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朝霧桜編(7)

 神谷教会は、桜の家の近所にあった。桜の家はカトリック教会でもあるので、同じ町内に教会が二つある事になる。日本ではキリスト教会自体が少なくカルトばかりなので、比較的教会が多い町といえよう。


 ただ、神谷教会は規模が小さい教会だ。もともとはマンションの一室で礼拝していたが、数年前に少しずつ信徒も増え、会堂も立てた。といっても二階建ての中古の民家を改造した教会なので、一見すると教会に見えない。彫像や十字架のオブジェ、ステンドグラスなどの派手めなものはない。直恵の家の教会とは正反対だった。


「ここ、本当に教会なの? 普通の家じゃないの?」


 予想通り、桜は神谷教会を見て不思議がっていた。周辺も住宅街だし、ここが教会だと気づく近隣十住民も少なかった。


 ただ、説教の声や讃美歌の演奏で、騒音問題になるのはまずい。防音だけは徹底していた。


「そう、一応教会」

「うちの教会と全然違う!」


 なぜかワクワクしている桜と一緒に礼拝堂に向かった。礼拝堂は二階にあり、外付けの階段で登って入る。狭い階段で段差も急だった。この階段がネックになり、老人の信徒が減っていた。現実的にも狭い門の教会だった。


「先生ー、こんにちわ。今日は友達連れてきた」


 直恵は、礼拝堂で祈祷会の準備をぢている牧師の悠一に声をかけた。


 スーツ姿でぱっと見るだけでは牧師に見えない男だった。まだ年齢も若く25歳だ。もともと両親が牧会していた教会を引き継いだ。


「こちら朝霧桜さん。ちょっと興味があって来たの」

「こんにちわ! 直恵ちゃんとは、同じクラスなんです!」

「よろしく、僕は神谷悠一だ」


 悠一は桜に憑いている悪霊に気づいたのだろう。視線を鋭くして桜を見ていたが、当の本人は全く気づいていなかった。


「実は今日、田邑さんも織田さんも用事があって、祈祷会出られないんだよ」


 さっそく祈祷会を始めるために、直恵達は礼拝堂の奥にある部屋のテーブルに着いたが、悠一は残念な報告をする。祈祷会に参加するいるものメンバーが来られないという。


「えー、じゃあ。先生今日は何するんですか?」


 つい直恵は口を尖らせる。


「とりあえず、いつものように讃美歌歌ってさ、お祈りの課題あげよう」


 悠一はそう言ってお祈りの課題を書かれたプリントを配布した。


 こうして直恵、桜、悠一という三人だけで、祈祷会が始まった。いつのまにか夜になっていて、窓の外は暗くなっていた。遠くの方に街灯の光がぼんやりと浮かんでいる。


 不思議な事に讃美歌やお祈りをしている間、桜に憑いている悪霊はおとなしかった。特に祈りの中で「イエス様」と神様の名前を言うだけで、萎縮しているのが直恵の目からも確認できた。今のところ、出て行く様子はないが、思考を乗っとたり悪さする雰囲気は無いようだ。


 それに、普段悪霊を祓っている直恵や悠一がそばにいるのも、悪霊は居心地悪そうだった。明らかに落ち着きがなくなり、萎んでいた。


「直恵から聞いたんですけど、普段悪霊祓いしているのって本当ですか?」


 祈祷会が終わると、桜はそんな事を聞いて来た。


 みんなすっかりお腹がすいたので、近所の蕎麦屋で、茶蕎麦や天ぷら蕎麦の出前をとって食べていた。


 なぜか桜は、食べるのがあんまり好きじゃないのか、天ぷら蕎麦にほとんど手をつけていなかった。夕方、カフェでケーキを食べたからこんなもんだろうと思ったが、食前にダイエットサプリまで飲んでいた。かなり美容に気をつかっているタイプに見えた。美容にズボラな直恵にとっては、よくわからない価値観に見えたが。


