3.学園生活は退屈しなさそうです。
馬車がたどり着いた先にあったのは、三つの塔を擁する大きなお城だった。
「さあ新入生の皆様、こちらへ並んでください」
御者と同じ白い仮面を被った男性が、小さな旗を掲げて私たちを先導する。
「この三つの塔があなたたちの暮らす寮です。今から広間で適正を占います」
仮面の男性が恭しい動作で大きな扉を開けた。
彼が手で示した先には、天井が高い広間がある。
その中央にぽつんと椅子が置かれていた。
そして椅子の向かいには大きな本が置かれた机があり、机には豪奢な椅子が備え付けられている。
「皆さんにはあの椅子に座っていただきます。そして体に特殊な魔力を流し、その反応で寮を決めるのです」
ぱちり、と仮面の男性が指を鳴らした。
その音に呼応するかのように、天井から垂れ幕が落ちてくる。
赤い布地に白の糸で炎を模した紋章が刺繍されていた。
「赤の紅炎寮は『先導者』の才を持つ。乱世の中で英雄となる才能の持ち主です」
ぱちり、と指が鳴る。
再び幕が落ちてきた。
先ほどの垂れ幕と形状は同じだけど、今度は青に氷の紋章だ。
「青の蒼氷寮は『探究者』の才を持つ。名だたる学者を数多く輩出している寮です」
ぱちり。
次は緑に木の葉の紋章。
「緑の翠森寮は『共鳴者』の才を持つ。賢人として世の人々に寄り添うことができる精神性を持つ」
男はぐるりと垂れ幕を見渡したあと、こちらへ向き直った。
「あなたたちの未来を決める大事な儀式です。どうか静粛に受け止めてください」
そう言って、彼は机の前の椅子に座った。
大きな本を何ページかめくると、「では、まずは特待生から」と呼びかける。
──どことなく、嫌な予感がした。
「エリン・シエル」
嫌な予感というのはいつだって当たるものだ。
まさかトップバッターだなんて。
「……はい」
恐る恐る返事をして、椅子の下へと歩いていく。
「どうぞ、お掛けください」
「はい。失礼します」
私は椅子に座る。
「少し痺れるかもしれませんがご心配なく。静電気のようなものです」
こくりと頷くと、男はカウントを始めた。
「三、二、一、零」
零、の言葉と共に、ぴりっと指先に電気のようなものが走る。
驚いて手元を見れば、パチリパチリと赤色の火花が散っていた。
「……ふむ、疑いようもないほど赤い。とあれば、あなたは紅炎寮に適性があるようです」
男がそう言えば、いつの間にか同じ仮面をつけた男が隣に立っている。
目の前の男とそっくりな声で、隣の男は私に「こちらへ。ご案内します」と声をかけてきた。
「はい」
そう答えて椅子から立てば、再び仮面の男が生徒の名を呼ぶ。
「メグ・ラグナシア」
「はい」
少女が柔らかな声で返事をするのを聞きつつ、私はホールを後にした。
「よそ見をしている暇はありませんよ。寮への道を覚えなくては」
「あ……そうですね。ごめんなさい」
「いいえ。ああ、ここを曲がります」
ホールから出て廊下を進み、何度か角を曲がったところに寮への入り口があった。
エレベーターのような扉だ。
しかしそれが石造であることがなんともいえない違和感を醸し出している。
「これが寮の鍵です」
仮面の男が金色の鍵を取り出した。赤い宝石の嵌め込まれた、美しい鍵だ。
「これを、この鍵穴にさすと……」
そう言って彼は扉のサイドにあった鍵穴に鍵を通した。
手首を捻ってそれを開けると、重々しい音を立てて扉が開く。
「さぁ、乗って。この鍵を持っていれば、このエレベーターはあなたの部屋まで直通です」
恭しく渡される鍵を受け取って、私はエレベーターに乗り込んだ。
「では、本日は旅の疲れを癒してくださいね。明日以降については後ほどご案内を運ばせます」
「わかりました。あの、ありがとうございます」
「いいえ。職務ですので」
執事のように丁寧な礼をした彼を、閉まる扉が覆い隠す。
まもなくエレベーターは上昇し始め──数秒後に止まった。
扉が開く。
その向こうには、寮にしては広々とした部屋があった。
ベッドと机とクローゼットが三台ずつ、ということはここは三人部屋なのだろうか。
──気が合う相手が来ればいいけど。
ほんの少しの不安を感じつつ、トランクを引きずって部屋に入る。
見て回ってみれば、トイレやお風呂、簡単なキッチンもあり、この部屋だけで生活できそうな程度にはいい部屋だ。
一番窓に近いベッドにばたんと倒れ込み、いくつか深呼吸をした。
荷物の整理をしなければ、と頭の端では思うものの、なかなか手をつける気にならない。
どうしたものか、と悩んでいた時。
リン、と鈴の鳴る音が聞こえた。
