ほんの少しの改変
「シュレ、実際にスキルを使ってみたいんだが」
「はいです! まずはアズールの今なお進行している物語を知る必要がありますね。そのために、この部屋があるのです。『アズールのログ』と念じれば、アズールの物語の進行が見えるでしょう」
「そうか、わかった」
(アズールのログ)
──すると
『ブォン』
重低音とともに、俺の目の前に黒いホログラムのボードが浮かび上がった。サイズは縦横1メートルほど。黒曜石のように艶めく表面には、白い光で文字が刻まれている。
(おお……)
無意識に手を伸ばし、指先でボードを軽くスライドさせる。まるでスマホの画面のようにページが流れ、過去の記録が遡れることが分かった。
どうやら、最新の出来事が一番上に記され、下にスクロールすることでより古い情報へと遡れる仕組みらしい。
「ふーん、なるほどね。……にしても、この文字、普通に読めるな」
「それは、ご主人様が持つフォトン文字のスキルのおかげですね!」
俺はしばらく黒いボードを見つめながら、ふと気づいたことを口にする。
「思ったんだけど、これ、毎秒ごとに更新されるわけじゃないんだな」
「当然です。これは単なる記録ではなく、アズールの”運命”そのものですから」
シュレは腕を組み、どこか誇らしげに言う。
「もし、これが絶えず変化し続けるのなら、この世界もまた、その都度調整を余儀なくされるでしょう。住人、魔物、あらゆる生き物や事象が変化し、それによって紡がれる物語も変わる。……だからこそ、簡単には更新されないのです」
「なるほどな……」
俺は再びボードに目を向け、最新の記述を読んでみる。
≪アズール暦:2856年 闇の者現る。歴史は繰り返されるのか?≫
(疑問形……? “繰り返される”ってことは、おそらく前回のブラックアウトと関係があるのか……?)
「なあ、シュレ、この”歴史は繰り返されるのか?“って部分、どういうことなんだ?」
「にゃ、私の考えでは、まだ断定できる段階ではないからこそ、このように記述されているのではないでしょうか」
「……なるほど」
俺はしばし考え込む。なら、これはまだ”確定”した未来ではない、ということか?
試しに、ボードに直接触れて何かを書き込んでみようとした瞬間──
──バチッ!
「っ!」
軽い電撃のような衝撃が指先に走った。同時に、ボード上に赤い警告文字が浮かび上がる。
『制限されています』
「マジか……スキル持ってるのに書き込めないのかよ」
すると、シュレが少し申し訳なさそうに言った。
「にゃ、これはまだご主人様が”認められていない”からです。制限の解除には、ある条件を満たす必要があります」
「え? 誰に認められればいいんだ?」
シュレが何か言おうとしたその瞬間──
「────… …です。」
突然、シュレの声がノイズ混じりになり、彼女の周囲に淡いモヤが立ち込めた。
「……な、なんて言ったんだ?」
この現象……あの時、“アレ”と会ったときに感じたノイズに似ている。いや、それ以上に強い拒絶反応のようなものを感じる。まるで、“今はまだ知るべきではない”とでも言われているかのようだ。
シュレ自身も困惑した様子で、自分の口元に手を当てている。
(……どうやら、今の段階ではこれ以上の情報を得るのは難しそうだな)
「まあ……とりあえず、制限が解除されるまでは執筆はできないってことか」
「いえ、そういうわけではありません。このアズールの運命全体を書き換えるには莫大なエネルギーが必要になりますが、“特定の事象”ならば、書き加えたり削除したりすることは可能です」
「なんだよ、できるじゃん」
どうやって書き込めるのか試してみるか……。
俺は直感的に「フリボード」と念じた。
『ブォン』
『執筆スキル使用可能文字数:30文字』
※レベル、称号に応じて文字数の増加
「おお、ちゃんと出てきたな……」
どうやら、リアルタイムの戦闘時に使う”記号3文字”のものとは別に、“物語の進行”に関わる書き込みができるみたいだな。
とはいえ……何を書けばいいんだ?
試しに、こう書いてみる。
≪シュレが何もないところで転ぶ≫
『ブォン』
「にゃ? にゃーー!」
──ドスンッ!
目の前で、シュレが突然バランスを崩し、無様に転がった。
「お前、何やってんの?」
「ご主人様、ひどいです!!」
「悪い悪い」
俺はポーズをとって軽く謝る。
ふと黒いボードの右隅に(・・・)のような記号が表示されていることに気づいた。試しに押してみる。
すると、ホーム画面のようなものが表示された。
『人物』『魔物』『事象』
大きく三つのカテゴリに分かれているようだ。
試しに『人物』をタップするとーー
画面いっぱいに、膨大な数の名前が一覧で表示された。
「なんだよ、これ……」
直感的に分かる。どうやら、一度俺が認識した対象なら、念じるだけで即座に選択できるらしい。逆に、知らない対象は無数のリストの中から探し出し、執筆しなければならないってことか。
「やべえな……。ちなみにシュレのログは?」
ん? これ、ログだけじゃなく、“人物のステータス”も見れるのか……?
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