スリスキル 〜 5cmのテレポートから始まる苦悩の日々
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プロローグ
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とある国のカノープス領の領都カノープスにて、大人に手を引かれた子供が二人、キャッキャと話しながら歩いている。
向かう先は神殿。
この子供たちの話題の中心は、これから行われる儀式のこと。
「なぁ、ゼン。お前、どんなスキルが欲しい?」
幼馴染みのヨナが、僕に話しかけてきた。
「そりゃ、英雄になれるニーケ様のやつがいいに決まってるだろ」
僕は答える。
「まぁ、4男だし、身を立てないとな」
当然の事だとばかりに、ヨナがいう。
「で、ヨナ。お前は?」
僕はそう聞く。
「僕か? 僕だって英雄になれるやつが良いに決まってるさ。剣一本で英雄になるんだ!」
ヨナが、元気良く答える。
この二人は、10歳になると執り行われる『授与の儀』という儀式を受けるため、神殿に向かって歩いている。
この儀式では、神様たちのうちの一柱が、10歳のお祝いにと守護を与え、その証しにスキルを一つ授かるのだ。
例えば英雄になるなら、勝利の女神ニーケ様、音楽家になるなら竪琴の名手のアポローン様、狩人になるなら弓矢の達人のアルテーミス様が守護を与える。
だが、世界には色々な神様がいる。
中には忌むべき神もいれば、忌むべきスキルもある。
だが、これはあくまでお祝いだ。
忌むべき神からの守護やスキルは、そう授かるものではない。
「神様は、ゼンもヨナもいい子だって知ってるはずよ。だから、二人とも良いスキルを授けてもらえるに違いないわ」
僕の姥の リーネがいう。
こういう時、通常は親が付き添うものなのだが、ゼンの親は仕事が忙しい。
代わりに、リーネが付き添っているのだ。
僕は、自信たっぷりに、こう返事をした。
「そうに決まってる!」
ヨナの母が二人を見て、笑顔でいう。
「そうね」
みんな、希望にあふれた笑顔で神殿に向かって歩いていった。
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第一章 神様がくれたスキル
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神殿に着き、順番待ちをする。
小さい子供たちは好奇心旺盛で、じっとなんてしていられない。
だが、この日ばかりは、みんないい子で待っている。
──ここで騒いで、神様に悪い子だと思われては大変だ。
子供たちは、みんなそう思っている。
なにせ、大人から礼拝の度に、『神様は、神殿で騒ぐ悪い子をしっかり覚えているからね』といわれ続けてきたからだ。
一人、また一人とスキルを授かっていく。
望むスキル、望まないスキル。
喜ぶ者、泣き出す者。
「ヘルメース様。交渉!」
神官様が告げる。
あいつは確か、商家の倅。実家が継げると、大喜び。
あいつの両親、大満足。
「ヘパイトス様。鋳造!」
彼女は確か、鍛冶屋の娘。こんなスキルと嘆いている。
彼女の親も、微妙な表情。
家業を継がせる気は、なかったようだ。
ゼンの前、ヨナの番となる。
「マルス様。剣術!」
ヨナ、剣術が出たことに大喜び。英雄とは行かないが、十分食べていけそうだ。
一方、ヨナの母は困り顔。
剣を扱う職業は、よく早死するからだ。
心配で仕方がないに違いない。
そしていよいよ、ゼンの番。
ヨナも希望するスキルに近いものを授かったのだ。
自分もそうに違いない。
そう考えると、ゼンの胸がドキドキと高鳴っていく。
啓示を受けた神官様が、動揺を始める。
──困るほどのスキルなのか?
ゼンの顔がほころぶ。
神官様が、先程とは違う仕草をする。
そして、深呼吸の後……。
「メルクルス様。ス……、スリ!」
会場に、ざわめきが起きる。
ゼンの表情も、固まる。
──犯罪スキルじゃないか!!!
もちろん、犯罪スキルが出たからといって、全員が犯罪者になると決まったわけではない。
だが、そうなる者が多いのだ。早速、ガタイの良い衛兵がやってきた。
「お前は不本意だろうがな。同行してもらうぞ」
威圧しながら、そう告げる。
「何もしてないぞ?」
「ああ。だが、犯罪に直結するスキルが出た場合、詳細な能力を調べ上げるのが決まりだからな。悪く思うなよ」
横目でリーネの方を見ると、眉間に皺を寄せて神殿を後にしていた。
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第二章 取り調べ
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衛兵に連れられたゼンが、大きな帽子を被った神官のいる部屋に移動する。
神官の前には、大きな机。
その机の中央には、ゼンが見たこともない形をした天秤が置いてある。
普通の天秤は、柄の両側に一つずつ皿が吊り下げられている。
だが、この天秤、柄が螺旋状に並んでいる。
それだけではない、普通の天秤であれば、柄の先にぶら下がっている皿は1枚だ。だが、この天秤の場合、1枚ではなく、2枚、3枚とぶら下がっているもの、ぶら下がった先に別の天秤がぶら下がっているものと、本当に多種多様だ。どうやったら全ての柄が釣り合うのか、想像もつかない。
そして、天秤の柱を支える足もいびつ。
円形ではなく、ゼンと神官の座る両側に楕円形に伸びていた。
衛兵が、ゼンの側に伸びた天秤の足を指差し、大きな声で命令する。
「そこの椅子に座って、ここに手を置け!」
筋骨隆々の大人が命令するのだ。
10歳になったばかりのゼンが恐怖を感じるのは、仕方のないことだろう。
少し震えながら手を置くゼン。
神官が、あちらに伸びた天秤の足に右手を置き、左手で、天秤の皿に分銅を置き始める。
色々と微調整していくと、それぞれの柄が釣り合っていく。
「なるほど、なるほど。これは、テレポートの一種だな」
神官が、帳面に何かを書き込んでいく。
「これはな。お前が罪を犯した時、そうだと判るようにするための帳面だ」
神官がゼンに釘を刺しながら、ニタっと気持ち悪い笑みを浮かべる。
この神官にとって、ゼンは既に犯罪者予備軍というわけだ。
「これから、細かな確認をするからな」
そういった神官は、積み木のようなものを出してきた。
スキルの発動方法は、能力を授かった時、なんとなく頭に浮かぶ。
神官が、色々と材質や大きさを変えながら、ゼンに能力を使わせていった。
ゼンに発現した能力は、やはりテレポート。
だが、約5cm離れたところにある物しか、取り寄せられない。
また、テレポートさせられる物も、大きくはない。
せいぜい、縦横高さが各3cm程度の立方体まで。
その立方体からはみ出す場合は、取り寄せることができない。
これならば、盗める物などほとんどない。
ゼン、ほっと一安心。
だが、神官はそのようには考えていなかった。
スキルの調査が進んでいく。
まず、テレポートできる対象は、全体の形さえ認識ができていれば、直接見えていなくても可能と判明。
神官、『財布の中に小銭をしまうところを見ていれば、その小銭を抜き取ることが可能』と記載する。
次に、紙の箱、木の箱、鉄の箱と、色々な素材でできた箱が並ぶ。
