朝霧桜編(4)
思わず真澄とKJV聖書で盛り上がってしまい、帰るのが遅くなった。
直恵は急いで自宅に帰る。と言っても聖ヒソプ学園から徒歩十分にある二階建て民家だった。
隣には養父の教会があり、人の出入りも多く賑やかではあるが。
教会の庭にあるマリア像を見ていると、周りにウヨウヨ偶像崇拝の悪霊がいるので、あまり近づきたくない。虎視眈々とターゲットにする人間を狙っている偶像崇拝の悪霊どもの視線の吐き気も覚えてしまう。その視線がヤクザそのものだった。
「直恵、遅かったじゃない。夕飯できてるわよ」
マナに迎えられて、リビングに直行した。マナは養父・聡の妹で、母親から代わりの存在でもあるが、厳しい人で、いまだに直恵が一緒にいると緊張してしまう。もう60過ぎの女性だが、神様に人生を捧げると言ってる一生独身。宗教の悪霊付きで、それも直恵も見ていると緊張する。
こっそりとマナの宗教の悪霊を祓おうとした事もあったが、なかなか年季入りの悪霊で、直恵の力だけは無理そうだった。
「お父さんは居ないけど、どこ行ったの?」
「長崎にしばらく出張よ」
「ふーん」
そんな事を言いながら夕飯を食べる。
今日はゴーヤチャンプルーと味噌汁、玄米ご飯という夕飯だった。マナは料理上手なので、不味くは無いが、宗教の悪霊がチラチラ目に入り、味も苦く感じてしまう。長々と言葉を重ねた食前の祈りは、マナは義務的にやっているのがみて取れる。
直恵には両親はいなかった。よく覚えていないが、直恵が子供の頃に事故死したらしい。それで、親戚中たらい回しにされて、養父・聡とマナに引き取られたというわけだ。
子供の頃から悪霊を感じ取れてしまった直恵は、宗教と偶像崇拝の悪霊がびっちりついたこの家は、別に休まる場所ではなかった。
弱いものなら、イエス様の御名と祈りで追い払えるが、なかなかタチの悪いものもいる。それに、本人が悪霊に馴染んで好き好んで招いている場合は難しい。結局本人の神様への信仰と悔い改めが無いと祓えない。
ただ、土地や一定の場所や時間に棲みつく悪霊は、祓うものの信仰心と祈りでも大丈夫だ。
時々、牧師の悠一と協力してそれらのものを祓う事はあったが。
「直恵、まだプロテスタントの教会の方に行ってるの?」
「うん、悪い?」
「悪くはないけど、あっちはねぇ。世に染まってる信者も多いしね」
「私は別に染まってないけど」
マナからチクチクと嫌味をいわれ、夕飯の片付けを終えるとっさと自室に戻った。宿題をするち言えば、さすがのマナも何も言ってこなかった。
「はぁー。疲れた!」
夕飯取るだけでも、疲れてしまった直恵は自分のベッドにどっかりと腰を下ろす。
直恵の部屋は、シンプルそのもので、机とベッドと洋服ダンス、あとはいろんな訳の聖書が入った本棚しかない。
刑務所レベルでシンプルな部屋だったが、理由がある。キャラクターや数字や絵がデザインされたものは、それを持っているだけでも悪霊が近寄ってきた事があった。
小物で招かれる悪霊は、低級なもので、主に誘惑を仕掛ける事が多い。例えば「宿題やめて漫画見ようぜ」と言ってきたり。
実害がないと言えば無いが、鬱陶しいので神さの御名前と祈りで追い払っていた。
養父の聡やマナと仲が良くない現状は、悪霊に隙を与えてはいた。時々悪夢で悪霊から直恵もどうずれば良いのか悩んでいるところだったが、とりあえず通っている教会の牧師である悠一に祓ってもらい、現状は維持できていた。
一つも悪霊をつけていない無罪な人はいない。聖書にも書いてあるが、義人は一人もいない。いたとすれば、神様が招いて天国に携挙しているだろう。悪霊を祓っている直恵も比較的マシというだけで、神様からの権威がなければ、一つの悪霊を祓う事はできないのだ。ドラえもんに頼るのび太みたいなものだ。
ドラえもんが神様と言いたいわけではない。例えるなら、この表現がわかりやすいから使っているだけだ。どちらと言えばドラえもんより藤子・F・不二雄かもしれない?
ちなみスピリチュアル系の霊媒師もそこそこ悪霊を祓う力はある。ただ、霊媒師にくっついている悪霊が低級悪霊を追い祓えるだけで、根本解決どころかドロ沼化する。ジャイアンがスネ夫を追い払っているようなもの。それに困っている人に霊的な事でお金を取るのは、120%詐欺と見ても良いだろう。
そんな事を考えているとスマートフォンに悠一から連絡が届いているのに気づく。明後日、夜に祈祷会があるというので参加しろという事だった。あと、直恵が祓ったホームレスも福音を受け入れ、洗礼を受ける予定もあるといいホッとする。
明後日は桜と会う予定だったが、祈祷会までは時間はあるだろう。
すぐに悠一に参加する事を伝えた。
少し迷ったが、桜に憑いている悪霊についても悠一に連絡しておいた。なんせ悠一の方が悪霊祓いの経歴も長く、何か知っているのかもしれない。
メールを送ったら、宿題にとりかかった。こんな事をやっている直恵であったが、見かけは普通の女子高生。勉強をするのが本業だ。