敵に刻め
影喰らいが不気味な唸り声を上げながら、のそのそと俺の方へ向かってくる。
その動きはぎこちなく、まるで糸で操られている人形のようだ。
(……ゾンビみたいな体だからか?)
動きが鈍いとはいえ、奴らの異質さに変わりはない。
腐った体、虚無のような黒い球体の頭部。目も鼻も口もないのに、確かに俺を“見ている”と感じる。
その気配に、全身の毛が逆立つようだった。
――やるしかない。
俺は、先ほど発現させた“記号の力”について考える。
さっき使った「÷」は、空間を捻じ曲げる力だった。
一体を一瞬で弾け飛ばせたが、どうしてそんなことができたのかは分からない。
ただ、俺の頭の中に浮かんだ“記号”が、確かにこの世界で力を持つらしい。
(他にも、何か使える記号はあるのか……?)
考えていると、隣のヴァルゼオンが退屈そうに肩をすくめた。
「……おいおい、考え事は後にしろ。俺まで退屈になる」
次の瞬間、彼は空間を裂くようにして、どでかい大剣を取り出した。
刃渡りは俺の身長を優に超えている。そんなものをどうやって振るうつもりだ?
そう思ったのも束の間、ヴァルゼオンの姿がかき消えた。
「ちょっと肩を貸すぞ」
――違う。
一瞬で影喰らいの懐へと入り込んだのだ。
「ふん――」
軽く振るうだけで、空間が裂けるような音が響く。
ズバ、ズババババ!!
影喰らいの体が縦に切り裂かれ、次々と地面へ崩れ落ちていく。
その光景に、思わず息を呑んだ。
(す、すげえ……)
あんな巨大な剣を、まるで枝でも振るうように扱っている。
こいつ、一体どれほどの強さなんだ?
「朝飯前じゃ、こんなもの」
ヴァルゼオンはつまらなそうに呟く。
だが――
「ギギ……ギャアアア!!」
影喰らいはまだ残っていた。
のそのそと、俺の方へと向かってくる。
(――くそ、やるしかない)
俺は、直感に従い、頭に浮かんだ記号を空間に刻む。
「+」
次の瞬間、体の奥底から力が湧き上がった。
全身の筋肉が一気に活性化し、今まで感じたことのない力が漲る。
(……いける!)
試しに、思いっきり拳を振るった。
ドゴォォン!!!
拳から衝撃波が発生し、影喰らいを吹き飛ばす。
(な、なんだこれ……!?)
信じられないほどのパワーだった。
しかし、その感覚は一瞬で消え去り、もう一度殴ってみても衝撃波は出なかった。
(……なるほど、「+」は一度だけの身体強化か)
「÷」が空間を歪め、「+」が一回きりのパワーアップ。
少しずつ、俺の力の仕組みが分かってきた。
影喰らいはまだ何体か残っている。
なら――
俺は、次の“記号”を刻む。
記号を空間に指で刻んだ。
「−」
すると、影喰らいの一体がもだえ苦しみ、体の輪郭が不規則に揺らぎ始める。まるで存在そのものが削り取られるかのように。
ーーエネルギーの粒子のようなものが空中に舞い、俺の体へと吸収されていった。
(なるほどな……うっすら思ってたが、この記号は算数で使うものが攻撃として機能するらしい)
じゃあ、次はこれだ。
俺は指を宙に滑らせ、力強く新たな記号を刻む。
「×」
瞬間、空間が歪み、影喰らいたちが一斉に警戒するように身をよじる。だが遅い。
「増殖しろ」
俺の言葉とともに、目の前に現れたのは——俺自身。
いや、俺のコピーだ。
「なるほどな……『掛け算』ってわけか」
俺と、もう一人の俺が不敵に笑う。
影喰らいどもが恐怖に震え出すのがわかった。
「さあ、狩りの時間だ」
いつもお読みいただきありがとうございます。皆さまからのブックマークや高評価が、執筆の大きな励みになっています。これからも楽しんでいただけるよう精一杯書いていきますので、引き続き応援よろしくお願いします!