この箱から、物を取り出せるかの試験なのだそうだ。
試験の結果、どの素材であろうとも、難なく中の物をテレポートすることができた。
神官、『あらゆる金庫から盗みが可能』と記載する。
この神官が扱える一番強い結界を張った後、この中から取り出すようにと指示が出る。
結果、これもテレポートができた。
神官、『中程度の結界からの盗みが可能。それ以上の結界からも盗み出せる可能性あり』と記載する。
また、色々な重さの玉が準備される。
もちろん、全ての玉をテレポートすることができた。
神官、『アダマンタイトのような重い金属ですら、盗み出すことが可能』と記載する。
「そうか。そうか」
そう呟いた神官は、特記事項の欄に『あらゆる指輪やアクセサリーを盗み出すポテンシャルあり』と、但し書きをした。
完全に、罪を犯す前提での取り調べが行われていく。
しばらくして、ゼンの魔力が常人よりも多い事が判明する。
普通ならば喜ぶべき事なのだが、神官の顔が徐々に辛そうになっていく。
神官、『小さな物を、いくらでも盗み出す事が可能』と記載する。
普通は途中で魔力切れになるため、検査には数日かかる。
だが、ゼンの調査は1日で調査が終了する。
「ようやく終わったか」
神官は疲れた表情で、そういった。
リーネは先に帰ったので、ゼンは、一人ぼっちで家に帰る。
とぼとぼと歩く、ゼン。
──僕はこんな能力、望んでない! 僕が望んだのは、ヨナの剣術とかなのに!
ゼン、少し神様を恨む。
この能力が育てば、スリをするにはもってこいに違いない。
だが、ゼンの頭にはスリになる予定など、欠片もない。
ゼン、足取りが重い。
家に帰り、居間の扉を開ける。
そこには、本来あるべきはずの『授与の儀』のお祝いのごちそうはなかった。
その代わりにあったのは、家族の冷たい視線だ。
ゼンは、家族にも裏切られた気がした。
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第三章 家族
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さて、ここでゼンの家族構成を説明しておく。
ゼンの父は、先に紹介したとおり準男爵だ。家名をミザールという。
だが、この爵位はただの爵位ではない。
父の生家は、代々衛兵だ。
その縁で、父はデネボラ男爵家に仕えることになる。
そこでとある事件に巻き込まれた父は、偶然にも第2王子を助けたのだそうだ。
それを感謝した王は、父を王宮に招き、直々に爵位を与えたのだという。
だが、父が仕えているのは男爵家。男爵に準男爵が勤めるというのは、バランスが悪い。
そこで、この男爵家の寄り親であったカノープス公爵家に仕える事になったという。
このカノープス公爵が治めるカノープス領は、父が男爵の護衛で何度も訪れたことがあった。
ゼンの父と母が知り合ったのもこの土地だったため、その申し出を喜んで受けたのだという。
次にゼンの母なのだが、母はカノープス領の出身だ。
なんでも、父が男爵の護衛でカノープス領に来た時、お互いに一目惚れしたのだそうだ。
準男爵が見初めたというのであれば、多少の身分差にまつわるラブストーリーもありそうなものだが、ゼンの母曰く、『そういったものは一切なかった』のだそうだ。
当時のゼンの父はまだ普通の平民で、特に活躍したわけでもなく、顔も平凡。特にモテる要素もなかったからだという。
そして、母の方も多少器量は良かったが、実家は貧乏で持参金が期待できなかったそうだ。
こういう家には、縁談の話は上がりにくい。
こんな二人だから、周囲からは何の反対の声も上がらなかったという。
なお、父はどうしても母と結婚したかったらしく、母の両親に持参金不要と伝えたそうだ。
結果、母の両親は二つ返事で嫁に出したのだとか。
次は、ゼンの兄弟について紹介する。
ゼンには、兄が三人と妹が一人いる。
一番上の兄が17歳でテリー、次の兄が15歳でイプスという。
テリーは高等学校の学生で官僚を目指しており、イプスは中等学校の生徒で騎士を目指している。
この二人、今は王都にある父の実家から学校に通っている。
元々は、一番上のテリーが実家の衛兵の株を受け継ぐはずだったのだが、こちらはどうも、剣も槍も腕が今ひとつ。
仕方がないので、筋が良かった二番目のイプスにお鉢が回ってきたというわけだ。
だが、だからといってテリーを辞めさせるのは体裁が悪い。
本来は余裕はないのだが、無理をして二人を王都の学校に通わせている状態だという。
なお、テリーは毎週両親に手紙を書く豆な性格だが、イプスは毎日外で体を鍛えている脳筋派だ。
すぐ上の兄は、12歳でペータという。
こちらは平民と一緒に、地元の初等学校に通っている。
ガキ大将気質で、子分をまとめていたずらを仕掛けては、大人たちを困らせている。
だが、統率力があるという事で、何気に期待する大人もいるのだそうだ。
最後、妹はアンナという。二つ下の8歳だ。
彼女はまだ、学校に通う年齢ではない。
一番下だから、妹も地元の学校なのだろうと思いしや、どうも、両親は王都の学校に通わせようと考えているようだ。
下級でもいいから、貴族と知り合って結婚させたいと望んでいるからだ。
なお、初等学校は10歳から、中等学校は13歳から、高等学校は16歳から各3年間通うことになっている。
2年後には、一番上の兄が学校を卒業するので、金銭的になんとかなるのだそうだ。
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第四章 冒険者ギルド
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さて、普通、貴族の子供は10歳になりスキルを得た後は、学校に通うものである。
当然、ゼンもそうなるはずだったのだが、このスキルのせいで事情が変わる。
父が、犯罪スキル持ちは家の恥だといって、ゼンを学校に通わせない事に決めてしまったのだ。
学校に行かないのであれば、日がな一日遊べるかというと、そういうわけではない。
むしろ、遊んでいる時間はない。
「食費くらいは自分で稼げ」
ゼンの父がそういったからだ。
もし逆らえば、家を追い出すという。
世の中、金だ。世知辛い。
最初は、町一番の冒険者ギルドに行き、入れてくれないかとお願いした。
最初は愛想良く面接してくれていたのだが、途中、誰かが部屋に入ってきた後から態度が変わる。
理由は教えてくれなかったが、やんわりと追い出されてしまった。
二軒目の冒険者ギルドでも、同様に追い出される。
めげずに三軒目。
今度は名前を聞いた瞬間にお断りされてしまった。
理由を聞くと、ここの人は教えてくれた。
「犯罪スキル持ちのゼンという少年が、ギルドに潜り込もうとしているとタレコミがあったんだよ」
そういう事らしい。
「僕は犯罪者になる予定もないからな!」
ゼンは、そう文句をいってギルドを後にした。
何件か冒険者ギルドを回る。
夕方まで回ったが、結局ゼンを雇ってくれる冒険者ギルドはなかった。
翌日の夕方、今日も駄目かとゼンは町の壁沿いの寂れたところを歩いていた。
そこで、古くて小さな建物を見つける。石でもレンガもなく、木でできた建物だ。
そこから、何人かの武装した人たちが出てくる。
──ひょっとして、ここも冒険者ギルドなのか?
