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第2話 掃除の基本 掃除部分の材質チェック。

クレーメン商会の商館の脇に、こじんまりとした屋敷。

新婚さんにはちょうどいい大きさでしょうか?


結婚式にはあと2か月らしいですが、調度品がまだ整っておりませんでした。

家令、というか、商館の番頭さんと一緒に、私とアメリ―と3人でああでもないこうでもないと、カーテンや家具を選んでいきます。もちろん、食器やシルバーの類もそれなりのものを。


なにせ、貴族ではない。かなり稼いでいる商家とは言え、嫁いで来れば平民です。プライドもあるでしょうが、あまり豪奢な物はお勧めできません。


商会の代表、カールさんは28歳。若い頃から大きな商社で下働きをして、ここまでのし上がってきたそうです。のし上がって、という表現が似合わないほど、温和な方の様ですが。コロンとした風貌で、かわいい系ですね。


「子爵からお声を掛けていただいて、光栄なんですが、その…私自身は礼儀も作法も全くなので…。大事に育てられてきたお嬢さまが不自由を感じないように。よろしくお願いいたします。」


なるほど。


「本来なら…ドレスとか?宝石とかもある程度揃える?結納金をかなり弾んだらしいから、持って来るかしら?そもそもだけど…そんなにドレスを作っても、ねえ?」

「・・・そうですね。サイズはウエディングドレスを注文したところに聞けばわかるでしょうけど…。趣味もございますからね。ご本人の意向とかをお聞かせいただければ揃えやすいでしょうけど…。」


部屋の雰囲気に合わせてカーテンや調度品は入れた。

ベッドも大きいサイズをどんと。

奥様用の鏡台や姿見。


アメリーが1階のダイニング脇のキッチンに鍋や窯も揃えた。

食器棚に、食器もグラスも茶器も入った。引き出しにはよく磨かれたシルバー。


ひと段落したので、アメリーが作ってくれたクッキーで3人でお茶にする。

「どんな方なんですか?嫁いでくるお嬢さまは?」

「・・・ええ、まだ年若い、少女のような方です。」

「・・・・・」


それこそ貴族社会ではよくある歳の差婚か?

これは…子爵家がお金欲しさに縁組して、子供を差し出して、白い結婚で、とか言うやつかもね。

アメリ―と目が合う。同じことを考えていましたかね?


「どこで見染められたのか…そのお嬢さまが、どうしてもカール様の所に嫁ぎたいと頑張られまして。さんざんお断りしたのですが。まあ、その…あの方は仕事の事しか頭にないような方ですしね。」

「え???」

「貴族のお嬢さまがどんな生活を送っているのか想像がつかないと、悩んでおられました。それで、私がアグネスメイド派遣協会にお願いしたわけなんです。ああ、お嬢様はちょうど、あの方みたいな…。」

「ん?」


番頭さんの目線の先を追うと、開け放してあった新しいお屋敷の玄関先でキョロキョロする一人の少女がいた。たたんだ日傘を持っている。


「あんな感じで、ふふっ。好奇心いっぱいで。髪は明るい小麦色で、…で、って!お嬢様??」

「まあ。セバス。こんにちは。」

「な…どうされましたか?」

「うーーん。近くまで来たから?新しいお家を見に来たのよ。」


食べかけのクッキーをごくんと飲み込んで、席を立つ。

アメリ―と並んで頭を下げる。


「皆さん、お茶だったんでしょう?終わってからで結構なので、お家を案内していただいても?」

番頭さんが慌てて椅子を勧める。アメリーがお茶を、私は新しいお皿にクッキーをのせる。

「ありがとう。」


ちゃんとご挨拶できる子だ。


お茶の後に、ぞろぞろとみんなで屋敷を見て回る。ある意味いいタイミングだった。

「お嬢様?お部屋はこんな感じで仕上げさせて頂きましたが…。」

「まあ、素敵ね。でもちょっと豪華すぎない?あ、でも用意してくれたのを使わせていただくわ。」

「あの…ドレスはどのくらい作りますか?お好みとかは?」

「あら?私、平民になるんですもの、ドレスなんか着る機会があるのかしら?どちらかと言うと動きやすいワンピースがいいかと思うの。スラックスも用意してくださる?旦那様のお手伝いもするから。」

