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2.最初の友達は獣耳でした。

 食卓の上には、あたたかな食事が置かれていた。

 トーストにスクランブルエッグ、ミニトマトの乗ったサラダ、ジャムの乗ったヨーグルト。

 そのどれもがとても美味しいことを、「エリン」は知っている。


「遅いわよ、朝ごはんが冷めちゃうわ」


 母は冗談っぽくそう言って、マグカップたっぷりのミルクティーを淹れてくれる。


「ごめんってばぁ……」


 謝りつつマグを受け取って、湯気の立つミルクティーをふうふうと吹いて冷ました。

 そうしていると、正面の椅子に母が座る。


「……まさかあんたが、スーヴェニア魔術学校に通うことになるなんてね」

「……うん。私もこんなことになるなんて思ってなかった」


 そう言いながら、トーストに手を伸ばす。

 バターを塗って、スクランブルエッグと一緒に頬張れば香ばしさと優しい甘さが口に広がる。


 スーヴェニア魔術学校は、エリンが住んでいる国──トトウェリアの王立学校だ。

 名前の通り魔術師を養成することを目的とした学校で、レベルは国内でもトップクラス。

 この学校を出た者は将来の成功が確約される、なんて言われるほどの有名校なのだ。


 それに伴って当然学費もかなりお高いのだけれど──なんと、スーヴェニアには特待生制度がある。

 国から「素質あり」と認められると、学費はもちろん制服代や寮費まで全て国が持ってくれるのだ。


 そして私はその特待生として選ばれた。


 中等科学校を卒業したら、適当なところに就職して人並みの生活を送るものだと思っていたのに──とんでもないサプライズだ。


「突然高等学校で寮生活する、なんて言われてびっくりしたけれど……お母さんは応援してるわ」

「……うん、ありがとう。すごい魔術師になるよ」

「ふふ、今から楽しみね」


 母は笑った。嬉しそうだけど、少し不安げだ。


「心配しなくてもいいって、もう十六歳だよ?」

「まだ、十六歳です。……ううん、年齢は関係ない。親って、子供がいくつになっても心配する生き物なの」

「夏休みには帰ってくるから。土産話いっぱい持ってくるよ」

「あら楽しみ。でも、無理はしちゃダメよ」

「うん」


 頷きつつサラダを手早く食べて、最後にミニトマトを頬張った。

 母が家庭菜園で作ったミニトマトは、みずみずしくて美味しい。

 その勢いでヨーグルトも食べ終えてしまう。


「……さて。そろそろお迎えがくる頃かしら」

「あ〜……ほんとだ」


 スーヴェニア魔術学校はわざわざ、生徒が長距離移動をする際には馬車を出してくれる。

 おそらくお偉いさんのご子息を歩かせるわけにはいかない! ということなのだろうけれど、私みたいな学校へ行くのに徒歩でも一時間かからないような土地に住んでいる一般人からすればただの便利な送り迎えだ。

 流石に寮暮らしをするための荷物を全部自分で運ぶのは骨が折れる。


 最後に残ったミルクティーを飲み干した、ちょうどその時。

 リンリン、と呼び鈴が鳴った。


「あら、来たみたいよ。荷物運びなさいエリン」


 母に促されて、私は席を立つ。

 昨日のうちに玄関脇まで出していたらしいトランクを引きずって玄関の扉を開けた。


「どうも、初めまして。王立スーヴェニア魔術学校より遣わされた者です。エリン・シエル様をお迎えに上がりました」


 御者らしき大柄な男性が、ドアの前で私に向かって礼をする。

 白い仮面をかぶっているから表情はわからなかったけれど、その声は優しく、所作は随分丁寧だった。


「エリンは私です」

「では、入学証を拝見」

「これを」


 スーヴェニアから届いた封筒を渡せば、御者は黒い手袋をした指で器用に封筒の中身を確認した。


「ありがとうございます。ご本人様で間違いないようですね」


 恭しい動きで封筒が返却される。


「それでは、こちらへ」


 トランクを軽々と担ぎ上げた御者は、荷物を奥に乗せる。

 そして馬車の扉を押さえて「中へどうぞ」と手で示した。


「はい。……お母さん、行ってきます!」


 母を振り返って手を振れば、母も手を振りかえしてくれる。


 馬車の扉が閉まった。


 窓から見える母は御者になにか言葉を告げると、深々と礼をする。


 ──なんの話をしてるんだろう。


 そんなことを思っていた時だった。


「ねえ、君はエリンっていうの?」


 ころころとした元気な声が聞こえた。


「えっ!?」


 驚いて、馬車の向かいの席を見る。


 そこには燃えるような赤毛が特徴的な少女がいた。

 小柄な体と、まるで他人の服を着ているかのようなぶかぶかの制服が目を引く。

 その上馬車の中だというのにフードをしっかりとかぶっているものだから、ほんのりと怪しさを覚える。


 ……どうやらこの馬車は貸切ではなく乗り合いだったらしい。

 わざわざ気にするほどのことでもないけれど。


 彼女は金色の瞳を煌めかせて、ずいっとこちらに顔を近づけてきた。


「あたし、ミーシャ・ブラウン。スーヴェニアの新一年生」

「わ、私も一年生。エリン・シエル」

「へえ、じゃあ同級生だ! よろしくね」


 ミーシャは愛嬌たっぷりな笑みを浮かべると、手を差し出して握手を求めた。

 それに応じれば、彼女はますます笑顔になる。


「新しい学校、知り合いとか全然いないからさぁ! 友達欲しいんだ」

「私もそう……これからよろしく、ミーシャ」

「よろしく、エリン! 組み分け、一緒になるといいね」

「組み分け?」

「あれ、知らないの? 三つ寮があって、それぞれ適正みたいなのがあるんだって。入学式の日にそれを占ってもらうの」

「へえ……そんなのあるんだ……」


 ──どこかで聞いたことがあるような話だけど……どこで聞いたのやら。


「占いの方法は門外不出なんだってさ。楽しみだね」


 ミーシャはにこにこと笑う。


「そういえば……ミーシャ。聞いてもいい?」

「ん、なぁに?」

「どうして室内なのにフードを?」

「あー……笑わない?」

「え? うん、もちろん」

「これはねぇ……」


 勿体ぶるようにゆっくりと、ミーシャはフードを脱いで見せる。

 そこには──三角形にピンと尖った、猫似の獣耳があった。


「──獣人?」

「あはは〜……そうなんだ。あたし、獣人と人間のハーフなの。実は尻尾もあるよ」

「そうなんだ……」

 獣人自体はこの世界で決して珍しい存在ではない。


 けれど、獣人と人のハーフ……となれば話は別だ。

 そもそも異種族の交わりだからどちらのコミュニティからも排斥されがちだから、愛し合っていても一緒になるカップルが少ない。

 その子供ともあればある程度の偏見は覚悟した上で生きなければならない。


 王立の魔術学校などというお堅い学校の受験に当たっても、少なからずそういった色眼鏡を通して見られてきただろう。

 そんな中で入学する権利を勝ち取ることができたということは、重鎮たちを黙らせる程度には光るものがあったということだ。


「あたしはね、獣人だろうが異種族ハーフだろうがやればできるってことを証明したくてスーヴェニアを受けたの。ギリギリ引っかかってほんとに良かった」


 ミーシャは安堵したような笑みでフードを被り直す。


「ってわけで、絶対成り上がって見せるからさ。よろしくね! エリン」

「ええ、もちろん!」


ケモミミの元気な子が大好きです。

読んでいただきありがとうございます、励みになります!

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