ゼンは、半信半疑でその建物の中に入った。
カウンターには、若いお姉さんが立っている。
「ここは、冒険者ギルドか?」
ゼンが、質問する。
「ええ」
カウンターのお姉さんが返事をする。
「これから、僕は冒険者になって稼ぎたいんだ。だけど、神殿で犯罪スキルの宣告を受けたせいで、どこにも入れてもらえない。ここも、他と一緒か?」
すると、カウンターのお姉さんは、一瞬だけ眉根を寄せたが、すぐに表情を戻しこういった。
「罪を犯してないなら、問題ないわよ」
ゼン、涙する。酷い言葉をかけてくる人たちもいたからだ。
「なら、登録を頼む」
ゼン、冒険者ギルドへの登録が許される。
カウンターのお姉さんが、本来であれば学校に通う年齢なのだからと、色々と親切に教えてくれる。
ゼンの話を聞いて、契約書に署名するよう指示をする。
『代筆しようか?』とも聞かれたが、格好を付けて自分で書く事にした。
「ゼン君は、自分の名前が書けるのね。偉いわ」
ゼン、目論見どおり受付のお姉さんに褒められて、少し嬉しくなる。
もっとも、学校にも通っていないゼンに書けるのは、自分の名前くらいなのだが。
なお、このお姉さん、名前は悪用されないためにも秘密なのだそうだ。
登録終了後、早速依頼を探す。
文字はほとんど読めないので、依頼書の絵を見て内容を推測する。
最初は、街の中の仕事か、街の近くで採れる薬草や木の実の採取しか受けられない。
討伐依頼もあるが、これは試験に合格しないと受けられないとのこと。
また、試験に合格したとしても、初心者単独で行くのはお勧めしていないと、カウンターのお姉さんは教えてくれた。
討伐系は達成すれば金額は大きいが、命の危険も大きいからなのだとか。
一まず、草むしりの依頼を受けてみる。
先方宅に出向き、ギルドから来た旨を伝える。
庭を見ると、結構な広さがある。
ゼンは、数日かかることを覚悟した。
なかなか抜けない草に、悪戦苦闘する。
ふと、スリスキルを使ってみる。
テレポート。
結果、1cmくらいまでだが、小さな草を抜く事はできた。
だが、これでは焼け石に水。
あと、同じ小さな草でも根が深いものがあるらしく、抜けないものもある。
おかげで、草取りは一向に進まなかった。
それから3日後、ようやく草を抜き終える。
家主に報告すると、大きな声で怒鳴られた。
「何だ、この仕事は! ここも、ここも、ここも、ここも、ここも! 草だらけじゃないか!」
家主が新たに生えてきた草を見つけ、ゼンに手抜きしただろうと文句を付けてきたのだ。
「これだから、犯罪スキル持ちは駄目なんだ! 嘘吐きめ!」
心無い言葉が、投げつけられる。
どうやら、ここの家主。ゼンの素性を調べていたらしい。
「嘘は吐いていません! 元は、あんなに草ぼうぼうだったじゃありませんか! それと、スキルは関係ありません!」
そう反論したのだが、のれんに腕押し。取り付く島もない。
「やかましい! 目の前の草が全てだ!」
そう怒鳴って、受け入れてもらえなかった。
ゼン、渋々作業再開。
根気よく、新たに生えた小さな草を抜いていく。
だが、朝になれば彼方此方から生えてくるのが、草というもの。
結局、ゼンが全部抜ききったのは更に5日後の昼下がりだった。
もちろん、今回は小さな芽一つ残っていない。
家主に報告し、仕事が遅いと文句をいわれたが、渋々OKのサインを頂いた。
ギルドに戻り、終了報告。
だが、無情にも作業期間は1週間。初めての依頼は失敗となっていた。
事情を説明したが、聞く耳を持ってもらえない。
ただし、終了のサインはもらっているので、半額ではあるが仕事料をもらう事ができた。
そのお金を家に入れると、ペータ兄から『はした金だ』と鼻で笑われた。
これだけ苦労して、ふんだりけったりとはこの事だ。
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第五章 溝掃除
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翌日、またギルドに出かける。
残っていたのは、溝掃除と薬草採取。
ただ、薬草採取には専門知識が必要で、初等学校を出ていないと受けられないらしい。
仕方なく、溝掃除の方を受ける事にする。
掃除する対象の溝は、長さが約100m。期間は、子供であることを加味してくれて2週間。
シャベルで溝から泥を掻き出し、それを町の外の泥捨て場まで運ぶ。
見つけた落とし物は、街の衛兵に届ける。
12日目、腕がパンパンになりながらも、ようやく作業が終わる。
衛兵に落とし物を届けに詰め所に行くと、そこには、何やら騒いでいるおっさんがいた。
「俺の財布、すられたんだ! あの中には、大銀貨が3枚も入っていたんだ! 頼むよ!」
ゼンはそれを横目に、大きめの財布を出して、落とし物だと伝える。
すると、そのおっさん、大きな声でこういった。
「この財布だ!」
ゼンは、
「おっさん、見つかって良かったね」
と声をかけたのだが、男の顔色が変わる。
ゼンから財布をひったくり、中身を確認。
「空じゃねぇか! 財布だけ帰ってきても、意味ないだろうが!」
本職のスリがスった後、中身を抜いて溝に捨てたのだろう。
子供でも分かる。
だが、このおっさん、とんでもない事をいいだした。
「こいつ、知ってるぞ! スリのスキル持ちのガキじゃねぇか! スキルを使って盗んだろ! 子供と思って、見逃してもらえると思うなよ!」
そういって、ゼンを蹴り飛ばし、殴りかかろうとしてきた。
これを衛兵が止め、ゼンの名前を確認する。
「僕は、ゼンです。確かにスリのスキルは持っていますが、決して盗みなどやっていません!」
衛兵が怪訝な顔に変わり、ゼンの名前を呟きながら何やら見覚えのある帳面をめくり始める。
恐らく、神殿で見た犯罪者予備軍のスキルをまとめた帳面の写本に違いない。
これを確認した後、衛兵までゼンがスキルで盗んだのだろうと決めつけた。
そのおっさん、ゼンの所属する冒険者ギルドまで連れて行けといいだした。
だが、ゼンに疚しい事は一切ない。
ゼンは衛兵にも事情を説明するように話して、ついてきてもらう事となった。
受付のお姉さんと、衛兵が話をする。
すると受付のお姉さん、ペコペコと頭を下げ始め、いそいそと奥に下がっていった。
そして、また出てきたかと思うと、おっさんに小袋を渡し、また頭を下げる。
「なんで、こんなやつに金を渡してるのさ!」
ゼンは、そう主張したのだが、受付のお姉さん、
「あなたがやったんでしょ?」