「・・・・」

「あとは、そうね。階下に私の執務用の机も用意してくださる?」

「え???」

「まあ!キッチンもこじんまりして使いやすそうね。嬉しいわ。」

「・・・ま、まさかご自分で料理をするおつもりで?」

「え?庶民の方はみんなそうでしょう?違うの??」

「・・・・・」


番頭さんが泣きそうになっている。会頭が目指した新婚生活から、どんどんとかけ離れていくのが私たちにも見える。




「エミーリア様、玉ねぎは剝き過ぎないように。」

「はい。」

「エミーリア様、細かく切る、という言葉が通じておりますでしょうか?」

「はい!」


開け放してある台所の窓から、アメリーの厳しい指導が良く聞こえる。

私は今日は番頭さんと屋敷の庭を整えている。

花の咲く木を何本か植え、これから咲く草花を移植する。

後日、芝生は職人にはってもらうことになっている。


お昼ご飯はエミーリアお嬢さまが作ったものをみんなで頂く。

不格好だが味は良い。


午後は私が掃除と洗濯を教える。

掃除と言っても、まだ汚れてもいないので、ササっとだが。コツを掴めば一人で十分掃除できる広さだ。

「お嬢様?はたきはもう少し優しく掛けて下さいね?」

「はい。」

なかなか素直で良い生徒だ。やる気もある。

この結婚に失敗したら…うちでスカウトしてもいい。


お嬢様はさすがに泊まるわけにはいかないので、ご自宅から通ってくる。

カール様は忙しいらしく、お嬢さまが家事の練習に通ってずいぶん経つが、まだ一度もお会いしていない。番頭さんに聞いたら、奥様を迎えるのに不自由をさせたくないと、今まで以上に仕事をしているらしい。


ふむ…。



「・・・初めてお目にかかったのはね、旦那様が下町に出した雑貨店なの。いろいろな物を売っているのよ。侍女とあれこれ見ていたら、やはり商品を見ていた少年が急に走り出して、どうしたのかな?と思ったら、店員さんに、泥棒だ!って追いかけられていたの。粗末な身なりの子だったわ。」

「・・・・・」


二人で並んで洗濯をしていたら、お嬢様が話し出した。


「すぐ捕まっちゃったの。そしたらね…。そこに旦那様がいらして、他人の物を盗むのは悪いことだね。君も働くとわかるよ。うちで働かないかい?っておっしゃったの。その子の目線に合わせて、膝までついてね。」


手はちゃんと動かしている。随分と働き者の手になってきた。


「僕も君にちゃんとお給料を払えるように、もっと仕事を頑張るよ。ね?一緒に頑張ろう?って!!」

「・・・・・」

「もう…この人だって思ったの。それから旦那様のことをいろいろな人に聞いて、お父様に何度も何度もお願いして婚姻をまとめていただいたの。私も勉強したわ。経理とか、経営学とか。私もね、一緒に頑張る一人になりたいの。うふふっ。」


決意表明のように言いきったお嬢様をちらりと見ると、顔も耳も真っ赤だ。

ここまで来るのに、意外とこの子は苦労したのね。まだ少女のような面影だけど。


「エミーリア!!何をやっているの?」

「あら。旦那様!」


嬉しそうなお嬢さまと、硬い表情のカール様。まあ…こうなるわね。

お嬢さまは立ち上がって、エプロンで濡れた手を拭いて、スカートを直している。


「僕は…君にそんなことをさせないようにメイドを頼んだというのに!どういうことですか?エミーリアに、お嬢様に家事をさせるなんて!!!」


可哀そうに番頭さんもお嬢さまもしゅんとしてしまった。


「もう結構です。お帰り下さい。新しいメイドはこちらで探しますから。」

「・・・だ、旦那様、あの…。」

「お嬢様?手が…こんなに荒れてしまって…。申し訳ない。セバスが付いていたのに。こんなことになってしまって、どうおわびしたらよいか。」

「違うんです。旦那様?あの…」

「お嬢様、今日はとりあえずお帰り下さい。」

「・・・・・」


動揺したカール様はお嬢さまの言葉を聞く余裕もないようね。

大声に驚いて出てきたアメリ―に目配せする。


お嬢さまは青い大きな瞳に涙を浮かべていたが、それが落ちないように堪えていらっしゃるご様子。セバスに肩を抱かれて、玄関から出て行った。


「では、私たちも失礼いたします。」

二人並んでお辞儀をする。

「ああ。そうしてくれ。」

「最後に一つだけよろしいですか?」

「・・・・・」

ため息交じりにお嬢様の後姿を見ていたカール様が振り返る。


「これは昔のお話ですが…あるところにとても貧乏な夫婦がおりまして、夫の金時計と妻の長く美しい髪がふたりの宝物でした。クリスマスの夜に、妻は髪を売って夫に時計用の鎖を買いました。夫は妻の美しい髪のために、金時計を売って櫛を買いました。」

「・・・・・」

「奥様を迎える準備は整いました。足りないものは一つだけです。」






クレーメン商会邸、奥様を迎える準備は物質的には完了しました。




「あなたたちに謝罪と、お二人の結婚式の招待状が来ているわよ?」

アグネス部長が、綺麗な封筒を2枚差し出す。

「いい仕事をしてきたようね。」













引用 青空文庫 オーヘンリー 賢者の贈り物

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