エレベーターの方からだ。
重々しい音と共に扉が開き、人が降りてくる。
金色のウェーブがかかった髪と、緑の瞳。
そして女性らしい豊かなスタイル。
おっとりとした表情と右目の下あるほくろがセクシーな彼女は、驚いたように口を手で覆った。
「あら、もう先に人がいたのね。初めまして、メグ・ラグナシアです」
「ああ、どうも……私はエリン・シエル」
「エリンさんですね。ルームメイトとして、これからどうぞよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げるメグに、私も慌てて礼を返す。
「こっちこそよろしく、メグ。タメ口でいいよ、同級生なんだし」
「あら、そう? では、遠慮なく。……お隣のベッド、使ってもいいかしら?」
「どうぞ。私だって窓際使っちゃってるし」
「では失礼〜」
そう言って彼女は真ん中のベッドの脇にトランクをおろす。
「ベッドが三つ……ということは三人部屋なのかしら? もうひとり、どんな子でしょうね」
「さぁ……仲良くできそうな子ならいいんだけど」
そう言った瞬間、噂をすれば影とでも言わんばかりにエレベーターがリン、と鳴った。
「お邪魔しまぁす!」
扉が開き切るのを待たずに扉の隙間から入ってきてそう言って入ってきたのは、小柄な赤髪の少女──というか、ミーシャだった。
「あれ、ミーシャ?」
「あ、エリンだ! もしかして同じ寮の同じ部屋?」
ミーシャがそう言いながらぎゅっと抱きついてくる。
「どうやらそうみたいだね」
抱きしめ返せば、ミーシャの被っているフードがぴこぴこと動く。
おそらく猫耳が動いているのだろうけど……嬉しいのかな。
「あら、おふたりはお知り合いなの?」
メグがこてんと首を傾げた。
「そうなの! あたし、ミーシャ・ブラウン! エリンとは馬車で知り合ったんだぁ。君の名前は?」
「わたくしは紅炎寮のメグ・ラグナシア。よろしくね」
「よろしく! ……ふたりとも特待生なんでしょ? すごいなぁ」
ミーシャは皮肉るわけでもなく、純粋な尊敬の眼差しを向けてくる。
「一般考査で受かる方がすごいと思うわよ、わたくしは。だってあなた……獣人のハーフでしょ? それなのに魔力量も十分」
メグがそう言うと、ミーシャがぴくりと肩を揺らした。
「え、なんでわかったの!? あたしがハーフだって」
「ふふ、ちょっとした特技があるの。秘密兵器みたいなものだから説明はできないんだけどね」
メグはいたずらっぽくウインクをする。
「え〜気になる! でも秘密ならしょうがないね」
ミーシャはばさりとローブのフードを脱ぐ。
「バレてるなら、部屋ではフード被るのやめよーっと。窮屈なんだよね」
「獣人の耳は敏感ですものね。無理はしない方がいいわ」
そう言ってメグがミーシャの耳を撫でた。
その瞬間ミーシャはぴょんと飛び上がってしまう。
「な、ななな、なにするのメグ! びっくりするよ!」
「あら、ごめんなさい。もうしないわ」
「約束だよ!?」
「ええ、もちろん」
ふたりがじゃれ合うのを見て、退屈はしなさそうだと安堵する。
そして、私もローブを脱ごうとした、その瞬間だった。
カタン、と。
なにか軽いものが落ちる音がする。
「……? なんの音かしら」
メグがミーシャに構う手を止めて周囲を見回した。
ミーシャはといえば、音のありかを探っているのだろう。部屋をぐるぐると回っている。
「……あ! きっとこれだ」
ミーシャが声を上げた。
彼女が指差した先には、郵便受けに似た形のインテリアが置かれている。
私はそれに近づき、裏側の扉を開けた。
そこにあったのは、一通の手紙。
「あ……そっか。この後のことは追って連絡するって言ってた。こんな形で連絡が来るんだ……」
私は手紙を取り上げて、ミーシャに渡す。
「敷地内のポストとポストを繋げて通信に使うのは珍しい技術ではないけれど……寮の部屋全部繋ぐとなると大変そう。さすがスーヴェニアね」
メグがひとり納得したように頷いた。
「あ! ねえねえ、今晩はホールで晩餐会があるんだって!」
ミーシャは手紙の中身を読んではしゃいでいる。
「晩餐会……そんなの初めて」
庶民の中の庶民である私はつい色めき立ってしまう。
ミーシャも同じような気分なのだろう、目がキラキラと光っている。
「楽しみね」
唯一余裕がありそうなメグも楽しみであることに変わりはないらしく、表情を溶かして笑った。
エリン、ミーシャ、メグの三人組が出揃いましたね。
読んでいただきありがとうございます、励みになります。