冷たい目で怒られた。
こうしてゼンは、何もしていないのに罪を犯したということで、ギルドも首となった。
今回の仕事でゼンが得たものは、前科1犯。当然、収入はゼロ。更に、首のおまけ付き。
溝掃除は完遂していたが、タダ働きとなった。
家で事情を説明したのだが、当然のように信じてもらえない。
二度とするなと大目玉を食らった。
理不尽というのは、こういう事をいうのだろう。
この事件の後、子の不始末だからと父はギルドに迷惑料を払ったのだそうだ。
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第六章 奴隷落ち
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翌日、衛兵が家までやって来た。
ゼンには何の説明もなく、そのまま連行。
詰め所に連れて行かれる。
そこには、ゼンが掃除をしていた溝の近所に住んでいるというご老人が待っていた。
老人が、怒気をはらんだ優しい口調で話す。
「先日、商会の金庫の鍵をなくしたのじゃがな。合い鍵を使って開けたら、金が失くなっていたのじゃよ」
もちろん、ゼンは鍵なんて知らない。
「一緒に、お菓子も失くなっていたのじゃがな。小僧、我慢できなかったんじゃろう?」
迫力のある優しい声で、問い詰めてくる。
「何の話ですか?」
ゼンはわけが解らずそう聞き返したのだが、その声は誰にも聞いてもらえない。
「とぼけても無駄じゃよ。家に入るのを見たやつがおってな。消えたのは、お菓子と白金貨11枚。お菓子は別にやっても良いのじゃがな。金はいかん。どこに隠したのじゃ?」
ゼンは見たこともないが、白金貨1枚で小銅貨100万枚分もの価値があるのだという。
どこに隠したのかと、散々詰め寄られてもゼンは身に覚えがない。
結果、10歳にして牢に入れられる羽目となった。
子供には厳しい拷問が、深夜に及ぶ。
ゼンが眠くて船を漕いだのを見た拷問官、罪を認めて頷いたと判断してしまった。
これにより、ゼンは犯罪者と確定。盗んだ金額が大きいため、奴隷となることが決定する。
自動的に、家からも追放となった。
後で牢の番人から聞いたのだが、この件によって領主は父を副隊長から解任。準男爵の地位も剥奪してしまったらしい。
スキルが判明した後、ゼンをまるで犯罪者を見るような目で見てきた家族。
ゼン、ざまぁと思う半面、こんなスキルがなければ、今も平和に暮らしていたはずなのにと考え、やるせなくなる。そして、ゼンは神様に『どうしてこんなスキルを寄こしたのか』と、詰め寄りたい気分になった。
犯罪奴隷の証し、スキル封印の腕輪。
それをゼンの腕に付け、また牢に入れられる。
こんな便利な腕輪があるのであれば、始めから付けてくれれば良かったのにと、ゼンは恨み言をこぼした。
ちなみにこの腕輪、ゼンを買った人が許可すれば、一定時間だけスキルが使えるようになるのだそうだ。
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第七章 トライフル
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それから1週間後、ゼンはある冒険者パーティーに買われた。
その名を、トライフルという。
剣士2名、盾3名、補助魔法師1名、攻撃魔法師2名と雑用を行う奴隷4名からなるパーティーだ。
そのパーティー、ゼンのテレポートのスキルが色々と役に立つと踏んで、購入を決めたらしい。
「こんなガキが、白金貨ねぇ。絶対、冤罪だろう」
そう笑ったのは、ゼンを買ったパーティーのリーダー、オクタスだ。
「大体、その金。まだ見つかってないんだろ?」
そういってくれたのは、盾職のグルカン。
「こいつの親、準男爵だったんだろ? 大方、貴族同士のいざこざが原因じゃないか?」
そういったのは、同じく盾職のデカンズだ。
どうやら、ここにはゼンの味方になってくれる人が、沢山いるようだ。
少し、安心する。
早速ゼンは、そのパーティーと一緒に、森の中を進んでいた。
ゼンのスキルが有効活用できる依頼があったからだ。
それは、この森に咲く、とある花の雌しべを採取するというもの。
一見、ゼンとは関係ないように見えるこの依頼。
だが、この花の花粉には猛毒があるため、直接触る事ができないらしいのだ。
しかも、この花の蜜には物を溶かしてしまう効果まであるとのこと。
手袋を付けて採取するのが定石なのだが、手早く済ませないと、手袋に穴が空いて毒状態になるのだという。
そこで、ゼンのスキルの出番というわけだ。
雌しべをちょん切った後、瓶の中にテレポートさせてしまえば依頼完了という目論見だ。
聞いたままであれば、確かにゼンにはもってこいの仕事のようだ。
道中、話を聞いたのだが、その花の雌しべは、高圧下で熱を加える事で、かなり効き目の高い薬の材料に変わるのだそうだ。
森の奥に着き、その花を見つける。
リーダーのオクタスに、スキルを開放してもらう。
うっかり花粉を吸い込めば、大惨事となる。
風向きを確認し、慎重に近づいていく。
オクタスが、まずは花の下の方をハサミでちょん切り、すぐに飛び退く。
花粉も一緒に飛んでいるはずなので、しばらく落ち着くのを待つ。
そして、今度はゼンが近づき、地面に落ちた雌しべを瓶の中にテレポートさせる。
これを地道に30回。これで依頼の品の採取が終わる。
後は冒険者ギルドに届ければ、依頼終了だ。
以前、ゼンが所属していたギルドに到着する。
受付嬢が、汚物でも見るかのような目でゼンを見てきた。
偶然にも、トライフルが所属しているギルドもここだったのだ。
盾職のデカンズが、どうしてそのような目で見るのかと事情を聞く。
受付嬢は、ゼンがスキルを使って盗みを働いた事を説明し、そのせいで減給になったと眉間に皺を寄せながら答えた。
だが、デカンズは首を傾げた。
「その財布、そんなに小さかったのか?」
「え?」
受付嬢が首を捻る。
デカンズが、ゼンのスキルでは縦横高さ各3cm程度の大きさの物までしかテレポートできない事を説明してくれた。
受付嬢、顔が青くなる。
自分のミスに気がついたらしい。
「いや、だって。衛兵が盗んだっていったのよ? そんなの、誰だって信じるじゃない……」
受付嬢は、衛兵に苦情を上げてくれると約束してくれた。
しかも、ギルド長にも話を通し、ギルドとして正式に抗議する事を約束してくれた。
これで、前科のうち1犯は再審議となりそうだ。