「そうだよ。まあ、公にはしてない。悪霊祓い目当てで教会来られても困るからね」

「なんでですか?」


 桜はよっぽどエクソシストに興味があるのか、悠一に質問責めだ。まだ若く、比較的若い悠一には話しやすいのだろう。牧師で25歳ぐらいは、かなり若い部類に入る。


「だって、悪霊ってすぐ戻るんだ。いくら祓っても本人が信仰心持っていないと。それ目当てでこられてもねー」

「そう、先生の言う通り。私も当人に信仰心ないから戻ってくるケースよく見たわね」

「へー、直恵も普段、エクソシストやってるんだ。いいなー。私もエクソシストになりたい!」


 目を輝かせて語る桜に悠一も直恵も顔を見合わせる。


「正直に言うが、朝霧さん。あんたには、悪霊憑いてるエクソシストは無理だ」

「え!」


 歯に絹着せない悠一の言葉に桜の表情は固まってしまった。普段、言葉が通じない悪霊を祓っている悠一は、ちょっと言葉だけがキツいところがある。遠回しに言うよりもズバッと言うタイプで、イケズな会話を好む京都では暮らしていけないだろう。


「うそぉ。私、悪霊憑きなの?」


 桜はすっかり食欲を失ったようで、涙目で瞬きしていた。悪霊憑きと言われてショックを受けないクリスチャンはいないだろう。


「はっきり言う。お前は悪霊憑きだ」

「そんなぁー。どうすれば?」

「ちょっと、先生。ハッキリ言いすぎですよ」


 直恵はフォローを試みるが、桜の表情はどんどん重くなる。同時に悪霊が牙を出してきた。『自殺しちゃえよ、死んじゃえよ』などと囁き始めた。


「やばいな。とりあえず応急処置しておくか?」

「うーん、入った経緯がわからないのよね。朝霧さんは何か罪を犯した心当たりある?」


 聖書で言われる罪を犯すと、そこが足がかりとなって悪霊が憑く。地域や組織に住みついている悪霊が悪さをしてくるパターンも多いが、たいては本人の罪が問題になっているケースが多い。


 先祖の罪もあるが、やっぱり本人が積極的に罪を犯さないと悪霊は入らない。先祖の罪は、その人が犯しやすい罪のベースを作っているだけで、先祖の罪だけが原因で悪霊は憑かない。


 ただ、日本は偶像崇拝国家。クリスチャンが迫害されていた過去もある。だからクリスチャン国家の人よりは、罪を犯しやすいベースは出来ていると直恵は感じる。親がカルトや偶像崇拝に耽っていたら、やっぱり子供も似たような罪を犯しやすい。


 桜の悪霊も先祖の問題かとも考え、色々と質問をぶつけてみたが、桜は代々クリスチャンホームの子供だという。


「失礼だが、彼氏はいるか?」


 全く失礼だとは思っていない口調で、悠一が聞く。


「いないわ。うちは一応クリスチャンホームだし、恋愛禁止よ」


 桜はため息混じりだ。


「他にアイドルにハマったりしてない?」


 直恵の質問に、桜に憑いている悪霊が少しざわつき、桜に嘘をつかせた。


「はまってないわ」

「本当?」


 直恵はしつこく聞いたが、桜は渋い表情を作って、ほ本当の事は言わない。


 悠一も怪しみ、アイドルの名前を色々あげるが、桜は知らないという。それは悪霊が言わせている様子はない。


「あ、もうこんな時間。帰らないと」


 時計を見たら7時過ぎていた。それほどまで遅い時間にも感じなかったが、桜には門限があるという。


「送って行こうか?」


 悠一は珍しく優しい声で言ったが、桜は首を振った。


「大丈夫。爺やに迎えに来てもらうわ」

「爺や!?」


 聞きなれない単語に直恵も悠一も目を丸くしてしまった。


「うん。うちで雇ってる執事ね。ギャグみたいだけど、羊野ってば名前の執事なの」

「執事の羊野さんか。それはウケるな」


 悠一は爆笑していたが、直恵は何が面白いのかわからない。直恵の笑いの沸点は非常に高く、笑ってる悠一の横目にクールな表情を浮かべていた。


 そんな雑談をしているうちに、桜の迎えがやってきた。


 羊野は本当に燕尾服姿のthe執事といった雰囲気の上品な老人だった。


「お嬢様がお邪魔いたしました」


 恭しくお辞儀をすると、直恵と悠一に何か高そうな雰囲気の紙袋を渡した。直恵と悠一はすっかり恐縮しきっていた。


「じゃ、直恵。また明日ねー!」


 桜は手を振って羊野と帰って行った。しかも黒塗りのベンツに乗って帰っていく。こんな車は、直恵も悠一も初めて見た。住む世界の違う様子に二人ともあっけに取られていた。


「おれ、生まれて初めて生粋のお嬢様見たかもしれん」

「私もよ。あんなお嬢様だとは気づかなかったわ」


 力なく直恵は笑った。

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