書き記された文字
脳に直接、何かが刻まれる感覚。
それはまるで、誰かが俺の思考に入り込み、強引に“教え込もう”としているかのようだった。
――「フォトン」。
頭の中に、その単語が焼き付く。
これは、この世界における“文字の力”。
そして、俺が刻むべき力の名前。
「フォトンは、お前の力だ」
どこか聞き覚えのある男の声が、頭の奥で響いた。
だが、それが誰のものなのかは思い出せない。
まるで俺の記憶の一部だけが引き剥がされたかのような、そんな感覚だった。
――だが、今はそんなことを考えている場合ではない。
「おい、新入り。悠長に考え込んでいる暇はなさそうだぞ」
ヴァルゼオンが俺をじっと見つめながら、わずかに口元を吊り上げる。
「……ん?」
その意味を理解する前に、不快な鳴き声が耳をつんざいた。
「ギャャー……ギギ……ギギギ……」
耳障りなノイズのような叫び。
反射的に視線を向けると、数体の異形が這うようにしてこちらへと迫ってきていた。
――動物か?いや、違う……。
その体はゾンビのように腐り果て、頭部は黒い球体に覆われている。
まるで虚無の塊のように、そこには目も鼻も口もない。ただただ、暗黒に満ちた球体が宙に浮いているかのようだった。
「……なんだ、あれは?」
「“影喰らい”だ。雑魚だが、初心者にはちょうどいい試金石だな」
ヴァルゼオンは軽く肩をすくめ、余裕の表情を浮かべる。
――試金石?冗談じゃない。
俺はつい数時間前まで普通の社会人だったんだぞ。
「さて……出番だ」
「は?」
言うが早いか、ヴァルゼオンは俺の腕を強く掴み、前へと突き出した。
「ちょっ、待て!!」
だが、俺の抗議など意に介さず、脳内に再び“それ”が刻まれる。
――来る。
意識の奥底から、言葉ではない、だが確かに何かの意味を持った“象徴”が浮かび上がってきた。
それは……まるで記号のようなものだった。
「÷÷÷」
「……な、なんだこれ……?」
無意識のうちに、俺の手が地面へと伸びる。
そして、目の前の空間に、俺は刻むようにしてその記号を書き記した。
次の瞬間――
ドグゥゥゥゥン!!!
鈍い破裂音とともに、影喰らいの一体の頭部が歪んだ。
まるで空間そのものがねじ曲がるように、黒い球体が内部から圧縮され、限界を超えた瞬間――
弾け飛んだ。
「な……!」
俺自身が驚いた。
何が起こったのか、理解が追いつかない。
だが、確かに俺の手で“何か”が起こったのは間違いない。
「ほう……なるほど。文字による力の発現、か」
ヴァルゼオンが興味深そうに俺を見つめる。
その目には、どこか懐かしむような光が宿っていた。
「どうやら、お前は文字を刻むことで“力”を生み出す存在のようだな」
「力……?」
「おそらく、その“フォトン”とやらは、お前自身の概念によって形を成すものなのだろう。そして、今のお前に刻めるのは、たった三文字――それが今のお前の“制約”というわけだ」
三文字の制約。
――つまり、俺の持つ力は、今のところ三つの記号しか使えないということか。
「制約があるということは、逆に言えば、それを超えれば更なる可能性があるということでもある」
ヴァルゼオンは淡々と告げる。
「……どうする?このまま、この力を放棄するか?」
俺は、ゆっくりと拳を握り締めた。
三文字でも、俺は“敵”を消し去ることができた。
ならば――
「……やるしかねぇだろ」
影喰らいはまだ数体残っている。
なら、俺は――
“書き記し、刻む”。