受付譲とデカンズ、あとはゼンの3人で、衛兵の詰め所に行く。
前の衛兵は非番のようで、別の衛兵が対応してくれた。
受付嬢が、ギルドからの手紙を渡しながら、デカンズが指摘した事を説明した。
そして、ゼンの前科を消すようにといってくれた。
だが、それだけではない。
どうも、ゼンの事を引き合いに出して、犯罪者を出したギルドだからという理由で回してもらえる依頼が減っていたらしいのだ。
しかも、指名依頼を除けば、安い依頼しか回って来なかったとのこと。
どうりで、真剣に抗議してくれるわけだ。
話を聞いた詰め所の衛兵が、例の帳面を確認する。
すると、衛兵の顔が青くなっていった。
そして、少し待つようにといって、慌てて外に駆け出した。
しばらくして、衛兵が上役を連れて戻ってくる。
デカンズが、ギルドが正式に抗議したから出張ってきたのだろうと、小声で教えてくれた。
改めて事情を聞き、上役も帳面を確認、非を認める。
ゼンも、財布も鍵も大きすぎてテレポートできないと主張する。
上役は、後日、正式に伝えるといって、慌てて出ていった。
残されたゼンたちは、一旦解散となる。
受付譲と別れ、デカンズの部屋に厄介になる。
質素だが飯を食べさせてもらい、床で眠る。
ちなみに、ゼンが床に寝ているのは、ゼンがスリスキル持ちだからではない。
最初はデカンズと同じベッドに寝ていたのだが、デカンズの寝相があまりに酷いため、自主的に移動したのだ。
翌朝、デカンズがゼンに謝ったのは、いうまでもない。
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第八章 ゼンのレベル
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朝、デカンズが、『やっちまったかも知れない』といいだした。
何をやったのだろうかと聞くと、ゼンのレベルを上げないようにすべきだったといいだしたのだ。
ゼンには、どうしてなのか解らなかったので理由を聞いたところ、デカンズはゼンにも判るように説明してくれた。
それは、スキルによっても違うのだが、レベルが上がると、スキルも成長するからなのだそうだ。
仮にゼンのスキルが成長していて、財布や鍵が入る大きさになっていたら、無罪が証明できなくなるのだそうだ。
ゼン、血の気が失せるのを感じる。
事情が事情なだけに、リーダーのオクタスと相談し、テレポートできる大きさを確認する事となった。
早速、神殿に行き、改めてスキルの確認をしてもらう。
神殿の人から、こんなに短時間で成長しないと呆れられたが、こちらは犯罪者か否かがかかっている。
再計測してもらい、テレポートできる大きさが以前と変わっていない事を確認してもらった。
これで一安心。
出会って間もないというのに、パーティーメンバーも、みんな喜んでくれた。
デカンズが念を押し、帳面にしっかりと記載してもらった。
証拠ができたので、活動を再開する。
仕事は、主に水を配る係。
実は、前のような依頼でもない限り、ゼンが活躍できる場はない。
だが、採取や簡単な狩りでもレベルを上げることはできる。
ゼンは何ヶ月もかけて、少しずつレベルを上げていった。
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第九章 待っていた
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数ヶ月が経ったが、何の音沙汰もない。
冒険者ギルド経由で確認したが、未だ、調査中とのこと。
更に1ヶ月が経ち、ようやくゼンのレベルが5を超える。
神殿での再計測を行う。
スキルが成長し、テレポートできる距離は10cm、テレポートできる大きさも縦横高さ各6cmに成長していた。
それから数日後、領主カノープス様からの呼び出しがあった。
付き添い不要とのことで、ゼンだけ領主のお屋敷に連れて行かれる。
領主のお屋敷に着いて早々、ゼンのステータスとスキルの再計測が行われた。
もちろん、テレポートできる大きさは縦横高さ各6cm。
その後で、領主の部屋まで連れて行かれたゼンは、自分の耳を疑うこととなる。
「スキルが進化し、鍵がテレポートできた事は明白である」
領主が、そう結論付けたからだ。
事件後、神殿で測った時は、スキルは進化していなかったと主張するが、認めてくれない。
念押しして書いてもらったので、記載があるはずだと抗議しても、そのような事実はないと跳ね除けた。
領主は、こちらに何か思い違いがあるのではないかと疑うばかり。
しまいには、平民が面と向かって抗議して捕まらないだけ、有り難いと思えと怒鳴られた。
理不尽極まりないが、引き下がるしかない。
ちなみに、その前の財布の件だけは、物理的に無理という事で取り消してくれた。
前科2犯から1犯になるが、白金貨を盗んだ罪はそのままだ。
結局、ゼンは犯罪奴隷のままとなった。
帰って、この話をデカンズにする。
デカンズ、机を叩いてこういった。
「領主のやつ、スキルが進化するのを待っていやがったか!」
デカンズは、明日、神殿まで話を聞きに行くと約束してくれた。
翌日、デカンズとゼンは神殿に行った。
ゼンの、再計測をした件について問い合わせを行う。
帳面を確認した結果、神殿の人から、そのような事実はないと跳ね除けられた。
あの時、念押ししたのにである。
なんでも、ステータスに変化がなければ更新しない規則なのだそうだ。
つまり、公的な証拠はないという事になる。
あるのは、同じパーティーメンバーが再計測して進化していなかったという主張のみ。
デカンズ、もう一度訴えるにしても、現状では身内の証言だけなので難しいと、肩を落とした。
だが、デカンズが粘る。
その日にステータス確認のために寄進したから、記帳されていないかと質問を変えた。
確かにその日、寄進があった事を認める。
しかし、神殿の人は、この帳面には寄進した理由といった記載はないため、訪れた事実しか分からないと跳ね除けた。
さすがのデカンズも、これ以上は追及ができないようだった。
領主が主導しており、神殿にも手が回っている以上、犯罪奴隷からの開放は無理だろうとデカンズも諦めてしまった。
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第十章 レベルアップで
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それから3年が経ち、レベルは15となった。
