場違いに暢気な声が固まった空気を打ち消した。
シャンを諌めるようなことを言いながら、口調はあくまで悠長だ。
声の主はまたしてもアル。
この男は、緊迫した空気をぶち壊すのがお得意な様だ。
何を言い出すつもりか、と那月が目を見張るのをちらと見て、アルは続けた。
「一目見た時から、シャンはこの娘に惚れ込んじゃったみたいで。」
仕方ないなあ、とでも言うように首を振りながらため息をつく。
「はあっ!?」
(何を言っているんだ、こいつは!)
体が自由でさえあれば、盛大に突っ込んでやりたい。
惚れるどころか、槍で刺されそうになったり、馬で蹴られそうになったりとひどい扱いだったのは那月が一番良く知っている。
「だが、シャン殿はこの娘を男と思っておられたようだが。」
疑わしげに眉を寄せてロウがこちらを見やる。
「世には男に絆を持つ者もいるとは聞いたことがあります。この男が他人にここまで執着するのも滅多にないことです。シャンの選んだ道なら、と俺も覚悟を決めかけました。結果的には女の子で良かったですけどね。」
あはは、とあくまでアルは軽いのりだ。冗談なのか真剣なのか良く分からない。
重々しい会合の雰囲気をものともしていない。
「おい、アル。」
ドスの聞いた声で真上から声がする。
「いいじゃない、間違ったことは言ってないよ。」
「シャン殿は一度我がルーグへ来た時、どんなに娘達に言い寄られても、一切興味を示さなかったと聞いているが。」
むっつりと表情を変えないシャンへの問いかけにも関わらず、またしても答えたのはアルだ。
「女嫌いのシャンがやっと見つけた娘なんですよ。ロウ殿程の男ぶりならば女など両手に余るはず。今回ばかりはシャンに譲ってやってもらえませんか?」
何やら話が完全におかしな方向に向かっている。
(こいつが私を気に入ったなんて話無理にもほどがある。)
だいたい、なんで突然那月をルーグに渡すまいとしているのかも分からない。
表情を探ろうと上を見上げても相変わらず視線はロウから離さず、肌がピリピリする緊張感を発している。
何を考えているのか全く分からない。
はあーっとため息を付いた黄土色の青年が両拳を敷物につけて軽く頭を下げた。
「ルーグの族長は話の分かる方だと聞いている。この朴念仁がこのように娘に執着するのも初めてのこと。ここは、譲っていただけないか。」
この男はこの男でさっき那月を餌に交渉を進めようとしていた割に変え身が早い。
自分を物々交換の品物か何かのように扱った、整った顔立ちの青年を那月はきっと睨みつけた。
(イケメンだと思ったけど、いけすかない奴!)
同時に真上からも、ちっ、と舌打ちがする。
この2人は仲間なんじゃなかったのか。
こんな場ですら、仲のいいふりもできないとは、呆れるしかない。
ロウは暫く黙っていたが、胡坐を組んだ足にひじを乗せ顎をついてくくっと笑った。
「シャン殿がそこまでその娘を気に入っているなら仕方がない。娘一人でシャイアンとの間に溝を作りたくはないからな。ここはひとつ貸しとさせて貰おう。」
さっぱりとした口調とは裏腹に最後にちらりと那月を見る目は、獲物を射るライオンの目だった。
思わずシャンのココア色の腕を掴むと、那月をどかすようにして前に出たシャンがロウの視線を受け止めた。
那月がぽかんとしていると、すぐにその腕を引いて、自分の定位置に戻り、自分の後ろに座らせた。
ロウから姿を隠すように自分の背に庇っているように見える。
(さっきと態度が違いすぎる・・・何を企んでるだろう。)
自力で逃げられず、あちらにも行きたくない那月は、広い背中を怖々眺めるしかない。
シャンが腰を下ろしたのを見計らって、隣の黄土色の男が背筋をただした。
「我らシャイアン、誇り高きオオジカの角にかけて約する。ルーグとシャイアンはイマカワナの森にて分かたれる。互いの許しなく境を侵さぬことをシャスタに誓約する。」
シャイアン側の3人が肘を曲げて両手を上に掲げた。
その声は良く通り、天に高く登るように響いた。
そして彼らは挑むような目を正面に向けて、沈黙した。
それを受けたロウは、3人それぞれに視線を走らせてゆったりと両手を掲げた。
両サイドにいる男たちもそれに倣う。
「我らルーグ、猛き虎の毛皮にかけて約する。シャイアンとルーグはイマカワナの森にて分かたれる。森の領域を許しなく侵さぬことをシャスタに誓約する。」
腹の底に響くような、どっしりとした声が宣言した。
---映画のワンシーンにいるみたい。
男たちは、恐ろしく真剣な顔で向かい合っている。
それぞれが独特な衣装と装飾品を纏い、どうやらここは異なる場所に住む者達の取り決めの場だ。
それをそれぞれの仲間達が背後から遠く離れて一列に並び、言葉も発さずに緊張の面持ちで見守っている。
そして、彼ら全てを取り囲む広大な森と、さえぎる物のない青い空。その遥か先には、巨大な山々が連なっている。
ここは一体どこなのだろう。
那月は改めて、呆然と周囲を見渡した。
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