4.先輩たちも個性的です。
新入生各位
晩餐会のお知らせ
この度は王立スーヴェニア魔術学校への入学おめでとうございます。
ささやかなお祝いといたしまして、今晩十八時より広間にて晩餐会を行うこととしました。
同級生や先輩との交流を楽しんでください。
……
そんな手紙を受け取った私たちは、時間に間に合うよう部屋を出た。
つい先程歩いてきた道を逆向きにたどり、広間を訪れる。
広間は先ほどのだだっ広い印象とは裏腹に、豪華な立食パーティーの会場になっていた。
学生だけでなく教師も訪れているらしく、ちらほらと大人の姿もある。
その様子をきょろきょろと見回す私たちのそばに近寄る、ひとつの影があった。
栗色の髪の青年だ。
「こんばんは、新入生たち。ウェルカムドリンクをどうぞ」
彼は人好きのする優しげな声でそう話しかけてきた。
片手には銀のトレンチがある。
そこに乗っているのは背の高いグラスだ。
制服を着ているということは学生──どうやら先輩らしい。
胸元に飾られている鍵の装飾を見るに、どうやら翠森寮所属のようだ。
「僕は三年のレタラ・モニカ。よろしくね」
それを聞くと、ミーシャが半ば飛び上がりそうな勢いで驚き「ごめんなさい!?」と突然謝る。
「先輩にこんなことやらせてすみません、お預かりします……!」
……年功序列に意外と気を使うタイプだったようだ。
ミーシャはわたわたとトレンチに手を伸ばしていた。
それを見たレタラ先輩はすっとトレンチを高く掲げて取られまいとする。
「あはは、いいんだよ。気にしないで! 毎年ウェルカムパーティーでは三年生が給仕をすることになってるんだ」
そう言ってレタラ先輩は背の高いグラスに注がれた炭酸飲料を私たちそれぞれに手渡す。
「ありがとうございます」
私はそれを受け取り、ミーシャとメグもそれに続いた。
最後にひとつだけトレンチの上に残ったグラスをレタラ先輩が手に取る。
「よかったら、君たちの入学を祝して乾杯させてくれないか?」
「あ……ありがとうございます!」
先ほどまでの焦った表情はどこへやら。
ミーシャが嬉しそうに笑い、グラスを掲げる。
私はメグと頷き合い、同じくグラスを掲げた。
「では……僭越ながら」
レタラ先輩がごほんとわざとらしく咳払いをして、音頭を取る。
「ようこそ、王立スーヴェニア魔術学校へ! 乾杯!」
乾杯! と声を出して、ガラスを軽く触れ合わせた。
カチン、と涼やかな音が鳴る。
グラスに口をつけて傾けてみれば、レモンの爽やかさとはちみつの甘さが口の中を満たした。
「ぷは、美味しいだろ? スーヴェニアに代々伝わる秘伝のレモネードなんだとさ」
グラスの中身をいっぺんに飲み干したレタラ先輩は清々しい笑顔でそう言う。
「あ、そうだ。ごめん、君たちの名前をまだ聞いていなかったね。紅炎寮の子……で合ってる?」
「はい、私はエリン・シエルと申します」
私が軽く会釈をし。
「あたし、ミーシャ・ブラウンです」
ミーシャが元気よく挙手をし。
「メグ・ラグナシアと申します」
メグが上品に礼をして見せる。
「ラグナシア……え!? 君……あのラグナシア家の子かい!?」
レタラ先輩がそう問い返した瞬間、周囲が一瞬静まり返った。
周囲の視線が、私たちを……否、メグをじろりと見つめている。
はっきり言って、気持ちのいい視線ではなかった。
メグもそれを感じたのか、レタラ先輩を嗜めるように低い声を出す。
「周囲の方が驚いてしまうといけませんから、どうかお静かに……」
「あっ、ごめんね! そんなつもりじゃなかったんだ」
「いいえ、構いませんよ。気持ちはわかりますから」
メグはそう言って首を横に振った。
「そ、そっか。まあ、なんだ。すごい人、ってこと」
「そんな……いえ。素直に受け取っておきましょうか。名に負けない魔術師になりますね」
「ああ、楽しみにしてるよ」
……メグとレタラ先輩のそんな姿を見ていた時だった。
視界の端を、ひとりの男子生徒が通りがかる。
雪のように白い髪と、鮮血のように真っ赤な瞳が目を引いた。
その凛とした姿に視線を吸われたその刹那、頭の中に異常なまでの既視感を覚える。
──知っている。
──あのやつれた顔、狼のように鋭い目。
──聴いたこともないのに、がさついた声が鼓膜に蘇る。
『見つけた』
それは雨の日の記憶だった。
ひゅ、と息を呑む。
その質感は、目を逸らそうとすればするほど鮮明になっていく。
「……エリン? 大丈夫?」
ミーシャの声ではっと我に帰った。
「え、あー……うん。大丈夫」
「あいつが気になるかい、シエルさん」
レタラ先輩が少し声を落として言葉を続ける。
「ジーク・ガーネット、君たち紅炎寮の先輩さ。二年にして寮長を任された奇才で、軍の関係者だって噂もまことしやかに囁かれてる」
すごいやつだろう? と言って、レタラ先輩はにんまり笑ってみせた。
「……ま、優秀だけど粗暴だからおすすめはしないぜ。じゃ、楽しんでな。僕はうちの寮生を構いに行くよ」
レタラ先輩はそう言い残し、踵を返してパーティーの人混みに紛れてしまう。
「……エリン、顔色が悪いわ」
メグがそう言って、私の頬に触れた。
「だ、大丈夫だよ。これくらい」
「とてもそうは……見えないけれど……」
困った顔の彼女を見て、メグに申し訳なくなる。
「とにかく、一度帰りましょ。強制参加ではないようだし……なにか言われたらわたくしがちゃんと話を通しますわ」
「そうだよ! エリンが無理する必要なんてないっ!」
メグとミーシャが両脇から私の腕を抱え、パーティー会場から連れ出そうとする。
宇宙人かなにかになったような気分だ。
「……ありがとね」
「えぇ? なんのことぉ? ねえメグ」
「わからないわね? ミーシャ」
私が絞り出したお礼の言葉を、ふたりは軽やかに茶化してくる。
ふたりが同室であることがどれほど心強いか、初日にしてわかったような気がした。
なんだか少し話が動いたかも?
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