レベルは、上に上がるに連れ、なかなか上がらなくなっていく。
ゼンは13歳なので、同い年と比べ、一見、成長が早いように感じる。
だが、これはスタートが早かっただけ。
センスが良ければ、本当に成長が早い者なら、3年でレベル20に到達する。
例によって、神殿でスキルを確認。
テレポートできる距離は20cm、テレポートできる大きさも縦横高さ各12cmまでに進化していた。
このくらいまで使えるようになると、色々な使い道ができてくる。
例えば、ダンジョンの宝箱や扉の解錠が分かりやすいだろうか。
本来であれば、鍵が掛けてあれば、それに合う鍵を探すか、叩き壊すしかない。
だが、ゼンがテレポートで鍵の部分だけ取り寄せれば、あっという間に解錠できるというわけだ。
境界の都合で、開けられない鍵も結構、多いのではあるが……。
これができると解ってからは、トライフルは、ダンジョンに潜る機会が増えた。
ちなみい盗賊スキルで解錠することも可能なのだそうだが、そういった面々は、犯罪スキルとして登録されているので、スキルを使いたがらない。
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第十一章 副業
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ある日、オクタスがこういった。
「ゼン。
お前、この水晶を握ってみろ」
ゼンは、オクタスが何をしたいのか判らなかったが、一まず、いわれたとおりに水晶を握る。
「次は、これをテレポートしてみろ」
そういって出したのは、虫の死骸。
ゼン、何故そんな事をするのかと聞いてみた。
「まぁ、いいから。いいから」
オクタスは、ニコニコしながらゼンのスキルを開放する。
ゼン、ひとまず、試してみる。
すると、虫の死骸が水晶に変わった。
ゼンも、ギョッとする。
が、何故か指示を出したオクタスもギョッとしている。
手を開くと、水晶の中には虫の死骸が入っている。
これを見ていたデカンズ、顎に手を当てながらこういった。
「これは、色々な商売ができそうだな」
早速、オクタスは、これを信用できる小規模な商業ギルドに持ち込んだ。
その商業ギルドの鑑定士、こんな精巧な水晶でできた虫は見たことがないという評価。
虫の入った水晶も本来ありえないと驚かれ、早速、取り引きするための口座が作られた。
こうしてゼンは、副業で宝石職人を始めることとなった。
なお、オクタス、自慢気に商業ギルドの鑑定士に作成方法を伝えたところ、鑑定士から『そういうのは秘匿するものだ!』と酷く怒られた。
以降、この件に関して箝口令が敷かれたのはいうまでもない。
こうして始まったゼンの副業。
作業は自体は、至って簡単だ。
商業ギルドに精巧に作り上げた銀細工を作ってもらい、ゼンがそれを宝石の中にテレポートさせる。
ただ、それだけ。
元の場所には、入れ替えた宝石が銀細工の形そのままに出現する。
そして、宝石の方には、精巧な銀細工が封入された状態となった。
いずれも、普通の職人では加工できない、一級品の宝石細工となる。
でき上がったものは、商業ギルド経由でお金持ちに販売される。
だが、単価はいうほど高くない。
貴族の間に、高貴な者が身につける物を卑しい身分の奴隷が作るなど言語道断だ、という風潮があるからだ。
このせいで、取引先が制限されている。
つまり、ゼンは奴隷の身なので、作者不詳の訳あり品という扱いとなるのだ。
そして、トラブル回避のため、商人から買い手へは奴隷が作っていることが口頭で明かされる。
結果、品物の割には、安い値段で買い叩かれるというわけだ。
ただ、買い叩かれたとはいっても、金持ちの財布。
冒険者の副業としては、破格の収入となった。
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第十二章 令嬢
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いつものようにダンジョン探索を終え、トライフルが町に帰還した時のこと。
冒険者ギルドに成果報告をしに行くと、ギルドの中がお通夜のようにシーンと静まり返っていた。
ゼン、近くにいた二人組の冒険者に、何があったのか尋ねてみた。
「あそこに、令嬢がいるだろ。あの方、身分の高い貴族の令嬢だそうでな。粗相を働いたら、死罪になってもおかしくないんだと」
「そうそう。王都から、わざわざ人探しで来たそうだぞ」
よくよく話を聞くと、この町で最高の宝石職人に作って欲しい品があるのだという。
どう考えても、探しているのはゼンのようだ。
だが、ゼンの身分は奴隷。仮にばれれば、不機嫌になって首を刎ねられてしまう可能性もある。
ゼンは、この場から逃げようと考えたが、デカンズがそれは止めた。
「既に商業ギルドがお前を売ったから、ここに来たんじゃないのか?」
ゼンは納得し、仕方なく、その令嬢の前に進み出た。
だが、ゼンは奴隷の身。
そのまま平伏し、声もかけられずにいると、ご令嬢の方から声をかけてきた。
ゼン、肩をビクッとさせ、土下座状態で体半分、後ろに下がる。
ゼンは、令嬢のお付きの誰かが話しかけてくると考えていたからだ。
その様子が滑稽だったのか、ご令嬢から、クスクスと笑われた。
「場所を変えましょうか」
令嬢が、ギルドの受付嬢の方を見る。
すると、受付嬢は淀みない仕草で、令嬢とゼンたちを別室へと案内してくれた。
ご令嬢、彼女はマーガレットというそうだが、彼女の自己紹介の後、依頼内容が告げられた。
「来月までに、特別な首飾りを作って欲しいの」
マーガレット様が、作って欲しい宝石細工について説明を始める。
マーガレット様の姉君が再来月に結婚するそうで、その贈り物にしたいのだという。
そして、でき上がりがふさわしいか判断するため、でき上がるまでマーガレット様は町に逗留するのだそうだ。
ゼン、身分を明かし、分不相応だと辞退する。
だが、マーガレット様が辞退を許してくれない。
それどころか、作ってくれたらゼンを奴隷から平民に戻すと人参をぶら下げた。
──上手い話には、裏がある。
ゼンはそう考えたが、身分が違う。
ゼンに選択肢はない。
色々な感情を抑えながら、お礼をいって引き受けた。
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閑話 工房見学?
