朝霧桜編(6)
直恵は子供の頃から悪霊を感じ取る事ができた。
当時はまだクリスチャンではなく、なんでこんな悪霊がいるのかさっぱりわからなかった。もちろん悪霊の種類もわからなかったが、奴らは嘘をつくという共通点があった。
時々甘い事も言ってくる。
『幼稚園サボっても大丈夫だよ』とか『友達をいじめてもいいんだよ』とか。
普通に悪霊と会話もしていたので、同年代の子供達には気持ち悪いと言われた。
ただ、一度だけ悪霊に首を絞められて殺されそうになった時、神様に助けを必死に求めた。当時は神様の存在を知らなかったはずなのに、それが一番最善だと思った。悪霊の誘惑にまんまんと引っ掛かり友達の悪口を言い、招いてしまった悪霊だったわけだが。
実際、一度だけだったが神様が目の前に現れた。よく絵に描かれたような存在ではなかったが、神様が現れた瞬間、今まで見えていた悪霊がすーっと全部消えてしまったのだ。
以来、私は神様を探し求めて、聖書に出逢い、クリスチャンにもなり、悪霊祓いのような事をやっていた。
バレてしまったら仕方ない。直恵は自分に秘密を桜に全部話していた。
桜が甘いものを食べて気が緩んでいるせいか、荒唐無稽なこの話を信じてくれたようだった。
特に神様の話をしている時は、桜に憑いている悪霊もびびって手出しして来なかった。
「そうなんだ。直恵ってすごいんだ」
「別に凄くないよ。神様がすごいだけで、朝霧さんもちゃんと信仰持てば、誰でも悪霊祓いはできるわね」
「悪霊祓いなんて誰でもできるの?」
「祓う事自体はね。でも憑いている本人が福音や悔い改めを拒否したら、ムリだけど」
意外な事に桜は興味深々だった。どうやら好きな映画の影響でエクソシストに興味があるらしい。
「十字架や聖水は使うの?」
「いいえ。色んな方法があるみたいだけど、私とうちの教会の牧師さんは祈りと御言葉だけで祓えるわね。時間がかかるものもあるけど、憑いてる本人が福音を受け入れて悔い新ためれば、けっこう早い。超しつこいやつもいるから、いつも成功する訳ではないわね」
「いいなぁ。私もエクソシストしたい!」
うっとりとした憧れ眼差しを向けられて、直恵は困ってしまった。
その前に自分の憑いてる悪霊を祓った方がいいと喉元まで出かけるが、直恵は自重する。今、そんな事を言って怖がらせるのは良くない気がした。
「ね、私も直恵が通ってる教会に連れていってよ。エクソシストやってるんでしょ。詳しく話を聞きたい」
直恵はコーヒーを啜ってため息を漏らす。陽キャ特有の人懐っこさが眩しい。人に断られた事が一度もないんだろう。そんな気がする。一方、直絵は一匹狼の道を爆走中。自分で選んだ事とはいえ、陽キャの眩しさに目が死にそう。
「そうねぇ。仕方ないわね。私の教会行ってみる? プロテスタントだけど、いい? 今日、祈祷会あるから参加する?」
「いいの? やったー! なんていう教会なの?」
「神谷教会」
「聞いた事ないわねぇ。でも教会行けるのは、嬉しいね!」
桜は無邪気に喜んで、可愛らしいショートケーキを頬張っていた。
教会に行くときいて桜に憑いている悪霊がザワザワとし始めた。悪霊は教会が苦手だ。低級悪霊だったら、教会に通うだけで逃げていくものもいるぐらいだ。あと、聖霊がちゃんと宿っているクリスチャンも苦手なので、クリスチャンと一緒にいるだけでも悪霊は悪さができない事も多々あった。クリスチャンと結婚しているノンクリスチャンが神社を自然に嫌いになったりする事もあるらしい。
しばらく桜と一緒にいれば、この正体不明の悪霊も悪さをできないだろう。
ちなみに悪霊は、正体を見破られるのも怖がる性質があった。所詮、暗闇の奴らだ。さっきの暴食の悪霊のように正体を特定して名前を言うと、弱まるやつもいる。一番いいのは神様に御名前で祓い、悔い改め、福音を受け入れる事だが、応急処置としてこれらの事は悪くはない。
ただ、やっぱり桜に憑いている特定できない悪霊は気になる。
今のところは、そう酷い悪さをしていないようだったが、手遅れになったら大変だ。
しばらく桜と一緒にいて様子を伺う事は悪くは無いだろう。
最初は陽キャの桜と一緒にいるのが微妙だったが、やっぱり悪霊が憑いているのは心配だった。