最後の冬休み編(8)
篝火と桜はソファに座って、しばらくいちゃついていた。
もっとも悪霊がさせていた事で、ちっとも色気はなかったが。
「桜ちゃん。髪綺麗だな」
篝火は、桜の髪を一束触りと、匂いを嗅いでるいた。
「やだー、篝火様ったら!」
桜はまんざらでもない様子で、頬を真っ赤にさせていた。免疫が無い事が伝わってはくるが、桜本人は楽しそうだった。
桜の親代わりでもある羊野は、ショックを受けて目に涙を浮かべていた。
「爺やは、こんなシーン見てられません!」
相当ショックを受けたようで、自分の部屋に引きこもってしまった。
時計を見たが、まだ昼過ぎだ。悠一が来る時間までは時間がある。
直恵は事情を話し、直也と歩美に悪霊追い出しを手伝って貰う事にした。
こうして三人がかりで、祈り、神様の御名前を言葉にするが、何故だか全く歯が立たなかった。
「どういう事?」
歩美も動揺で顔が汗だらけになっていた。直也も首を傾げていた。
「強い悪霊かね?」
「わからない。どういう事?」
直也は呑気そうだったが、直恵は焦りで慌ててしまう。
そうこうしているうちに篝火は意識を失った。桜も同じように意識を失ったと思ったが、悪霊が身体を乗っ取ったようだ。
悪霊が桜の口を通して話し始めた。
『ザマァ。エクソシストなんてやってるから報復しにやってきた』
やっぱりそういう事か。
いつもと全く口調や表情が違う桜の様子に直也も歩美も絶句していた。腰を抜かし手も足も出ないという感じだった。ここは直恵が悪霊と対面しないとならないようだ。
「何で桜を攻撃したの?」
『お前を攻撃する為さ。お前の大事なものを壊すのは愉快さ。桜の人生を悪霊まみれにしてやるよ』
「大事なもの?」
『気づいてねーのか? お前にとっては桜は大事なのさ、ヒヒヒ』
悪霊の不気味な笑い声を聞きながら、いつの間にか直恵にとって桜が大事な存在だと気付く。
悪霊は当事者よりも子供や恋人(特に女)など弱いものを誘惑して攻撃する性質があった。
創世記で書かれるアダムとイブも、悪魔からの攻撃はイブが最初だった。女性のイブはどう頑張っても霊的にも肉体的にも弱者だった。
改めてこんな事に桜を巻き込んで後悔した。泣きそうだが、ここで感情的になれない。
「攻撃するなら私を攻撃しなさいよ」
悪霊に話は通じないと思いつつも、文句を口走った。
『ふん! お前は中身は男みたいなもんだ。攻撃しがいがねーよ!』
「失礼ね!」
『だから弱い桜を狙った。ザマァ! エクソシストのクソ女!』
やっぱり悪霊にとって都合の悪い事をしているリスクを痛感し、後悔も覚えた。でも、幸田、令美、陽那の事を思うと、間違った事はしていないと感じる。
『ザマァ! 死んじゃえ、クソ女!』
悪霊の暴言を聞きながら、もうどうすれば良いのかわからない。
今の自分の力だけでこの執念そうな悪霊を祓う自信はもみるみると溶けていた。
絶体絶命。
そう思った瞬間だった。チャイムがなった。急いで玄関に走ると悠一の姿があった。
嫌な予感がしたから高速をかっ飛ばして早く来たという。
「先生、助けて! 桜に悪霊戻ってきちゃった!」
「はぁ?」
疑っていた悠一だが、悪霊つきの桜、意識を失っている篝火、腰を抜かしている直也や歩美を見て何かを悟ったらしい。すぐ対処法がわかったようで、意外と悠一は冷静だった。
「これは、あれだ。讃美歌歌って悪霊を追い出せ」
悠一の指示で、直也にギターを無理矢理持たせ、悠一の二人で讃美歌を歌った。よく教会で歌われているスタンダードな讃美歌だったが、明らかに悪霊達は弱り始めた。
歩美も途中から参加し、歌声はさらに大きくなる。
『や、やめろ!』
桜に憑いている悪霊はしぶとくいたが、篝火に憑いた悪霊は居心地が悪くなって去っていったようだ。
「俺も讃美歌歌うわ!」
篝火もなぜか讃美歌演奏に協力してくれた。讃美歌を知らない篝火は即興で歌詞を作って歌っていたが、これは意外と良かった。
「神様、あなただけを愛しています〜♪」
篝火が歌うとまるでラブソングみたいだったが、突然眩しい光を感じた。
光というか炎だった。
讃美歌を歌っている一同に炎がつき、まるで城壁のように守られているように見えた。
聖霊だ。
直恵は聖霊を始めて見たので、その感動で視界がぼやけて泣きそうだった。
その瞬間、桜に憑いていた悪霊が断末魔を上げながら去っていった。
「あれ? みんな何で讃美歌歌ってるの?」
意識を取り戻した桜は、いつものように呑気そうにつぶやいた。
「さ、桜ー!」
直恵は泣き叫びながら桜に抱きついた。
「は? どういう事?」
感情的に泣き叫ぶ直恵に抱きつかれた桜は、ただただ戸惑う事しかできなかった。




