8.ぴったりの杖は見つかるでしょうか?(中編)
鏡を抜けた先には、賑やかな町が広がっていた。
なんとなく想像していた可愛らしいお店に溢れる町ではなく、たくさんの出店が立ち並んでる。
しかし、店の品物を見てみれば、確かにそこに数多の雑貨があることがわかる。
フリーマーケットのような雰囲気だ。
「ここは、魔術師が自分の工房で作った魔法道具を売り出す市場なの」
メグがひとつのお店の前で立ち止まってそう言った。
「ほら、見て。素敵じゃない?」
メグの視線の先にあったのは、金色の小鳥だった。
もちろん細工物だけれど、今にも羽ばたき出しそうなほどのクオリティだ。
「お、お嬢ちゃんお目が高いね。スーヴェニアの子かい?」
店主が声をかけてくる。
「ええ、そうなんです。ふたりの杖を探しに来ましたの」
メグにそっと視線で示されて、私とミーシャは慌てて頭を下げる。
「そうか……いいね、青春だ。うちの細工は杖には向かないだろうが、じっくり見ていってくれよ」
「ありがとうございます」
私はそう答えて、メグの横から細工を覗き込んだ。
金に宝石で作られた鳥、猫、犬、獅子、龍……。
様々な動物を見ていると、ふと、視界の端に小さな指輪が映った。
小さな、と言っても私の指は随分と細いから、ちょうど良さそうなサイズだ。
「これは……」
思わず声に出すと、店主がそっとその指輪を手に取った。
ルビーだろうか、赤い炎のような宝石がきらりと光る。
「これねぇ……。金属の屑が余ったから作ったんだが……どうにもうまく術式が篭らなくてさ。本当にただの指輪。気になるかい?」
「はい、少し……」
「じゃあ触ってご覧。試着してもいいよ」
差し出された指輪を恐る恐る受け取って、そっと中指にはめてみる。
まるで私のために作られたかのようにピッタリと収まった指輪は、私に微笑むように煌めいた。
「お似合いだね、サイズもちょうどいい」
「ほんとだ、綺麗!」
店主とミーシャがそう言って笑う。
「……」
しかしただひとり、メグだけは私の様子を黙って見ていた。
──探しに来たのは杖だけど、買っちゃおうかな。
そう思ってしまうほど、この指輪は私の好みに合っていた。
まるで自分でオーダーメイドしたみたい。
日差しにキラキラと光る宝石は、傾ければわずかに色合いを変える。
「なんだか……『やっと見つけた』って感じがします」
「……ねえ、エリン。それ、もしかしたら杖になるかもしれないわ」
私の言葉に、メグがそう返した。
「ど、どういうこと!?」
ミーシャがずいと身を乗り出す。
「カトリーナ先生が言ってたでしょ? 『杖』になるのはなにも棒状のものだけではないわ。……その指輪に、魔力を込めてみて。意識を集中させて、気力を送り込むみたいに」
「う、うん」
言われた通りに指輪に意識を集中させる。
体の中の神経を通じて、なにかが指輪の周りに集まっていく。
それはまるで、熱のようだ。
今にも右手が発火しそうなほどの熱さに、思わず眉を顰める。
「そう……そうよ。十分に集まっているわね。ここで詠唱、繰り返して。〈光れ〉」
「ひ……〈光れ〉!」
そう叫んだ瞬間だった。
まるで小さな太陽が炸裂したかのような光が指先で弾ける。
それは数秒間強力な光を放つと、萎むように消えていった。
指に集まった熱はどうやらあの光が燃やし切ってしまったらしい。
「こ、これは……」
周囲を見れば、メグも、店主も、ミーシャも、道ゆく通行人さえびっくりしたような顔で固まっている。
「……間違いなく『杖』、ね」
一番最初に口を開いたのはメグだった。
「おじさま。こちらはおいくら?」
「どうせ端材で作ったものだしな……いや、いい。スーヴェニアから『杖』代は学園が出すって言われてんだ。持っていきな、嬢ちゃん」
「あっ……ありがとうございます!」
「いいってことよ。ただ──」
店主は声を潜める。
「その石は小さいしルビーかなんかに見えるかもしれないが、歴とした宝石龍の鱗だ。まさか扱える魔術師が現れるとは思わなかったが──暴走にだけは気をつけろ。いいな?」
「は……はい……!」
こうして私は『杖』を手に入れた。
メグが命名するところによれば「火焔の環」。
魔術師としてのスタートラインにようやく立てたような気がして嬉しかった。
「さ、次はミーシャの杖ですわね!」
「うん! どんなだろう、楽しみ〜!」
私も彼女たちに笑い返し、共に歩き出す。
……この時の私はまだ知らなかった。
ここから始まる物語のめぐる先を。
宝石龍、きっととっても綺麗でしょうね。
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