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銀細工の職人とも相談し、色々な神様をモチーフにした銀細工を作り、その神様の石とされる宝石の中に入れてはどうかという案で話がまとまる。
ただ、全て銀細工というのも芸がない。
主神だけは、金で作ることとなった。
通常、一流の細工は一流の工房で行うものだ。
だが、ゼンは違う。
ゼンは、商業組合が準備した小物を宝石の中に埋め込む、仕上げ作業だけしかやらないからだ。
しかもゼンのテレポートは秀逸で、しっかりと対象を指定すれば、ゴミが入りこむこともない。
このため、普通にデカンズが借りた部屋で作業を行っていたりする。
そうとは知らないマーガレット様、ゼンに工房見学したいといってきた。
商業組合とも話し、ありのままを見せるしかないという事になる。
銀細工の神様が一つでき上がったという連絡を受け、マーガレット様に日時を伝える。
マーガレット様が通された部屋は、ただの宿屋の一室。
怪訝な顔になる、マーガレット様。
ゼン、宝石の入った箱を開け、簡単に説明を始める。
「今日は、このガーネットという宝石に、この神様を埋め込みます」
特に光るでもなく、ただ一瞬で、銀でできた神様がガーネットでできた神様に変化する。
「以上でございます。こちらは、お土産にお持ち帰りください」
そういいながら、ゼンはマーガレット様にガーネットでできた神様を差し出した。
職人技も何もない現場。
マーガレット様の目がスンとなったのは、仕方がないだろう。
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第十三章 納品
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3週間後、逗留していたマーガレット様にでき上がった品を届ける。
すると、マーガレット様、唯一無二のでき栄えだと大満足。
工房の件は、気にしないことにした様子。
ゼンは、すぐにでも平民に戻してくれるのかと思ったのだが、世の中そんなに甘くない。
姉に渡してからだといわれてしまった。
それから1週間、抑えられない笑顔を振りまきながら結果を待ったが、何の音沙汰もない。
申し訳なさそうな顔をしたデカンズが、こう告げた。
「貴族のご令嬢は、実家の威光を笠に着ているだけだ。奴隷から平民に戻すような権限は、持っていないだろうよ」
ゼンは一転、溜め息をつくようになった。
更に1週間が経った頃、町に見慣れぬ馬車がやって来た。
ゼンはその話を聞き、マーガレット様ではないかと思い、急いでギルドに行った。
だが、そこにいたのは立派な鎧の騎士様とその従者たち。
ゼンは、予想が外れて肩を落とした。
だが、この騎士様たち、実はマーガレット様のお姉さまの遣いの者たちだった。
「ゼン。お前には、これから王都まで来てもらう」
騎士様が、そういった。
ゼン、翌朝、デカンズや他のメンバーに泣きながら見送られた。
馬車で、1週間ほど揺られる。
ゼンは、あとどのくらいかかるのか気になって、騎士様に質問をした。
「今はシリウスだから、後、1週間だな」
騎士様が答える。
ゼンは、もう半分かと残念に思った。
待遇は、悪くない。
馬車では、騎士様が色々な話をしてくれるので、退屈しない。
それに、出てくる飯は普段よりもずっと上。
経由する町では、相部屋だが、白いシーツが眩しい大きなベッドのある部屋。
本当に、至れり尽くせりだ。
だから、ゼンは、王都がもっと遠ければいいのにと思った。
なお、騎士様たちの名前は、下手に聞いて不敬だといわれたら大変なので、怖くて聞けなかった。
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第十四章 王都
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それから更に1週間ほど馬車に揺られ、目的地まで辿り着く。
そこには、見たこともない立派な建物が見渡す限り建っていた。
人の数も違う。
何かのお祭りなのかと聞いたのだが、これで普段どおりなのだという。
何もかもが違う町並みに、ゼンは無駄に緊張した。
大きな堀と、そびえ立つ石造りの巨大な壁が見えてくる。
騎士様によると、その巨大な壁の向こうが目的地なのだという。
ゼンを乗せた馬車は、大きな堀の中央にかかる橋を通って2階建ての建物程もある大きな門の前に到着した。
その門が開き、中に入る。
目に飛び込んできたのは、花と緑の饗宴。
妖精がいるといわれれば、信じてしまいたくなる美しさ。
その中を馬車がひた走る。
しばらく移動して、これまた巨大な石造りの家の裏手に、馬車が止まる。
ゼンがその建物の堂々たる佇まいに気圧されていると、騎士様の従者が付いてくるようにと指示をした。
ついていくと、そこにあったのは大きな桶。
これで体の垢を落とすのだという。
だが、体を洗うために準備されていた布地がやけに白い。
ゼン、怖じ気づく。
当たり前だ。
このように白い布地は、貴族か大商人が着ている服以外、見たことがない。
ゼンは『汚れてしまうから』と断ったのだが、従者の人は面白半分でか、ゼンの体を押さえつけ、隅から隅まで綺麗に洗い上げた。
本当にもう、遠慮して欲しいところまで……。
さっぱりしたところで、服を着ようとしたのだが、元の服が見当たらない。
従者の人に聞くと、新しい服を指差し、着るようにと指示された。
「僕なんかが、こんな上等なものは着られません」
ゼンはそう主張したのだが、従者から、『身分の高い人の前に出るのに、あのような見すぼらしい服では駄目だろう』と叱られた。
先程、断って酷い目にあったばかりだ。
仕方なく、服を着る。
後、何故かスキル封印の腕輪が外された。
リーダーがいないのにだ。
ゼン、いったい何者なのだろうかと恐れ戦いた。
得体の知れない権力の持ち主。
粗相があれば、首が飛ぶに違いない。
ゼン、戦々恐々だ。
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第十五章 謁見の間
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従者の案内で、ゼンは『謁見の間』と呼ばれる部屋へと通される。
ゼンは、何か一つでも粗相があれば殺されてしまうと思っていたので、震えながら伏して待機した。
しばらくして、部屋の外から誰かが入ってくる。
