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6.少しだけ話が見えてきました。

 寮の裏手に庭がある、というのは入学案内に同封されていた地図を見て知っていた。


 エレベーターを降りてそちらの方へ足を向ければ、咲き誇る花々が私を出迎えてくれる。

 いわゆる「庭園」の中に、魔術に使う草花を育てる畑が同居している空間は少し不思議な印象を受けた。

 畑の草花に添えられたプレートをひとつひとつ見ているだけでなかなか楽しい。


 ──次来る時は植物図鑑を持ってこよう。


 そんなことを思いつつ、周囲をぐるりと見回してみる。


 小道の先には、東屋がぽつぽつと配置されていた。

 それぞれの東屋にはテーブルと椅子が並べられていて、景色を見ながら休憩するにはうってつけ。

 いちばん近い東屋で少し休んで戻ろう……とそちらへ足を向ければ、先客の存在に気付く。


「あ、」


 つい、声を漏らしてしまった。

 それが聞こえていたのか、彼は椅子から立ち上がってこちらへ目を向ける。


 白い髪に赤い瞳。

 鋭い目は真っ直ぐに私を捉えていた。


 間違いようもない。

 紅炎寮の寮長であるジーク・ガーネット、その人だ。


「お前は……」


 夢で聞いたのと同じ、掠れた声。


「私は……エリン・シエル。紅炎寮の一年生、です」

「寮長、ジーク・ガーネットだ。……朝からこんなところでなにをしている?」

「目が覚めてしまったので……散歩に」


 私の返事を聞いて、ジーク先輩は少し驚いた後大きな溜息を吐く。


「まだ杖の選別も受けていないだろう。校内は危機管理がなされているとはいえ……あまりうろつくな」


 杖の選別。


 魔術師といえば杖、というのは有名な話だ。

 この学校では魔術教育の第一歩として「自分にぴったりの杖を探す」授業があるらしい。


 それがなければ魔術を使うことができない──つまり、自己防衛すらままならないのだ。

 要するに彼は「自分の身も守れないのに無防備を晒して歩くな」と言っている。


「ご、ごめんなさい……」

「いや、いい。シエル……だったか。お前は一般家庭の出身だと聞いた。わからなくて当然だ、寮まで送ろう」


 ドライな声音でそう言って、彼は歩き出そうとした。


「あ……あの!」


 私はついに、声を絞り出す。


「ジーク先輩。私たち……どこかで会ったことがありませんか……!?」


 足を止めてこちらをじっと見るジーク先輩は表情ひとつ動かさない。


「お前は俺と会った覚えがあるのか?」


 ──別の世界で出会った、なんて信じてもらえるのかな。


 そんな思いが喉の奥に引っかかった。

 けれど、ここで黙ってしまったらもう二度とこの件を問いただすことなんてできないだろう。


「……ここではない世界で、あなたと会ったことがある、気がして」

「ここではない世界、か」

「ジーク先輩に探されていた、んだと思います」

「ふむ……」


 ジーク先輩は少し俯いて、手袋をした指で顎をさすった。


「ここではない世界──つまり異世界について言っているのだな?」

「そう……です」

「その世界のコードは?」

「コード……?」

「この世界には無数の異世界が存在する。この世界とほとんど変わらない、ただ朝食のメニューが違っただけの世界もあれば、世界の法則すら異なる……いわゆる言葉からイメージされる『異世界』もある。それらの世界に渡航する技術自体は、確かに存在する。そしてトトウェリアの魔術師が渡航した場合、それぞれの異世界にコードを設定する義務になっている。理由なんかはそのうち習うだろうから今は省くが……」


 赤い瞳が、じっと私を見た。


「要するに、だ。どの世界の話をしている?」

「え、えーと……」


 残念なことに、そこまではわからない。

 そもそも異世界に移動することがそんなに簡単なことだなんて思ってもみなかった。


「わからない、です……」

「……そうか。だとしたら、情報不足だ。それだけでは断定しかねる」

「……すみません」

「いいや、構わない。およそ夢でも見たのだろう」

「う……」


 ジーク先輩と出会ったことに関しては確かに夢で見たことだ。

 悲しいことに、なにも言い返せない。


「ほら、いくぞ。時期に朝食の時間だ、食いっぱぐれたくはないだろ」


 ついてこい、と指でついてくるよう促して、ジーク先輩は再び歩き出す。


「は、はい!」


 私も慌ててその背中を追いかけた。


 ジーク先輩からはなにも聞き出せなかった……ように見えたが。

 実際はそんなこともない、いくつか重要な情報を得られた。


 まず、『異世界へ行く』という概念は存在する。

 異世界へ渡航する術が存在しているのなら。

 「私」が異世界から紛れ込んでしまったのもない話ではない……といえるかもしれない。


 そして、『異世界にはコードがある』。

 つまりコードの特定さえできれば元の世界へ帰ることもできるということだ。

 ……この「エリン・シエル」の体と記憶をどうするか、という問題は残るけれど。


 ほんの少しではあるものの、心のしこりをほぐす方法が見えた……ような気がする。


 ──早起きした甲斐があった……のかな?

 ──それに、問題とは関係ないにしても……。


 目の前を歩くジーク先輩の背中を見る。


 私の抱えている問題の鍵を握るかもしれないこの人は、決して悪い人ではなさそうだ。

 うまく立ち回れば味方になってくれる……かもしれない。


「……? どうした、シエル」


 背中を見つめていたのがバレたのか、彼が立ち止まらないままこちらを見る。


「い、いえ、なんでもありません!」

「……そうか」


 少し悩むような間の後、ジーク先輩はこちらを見ないまま言葉を続けた。


「一般家庭から突然特待生は大変だろう」

「そう……なんでしょうか?」

「そのうちわかる。……ひとりで抱えて潰れるなよ、可能な限りの全てを頼れ。教師でも、同期でも……俺でも構わん」

「え……」

「……なんだ」

「……なんというか、ジーク先輩、厳しい人なのかと思っていたので、意外で」

「お前、レタラから妙なことを吹き込まれてないか?」

「レタラ先輩とお知り合いなんですか?」

「寮長同士、多少の交流はある」

「……え、あの人寮長なんですか!?」

「見えないだろ」

「正直……はい……」

「あいつは法螺吹きの気があるからな。気をつけろよ」


 冗談っぽくそう言って、ジーク先輩は少し表情を崩した。


 ──悪い人ではないどころか、むしろ目つきが悪いだけなのでは?

 ──なんだか、いろんな人から誤解されてそうだなぁ……。


 思わずこちらも笑みがこぼれてしまう。

 踊るような足取り……とは行かないまでも、ほんの少しだけ体が軽くなったような気がした。

ぱっと見怖い人の笑顔に弱い筆者です。

読んでいただきありがとうございます。励みになります。

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