7.ぴったりの杖は見つかるでしょうか?(前編)
初めての授業は「杖の選別」だった。
カラフルなステンドグラスが美しい教室に詰め込まれた紅炎寮の新入生は、授業開始を今か今かと待ち構えている。
朝食前にジーク先輩が言っていたように、魔術の第一歩は杖を見つけるところからだ。
この「杖」というのがややこしい概念で、魔術を行使するためのとっかかりになる概念ではなんでもいいらしい。
つまりは「杖」と言いつつ杖の形をしていないこともしばしば……というわけだ。
「杖、どんなだろうね〜……楽しみだな」
ミーシャが『魔術の基礎知識』という書名の教科書を握りしめながら言う。
随分と楽しみにしていたのだろう、声が弾んでいた。
「ふふふ。ふたりの杖、楽しみだわ」
メグはミーシャの頭を撫でて笑う。
「メグはスタッフとか似合いそうだよね」
そう言えば、メグは驚いたようにこちらを見る。
スタッフ──賢者がよく携えている、木製の大きな杖のことだ。
「そういえば、ふたりには伝えていなかったわね」
メグがそう言って、ローブの懐から古ぼけた万年筆を取り出す。
「わたくし、幼少期から魔術の基礎教育を受けていたから……既に杖は選別されているの」
「へぇ〜! それがメグの杖なの?」
ミーシャがメグの手元を覗き込む。
「ええ! お祖母様の形見の万年筆よ」
「ねえねえ、なにか使って見せてよ!」
「ミーシャ、先生がいないところで魔術を使うのは御法度だよ」
「ちぇ〜……。エリンってば、真面目だなぁ」
苦笑しつつたしなめれば、ミーシャは唇を尖らせる。
そうしていると、突然教室のドアが開いた。
わざとらしいほど大きな音に、クラスメイトたちが一斉に口を閉ざしてそちらへ注目する。
「ふむ。静かにしているな、珍しく利口じゃないか」
口調に似合わず、きゃらきゃらとした高い声。
みんなの視線の先に立っていたのは──どう見ても十代前半の少女だった。
真っ直ぐに切り揃えられた黒い前髪と、フリルをたっぷりあしらったロリータ服が幼さを強調している。
教室に満ちていた沈黙の雰囲気が変わった。
──どうして子供がここに?
みんな同じことを考えているのだろう。
それを察したのか、少女は「ごほん」と咳払いをした。
「新入生諸君。私はエルフ族のカトリーナ・ヴァーチだ」
彼女がそう名乗った瞬間、白いチョークが宙に浮き、教室前方の黒板に彼女の名を書く。
「王立スーヴェニア魔術学校設立当初から教授を務めている。どうぞよろしく」
カトリーナ先生は恭しく足を引いて膝を曲げた。
いわゆるカーテシーというやつだ。
「今日は諸君が魔術を行使するにあたって重要な、杖の選別を行う。すでに選別が済んでいるものは?」
先生の呼びかけに、ぱらぱらと手が上がる。
百人ほどの新入生の中で、選別が済んでいるのは五人。
その中にはもちろんメグもいる。
「よろしい。選別済みの君たちは、学友の助言に回ること」
カトリーナ先生は新入生の顔をぐるりと見渡し、言葉を続けた。
「諸君は入学にあたって送付された資料に目を通しているよな? そこに記載があった通り、『杖』とは己の魔力を投じ、プールするためのモチーフだ。よって、その形状がいわゆる杖ではないこともままある」
チラリと横目でメグを見る。
小さく頷きつつ手元の万年筆を手の中で転がしていた。
「よって──杖の選別のためにはより多くのものに触れ、己にもっともぴったりくるものを探す必要があるわけだ。……入って!」
突然カトリーナ先生は教室の外へ目を向け、鋭い声で誰かの入室を促す。
入ってきたのはお迎え馬車の御者であり、組み分けを行う占い師であり、学内の道案内でもある白仮面だった。
白仮面はふたりがかりで大きなものを運んでくる。
運ばれてきたのは、巨大な鏡だった。
「ありがとう。さて、この鏡がなにかわかる者はいるか?」
カトリーナ先生が再び声を張り上げるが、当然と言うべきか──答えようという猛者はいない。
「これは『キャシーの鏡』。これを通り抜ければ、そこはワンダーランド! ……というのは流石に誇張が過ぎるが、小さな町に出る。魔力と相性のいい雑貨なんかが様々売っている。……つまり、だ」
先生がにやりと笑う。
「今から初めての校外学習を行う。目標は己の『杖』を見つけることだ、いいな?」
生徒たちはお互い顔を見合わせたのち、がたっと椅子から立ち上がった。
あっという間に鏡の前に列ができる。
「ひえ〜……最初の授業から校外学習だって。すごいな〜……」
ミーシャが目を丸くして肩をすくめた。
「でも面白そうじゃない? 雑貨がたくさん売ってる町なんて、見ているだけで楽しそう」
そう言えば、ミーシャは大きく頷く。
「では、行きましょうか。杖探しのコツは、わたくしに任せてくださいね」
メグもどこかそわそわとしながら立ち上がり、鏡へと向かった。
エイプリルフールですが、嘘は1個もつけませんでした。
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