ゼン、怖くて顔が上げられない。
足音が止まると、マーガレット様と似た声でお褒めの言葉をもらった。
「これは、誠に最高のでき栄えですね」
恐らく、マーガレット様の姉君なのだろう。
だが、ゼンは少しでも粗相があれば首が飛ぶと思っているので、かすれ声さえ出すことができない。
その姉君、妹がゼンを平民に戻すと約束した事を聞き、どのような罪を犯したのか直属の衛兵に調べさせたのだそうだ。
だが、その結果は、明らかな冤罪。
これにとどまらないだろうと調べさせた結果、色々な罪が出るわ出るわ。
その中から、ゼンが関わった話だけ掻い摘んで説明してくれた。
まず、ゼンがお菓子と白金貨を盗んだと訴えた、あのご老人の話だ。
白金貨を盗まれたといっていたが、実際は自分が勤める商会の金を着服していたのだそうだ。
その金の使い道は、若い愛人を囲うためだったというのだから、呆れてものもいえない。
更に、後日神殿で再計測した事を知るや、神官に大金を握らせ、その帳面を修正させたのだそうだ。
だが、これはゆすりのネタになると考えた神官がいたらしく、廃棄されずに残っていたのだとか。
これにより、ご老人は牢に入れられ、金をもらった神殿の人は、神殿の権威を貶めたという理由で神殿から追放となったそうだ。
次に、あの領主の話へと移る。
領主、先のご老人から人にいえない借金をしていたらしい。
それにつけこまれた結果、ご老人に色々と便宜を図っていたのだそうだ。
そして、白金貨盗難の件でもご老人が指示を出し、ゼンのスキルの成長を待ってから事実関係を確認させたのだそうだ。
ある意味、この領主もご老人の被害者といえる。
だが、取り調べの中で、領主はこう豪語したのだそうだ。
「スリのスキル持ちは、どのみち犯罪者になる。だから、先に奴隷にしておくのは、世のため人のためでもあるのだ」
罪を犯してもいないのに、冤罪で奴隷にしてしまうのは道理に反する。
元々、領主としての素養にも問題があったとのだろうと、やや低めの声で指摘していた。
それと、もう一つ。
僕の父は準男爵から平民に落とされたが、そもそも、子爵には準男爵を解任するような権限はない。
解任できるのは、王だけだ。
つまり、越権行為。これも罪となる。
ちなみに、本来父に渡るべき貴族年金は、領地経営の予算に組み入れられていたそうだ。
これにより、領主は領地の大半が没収となり、子爵から男爵へと貶爵。
会計は職を失ったのだそうだ。
普通の人物には、不正があったからといって、このような処分はできない。
だが、それができる人物が、目の前にいるらしい。
そう考えると、更に僕の体は震え上がった。
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第十六章 謁見後
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部屋から退出しても、なかなか震えが止まらない。
騎士様の従者が私に、どうしたのかと声をかけてきた。
「まさか、領主を辞めさせられるような偉い方と会えるとは思いませんでしたから」
僕がそう説明すると、その従者は笑いながら、普通、皇太子や皇太子妃とは一生会えないからなと肯定した。
王族だったのか!
まさかの事実。
ゼン、ここでようやく、今いる場所が王城だという事実に気がつき、また震え上がる。
だが、従者はそんな事はお構いなしで話を続ける。
「そうそう。いうのを忘れていたが、お前、首輪を外した時に平民に戻ったからな」
だが、その前の衝撃が抜けきらないゼン。無反応。というか、それどころではない心境。
「なんだ。喜ばないのか?」
従者が、そう尋ねてきた。
「その……。現実味がありませんでして……」
ゼンがそう答えると、従者はさもありなんと大笑いした。
従者、ひとしきり笑った後、何かを思い出す。
「そういえば、お前の親父、この件で年金が増えたらしいぞ。迷惑料だそうだ」
ゼン、どうでも良いと思った。
父の年金はともかく、僕を平民に戻してくれたことに改めてお礼をいうと、従者の人は、皇太子や皇太子妃にも伝えておくと約束してくれた。
最後、例の騎士様がまたやって来た。
「冤罪で犯罪奴隷にしてしまったからな」
そういって、ゼンに小袋を手渡した。
中には、白金貨が1枚。
大金である。
ゼン、思わず断ったのだが、騎士様に押し付けられた。
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エピローグ
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街に戻った後、トライフルの面々にゼンが平民に戻った事を伝えた。
すると、パーティーリーダーのオクタスから、このままパーティーに残留するか意思確認をしてきた。
正直いって、僕は宝石職人だけで食っていける。
それに、今更、実家に戻る気もない。
トライフルのみんなは気の良い連中だし、今までの恩もある。
ゼンは残留を即決し、その旨を伝えた。
さて、ゼンは平民に戻ったが、これで安泰というわけではない。
スキル封印の腕輪がないと、また犯罪者に仕立てられる可能性があるからだ。
スキルを封じたいという需要は一定数あるらしく、奴隷用とは別に、平民用から貴族用まで様々なものが作られていた。
ゼンは、今まで貯めていた貯金を使い、自分好みのデザインの腕輪を購入して着けることにした。
スキルの開放権は、今までどおりオクタスにお願いする。
こうしてゼンは、スキルが原因の苦悩から、一応、開放されたのだった。
その後、ヨナがトライフルに入ったり、このスキルが更に進化し、生きた魔物から魔核を抜き取れるようになったり、トライフルが迷宮に挑戦し、最後の広間で1000年ぶりに復活したと自称する魔王と遭遇、そこから魔核を抜き取って倒してしまったりしたのだが、それはまた、別の話ということで。
おわり。
今回思いついたネタは、虫の入った琥珀を見て、テレポートが元の位置の物との入れ替えだったら、これ、作り放題だなと思ったところからとなります。
約2万時のわりにお粗末ですみません。(^^;)
* 2023/8/21
途中、ヨナとゼンを間違えて記載したところがあったため修正しました。
指摘、大変ありがとうございました。
* 2023/8/26
誤記を修正しました。
* 2023/9/10
エピローグで、後にヨナがトライフルに入ることを追記しました。
他、誤記の修正や、表現が二重になっている箇所等、微修正を行いました。