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狼の詩  作者: 十夜
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出現4

---お尻が痛い。

那月の意思とは関係なく初めて乗った馬の背中はあまり居心地が良くなかった。

揺れる度にお尻が打ち付けられる上に、両手は縛られているので後ろの男が支えてくれるとはいえバランスがうまくとれない。

鬱蒼とした木が生い茂る森の中の道とも言えないような小道を進み、やっとテントのある広場に出た時、とりあえずこの苦痛からは逃れられると那月はほっとした。


馬から降りた男が脇の下に手を添えて降ろそうとする。

那月は馬に跨っているというのに、この男の顔は那月とほぼ同じ高さだ。

(背が高いな。そういう民族なのかな。)

男が穏やかな雰囲気なので改めてじっくり観察すると、なかなかのイケメンだった。

割と大きな目はくりっとして子供のようだが、それをこめかみから覆ように上下に施された鋭い鉤爪に似た3本ずつの黒い刺青とまっすぐ伸びた眉が油断禁物と告げていた。

薄い唇は面白そうにくいっと持ち上げられている。

「おれの顔に何かついてる?」

にやにやと見下ろしてくる男にはっとなって那月は目を逸らした。

(何をされるか分からないんだから、気を引き締めないと。)

「さ、シャンが待ちきれないみたいだよ。」

またもや面白そうな男が、那月の腕を引き示した先には、先に着いていたらしいあの凶暴な男がいた。

しかし、那月の視線はその背後に釘付けになった。

「なにここ。キャンプ場?チンピラ達の秘密基地?」

テントに見えたものは、地面に突き刺した長い丸太を何本か先っちょの方で組み合わせて円錐にし、そこに派手な模様の布をぐるりと巻き付けていて、那月が始めてみるものだ。

6、7個建てられたその合間を、ココア色の肌で奇天烈な格好をした若者たちが行き交っている。

ある者は馬にブラシをかけ、ある者は薪を正方形に組んで何やら作っており、またある者は大きな鍋を抱えて忙しそうだ。

チンピラ共のアジトに連れて行かれると思っていた那月は違和感を感じた。

酒やらタバコやらふかした不健康な輩が集まる危険な場所に連れて来られると思っていた。

---何かがおかしい。

いや既に十分おかしな状況だが、もっと根本的な何かがひっかかる。

合宿で山奥に来たとはいえ、テレビですらこんなテントや服装を見たことはない。

---まるで映画の撮影所みたい。


「アル、何をしてる!早く連れて来い!」

テントの一つに入りながら槍男が怒鳴る。


「へいへい。」

やれやれ、とでも言うように肩を竦めた傍らの男がやんわり那月の腕を引っ張る。

「ちょっと待って。あそこに連れて行って何する気?」

どっと足元から震えが襲ってきて那月は立ち尽くした。

「さっきから言ってるけど、あたしは何も知らないし、お金もなにも持ってない。」

声が震えそうになるが、それでは相手に舐められるだけだ。

なんとか堪えようとすると、声は固くなった。

それを眺めて眉を下げたアルと呼ばれた男は声を低くして囁いた。

「あんたが何者で、あそこで何をしてたか知らないが、今は正直に言った方があんた自身のためだ。」

脅しにも聞こえるその言葉は、静かで諭すような響きをしていた。

「時期が悪かった。あいつが暴走したらおれでも止められないよ。正直に話すんだ。」

(この人は味方なのだろうか?さっきから少し気遣ってくれているように感じる。)

あのテントに入ってしまえば逃げ場はますますなくなる。

分かっていたが、拘束されている以上従う以外にどうすることもできない。

仕方なく那月は足を踏み出した。


薄暗いテントの中には、キツネがいた。

ふかふかしてそうな大きな尻尾が目印だ。

「なんでキツネ・・・。」

これから最も緊張を強いられるだろう場面で、強面の二人の男と一緒に大人しく伏せたキツネがこちらを上目遣いで見ている。


「正直に話せばお前自身には何もしない。あそこで何を仕掛けていた。」


先程からずっと那月を凝視していたらしい槍男は痺れを切らしたように言った。

(またその話か。)

