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狼の詩  作者: 十夜
4/15

出現3

(逃げなければ!)


刃を振り切って体が走りだそうとするのを、全身に力を入れて抑えつける。

---こんな連中と関わり合いになったら碌なことにならない。

理性がそう警告しているけれど、那月の感覚の方がそれに逆らっていた。

万が一、少しでも動くそぶりでも見せたらこの槍の様な刃物を突き付けてくる男は迷わないだろう。

そう那月に思わせるほど、目の前の男は普通ではなかった。

(だいたい、槍って何よ。原始人か!)

那月の頭の中で、槍をもって喜ぶのは、小さな子供とテレビで見たことのある道具を使い始めた原人だけだ。かなり狭い認識ではあるが。


息が詰まるようなプレッシャーに思わず後ずさりしそうになった。


「動くな。」


後ろから声がして、両腕を後ろに引っ張られ、無理やり地面に膝をつかされる。

その間に目の前の男が馬から降りた。


遠くから見ても派手な服装だったが、近くで見ても呆気にとられるほど奇妙だった。

赤い地に不思議な模様の刺繍を施した短いポンチョの様なものをかぶり、その下には簡素なタンクトップ、筒の太いズボンに、これまた赤い布を腰に回して脇にたらし、足元は変わったサンダルの様なものを履いている。

見上げるほど背が高く、威圧感溢れる逞しい体つきで、何より肌が浅黒かった。

(日本人じゃない?)

日に焼けた色ではなく、生まれ持った肌の色のように見える、薄いココアの様な色だ。

脇に立つ男も、那月を後ろから羽交い絞めにしている男の腕も同じココア色だ。

(近くに移民の多く住む地域でもあるのかな?でも、稼ぎどころもなさそうなこんな山奥に移住してくる人々がいるとも思えないけど。)

その上彼らは、弓やら槍の様な刃物を携帯していて、派手なアクセサリーをじゃらじゃらつけて、それぞれ刺青の様なものまで見える。

(こいつら得体が知れないけど、柄が悪い連中だってことは間違いない。)

普段から、こんなチンピラの様な輩は避けてきた那月だ。

最悪のシナリオがありありと頭に描かれている。


「私お金持ってない。だから離して。」

相手を刺激しないように、極力やんわり声を掛けてみる。

だが、先ほど那月に槍を突き付けた男は露ほども表情を変えず、那月を睨みつけている。

「ほんとに何も持ってないよ。ここであったこと誰にも言わないから、離して!」

那月の言葉を歯牙にもかけない男の態度に焦った声をだしてしまう。


「ここで何をしていた?」

男は切れ長の青い目を細めて、何かを抑えるように静かに聞いた。

---なにって、こっちが聞きたい。車にはねられそうになって、気がついたらここにいた。

自分でも説明できない状況に、自然那月の目が男から逸れた。

その様子を逐一追っていた男は、目配せをした。

「何をしていたかと聞いている。誰の命令だ!」

さっきより脅す気配を露わにしたと同時に、後ろにいた男が素早く那月の体を探り始めた。

「何すんの!離して!触るな!」

手足をめちゃくちゃに動かして振り払おうとしても、両膝を無理やり地面に押さえつけられているため全く動けない。


---なんで、こんな扱い受けなくちゃいけないの?

刃物を向けられ、手足の自由を奪われ、訳のわからないことで問い詰め脅されている。

恐ろしさに、そして悔しさに目の周りが熱くなってくる。


「あんたの言ってること意味分かんない!あたしには関係ない!離してって言ってるでしょ!」


涙交じりに叫ぶ少女を冷やかに見下ろして、男は苛立ったように再び槍を構えた。

その時、場違いなほど穏やかな声が那月の背後から聞こえた。


「ここはまずい。ひとまず連れて行こう。」

「あっちに見つかったら、それこそ疑われるだろ。会合が始まるまでは事を荒立てない方がいい。」

この緊迫感の中で、どこか飄々とした男の発言に、那月は無意識に止めていた息を吐いた。

目の前の男は暫く黙りこんだ末、渋々といった感じで頷くと再び那月に視線を戻した。

「縛って連れていく。」


がっしりした体から想像もつかないほど軽やかに馬に飛び乗る男を、呆然と眺めていると、手を後ろで一括りに縛られ、あっと思った瞬間には馬に放り投げるようにして乗せられていた。

乗せた本人は、どうやら背後で那月を羽交い絞めにしていた男のようだ。

細い眉に、灰色っぽいたれ目が印象的で、灰色の混じった黒い髪は耳の前で両脇に一房ずつ垂らし後ろはおかっばのように短くなっている。

(変な髪形・・・。この人には、助けられたのかな?)

希望的観測だろう。何しろ、手を縛られて身動きが取れないようにされている。


「ピッピー、ピッピー」


鋭い鳴き声に空を見上げると、真っ青な空に大きな鷹が翼を広げて舞っていた。

---ああ、なんて気持ちよさそう。

「空が飛べたらな・・・。」

那月はなんとか現実逃避をしたかった。

この場で、殺されるような最悪なケースは免れたけれど、事態は全く好転していない。

何やらチンピラ同士のいざこざに巻き込まれたような状況だった。

---私がいなくなっても、探してくれる人はいるだろうか。

一緒に合宿にやってきたゼミ仲間ならさすがに探してくれるだろうが、彼らも今日の午後には東京に帰る予定になっている。

彼らに置いていかれれば、私は一体どうなるのだろう。


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