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狼の詩  作者: 十夜
13/15

月4

今夜は満月だ。

逆光とは言え、先をゆく者の影ははっきりと見える。


風の向きを確認して、相手に自分の匂いを悟られないよう微妙に体の位置をずらしながらも、シャンは目線を逸らさない。

心細げに歩く姿は、ほんの少女だとしても森に住む者でないことが分かる。

傍らの獣も、普段はこのような歩きやすい道筋は選ばないだろう。

草の背が低く開けた場所を歩くということは、周囲から自分を見つけやすくすることになる。


突然狼が立ち止まり周囲を探り始めたので、シャンは更に身を縮め気配を消した。

怪しむ様に後方のこちら側に耳を向けている。

そもそも人間よりも数段感覚に優れた動物に気がつかれずに追跡するのは、至難の業だ。

(気がつかれたか?)

シャンは息をつめたが、狼は何事もなかったかのように少女を促すようにして先を進みだした。

(多分、俺がつけていることに気が付いてるな)

それでも、逃げるでもなく襲ってくるでもない。

あの狼は少女をどこに連れて行こうというのか。

ぼんやりと満月を見上げていた少女が突然野営地を離れていくの気がついたシャンは、こっそり後をつけてきたのだ。


このまま野営地に戻っても構わない。

あのナツキと名乗った少女は、確かに不審なところが多いが、彼らに害をなす者ではないようだ。

どこへなりとも、行きたい所へ行けばいい。

あの手に負えない女好きのルーグの首長の手からは守ってやったのだから、ある程度義理は果たしただろう。

頭ではそう考えてみるものの、目は少女と狼の姿を追ってしまう。

どうやって帰ればいいのか分からない、と心細げに呟いた姿が頭から離れないのだ。

(ちっ、面倒だが女子供を見捨てたようで寝覚めが悪い)

どちらにしろもやもやするのであれば、最後まで見届ける方がましか。

らしくないことをする、と自分でも思いながら、にやにや笑いのアルの顔を思い浮かべてシャンは顔を顰めた。


改めて後を追おうとしたところで、遠くから狼の遠吠えが聞こえてきた。

間を開けずに少し先からそれに答える声がする。

(仲間と連絡でもとっているのか)

狼の目的地はどうやら森の開けた場所にある泉だったようだ。

月明かりに照らし出された泉の淵に、あの少女が月を見上げて立っていた。

シャンは彼らの姿が良く見える茂みを見つけたところで、はっと顔をあげた。


透き通るような、のびやかでそれでいて甘い声が空へと登っていった。

すーっと月へ向かう声が、シャンの体へも降り注いでくる。

涼やかで清い風が、体の中まで洗い流して通り過ぎたように感じた。

真摯に月を見上げながら、少女の目からは涙が伝っていた。

それでも歌い続ける姿は、近寄りがたく、シャンはただ見つめた。

遥か彼方からは、少女の声に答えるように狼たちが歌っていた。


           *



温かくて、ふわふわ揺れていて、ほっとできる何かに包まれている。

那月は、もう少しで目が覚める心地よい淵を漂っている。

頑張って瞼を開けようとするのだが、体を包む温かさがまた那月を眠りに誘おうとする。

ずっと何か不安で冷たくなっていた気持ちが、緩やかにほぐされていくような気がする。

心地よさの中を漂っていると、低くて微かな声が降ってくる。

「おまえを心配する家族はどこにいる」

突然黒い闇が意識を覆ってきて、那月は身を縮めた。

すると、守るように更に温かいものに包み込まれて、ほっと息を吐いた。

どこかで嗅いだことのある香りを吸い込むと、更に安心して那月は体の力を抜いた。

(ずっとここにこうしていたい)

再び、穏やかな眠りの海へと落ちて行った。





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