なんとかキツネから意識を放し那月は、うんざりした思いでため息をついた。

---思い込んだら人の話を聞かないタイプの男か。

何より目つきが悪い。瞳は驚くほどきれいなくすんだ青色だが、如何せん鋭すぎる。

くっきりした二重瞼は魅力的だが、このぶっちょう面では台無しだ。

眉はきりっとして如何にも頑固そうだし、鼻もすっと高いがきつそうな印象、口に至っては真一文字に結ばれている。

そして、やっぱり変な髪形だった。

髪の色は黒だが背中の中ほどまであり、後ろで高くひとつに括られているが、その束にはドレッドのように編まれたものやら飾りがついたものやら色々混ざっている。

左耳の前でダラーンと垂らした一房には、シルバーの筒の様なアクセサリーやらの飾りがついて、おまけに先っちょには鳥の羽が下がっている始末。

(どういうセンスだこいつ。)


「ルーグ族の者だな?明日の会合の前に何を仕掛けようとした?」


那月が悠長に男を観察している間に、もう一人の男が剣呑な雰囲気で続けた。

同時に脇にいたキツネが那月を探るよう鼻先を伸ばしてくる。

---曖昧なことしか言えないけど、ありのままを話した方がいいか。

これ以上面倒な事態になっても困る。


「私は何か意図があってあそこにいた訳じゃないし、ルーグ族とやらも知らない。今朝不注意でトラックに撥ねられそうになって。そこから記憶がないんだけど、目が覚めたらあの原っぱにいたの。私が思うに、あの犬に連れて来られたんだと思うけど。」


「何を訳の分らん事を言ってる。おまえの容貌はルーグに近い。それをどう説明するつもりだ。それに今、我らに近しい一族に狼と縁を持つ者はいない。」

那月の一挙一動を見逃すまいとする、槍男の厳しい視線が刺さる。

「だから、ルーグってなによ。知らないって言ってるでしょ。それに狼と縁ってどういう・・・。」

(狼?)

「おれ達が辿りつく前に共にいただろうが、狼が。ごまかせるとでも思ったのか?」

尻尾でも掴んだかのように問い詰めてくる声につられて思い出してみる。

(べろってやられた・・・。)


「あいつか!・・・えっ!あれ狼!?」


突然動揺して、、半ば立ち上がる不審者をますます疑い深げにシャンは見やった。


「どうりで大きいと思った!じゃあやっぱり食べられるところだったってこと!?」


「いいかげんにしろ!そんな誤魔化しが聞くと思ってるのか!話す気がないなら、お前の指を一本ずつ切り落としてから聞いてやってもいいんだぞ!」


いきなり、凶器のように大きな手が伸びてきて那月の喉を掴んだ。

太くてごつごつした指に徐々に込められる力に那月は怯えた。

だが、それ以上に腹の底から熱いものがぐつぐつと湧き上がってくるのを感じる。

理不尽なこと、不当なことを何度も迫られ押しつけられた怒りだ。


「離せ、この変態槍男!話聞けって言ってんでしょ!何も知らない!」


キュッ鳴いてキツネが小さくなる。

---こんなやつ殴ってやる!

腕を振り上げようとした瞬間、那月の喉元を捕えていた手を、アルの手が掴んだ。


「やめろ、シャン。明日ルーグの首領に会わせてみれば済むことだ。それにこの子は、おん・・・」

「相変わらず野蛮だな、シャン。誇り高いシャイアンが、その様にか弱い者を押さえつけるなど。」


アルが止めに入ろうとした瞬間、テントの入り口を押し上げて入ってきた男が高らかに言い放った。


「この男が乱暴なことをしたな。すまない。」

涼やかな黄土色目をした美青年だ。

一瞬那月がぼおっとなってしまうほど、彼の容姿は飛び抜けていた。

長い髪は右耳の下できっちりと3本に編まれて垂れている。

左腕を2周している蛇のような刺青が気にはなったが。


「今は微妙な時期でね。どうしても疑い深くなるのを許してほしい。申し訳ないが、君は誰で、どこから来たのか教えてくれないか?」


苦虫を噛み潰したかのような槍男がやっと手を放したのを尻目に、話が通じそうな相手がようやく現れて安堵した。


「私は、武藤那月。東京から来ました。私こそ聞きたい。ここはどこですか?」


やっと明確な答えを得られると確信して言った那月を、その場にいる誰もが怪訝な顔で見つめていた。

先程は申し訳なさそうに那月の言葉待っていた彼ですら眉を寄せている。


「だから言っただろうが。こいつは怪しい。おまえは引っ込んでろ。」

再び那月に近づこうと踏み出したシャンをちらりと見て黄土色の男は静かに、そして容赦なく言った。


「東京なんてここにはないよ。ここはオマハ。我々シャイアン族とルーグ族の土地の境目だよ。」

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