朝霧桜編(3)
新学期が始まって数日が流れた。
最近は悪霊つきのホームレスにもあわず、直恵としては平穏だったが、桜の事が気になって仕方がない。
一見、誰からも好かれる陽キャ。性格も頭も良いが、正体不明の悪霊をくっつけている。
聖書でいう罪を犯さないと悪霊はつかないはずだ。
偶像崇拝(引き寄せの法則などのスピリチュアルも含め)、姦淫、殺人、親との不仲などの罪を犯すと悪霊の入り口になりやすい。他にも色々あるが、女子高生だったらこんなものだろう。
直恵は桜にこれらの事に手を出したか聞いてみたが、どれも答えはNOだった。
直恵の家は代々カトリック信者で、偶像崇拝やスピリチュアルはしていない。カトリックのマリア崇拝、マリアへの祈りについても個人的に疑問があってやっていないとの事。
彼氏もいないし、殺人などの犯罪行為もしていない。親とも仲良しだという。桜の家は大手健康食品メーカーの社長の家と聞いた。家も大きな屋敷に住み、メイドもいるという。直恵の家は教会で貧乏状態だったので、羨ましい限りだった。
「っていうか直恵って私に興味がある系? 友達になりたいの?」
悪霊の経緯を探っているだけだったが、何やら誤解され、友達認定されてしまった。しかも明後日放課後にお茶しようとまで言われてしまった。
別に桜と友達になりたいわけではなかったが、悪霊は気になる。結局、桜とお茶する事になってしまった。
別に桜と友達になりたいわけじゃないんだけど。
一匹狼に慣れすぎた直恵は、違和感を持ちつつ部活動のために学校に旧校舎に向かった。
旧校舎はエレミヤ塔といい、ボロい木造建てだった。聖書からとった名前であるそうだが、別に深い理由でつけられた名前では無いらしい。旧校舎は一部の弱小部活や備品倉庫として使われていた。あまり人はなく、幽霊が出るという噂もあった。実際は、幽霊はこの世にはなく、悪霊が死んだ人間の記憶を食べ、幻想を見せてるだけなのだが。
「真澄先生ー、ちょっと遅れました」
直恵はエレミヤ塔の聖書研究部に部室に入ると、顧問の真澄に挨拶した。
「直恵おっそいわ」
「ごめんなさーい」
平謝りしながら部室に丸テーブルの席に座る。この聖書研究部は、部員は三人しかいない。しかも二人は幽霊部員なので、実質直恵だけが部員みたいなものだった。この学園は部活は強制参加。運動や音楽、絵が苦手な直恵が入れる部活はここだけしか無いのだった。
「ところで、直恵さ。日曜礼拝って毎回出なきゃいけないの?」
「当たり前じゃないですか」
実は顧問の真澄は、この冬に牧師と結婚が決まっていた。お互い同世代のアラサーで気が合ったらしい。ただ、真澄はノンクリスチャンだったので、結婚するために直恵が聖書の事やクリスチャン生活の基本などを教えていた。
この部活では完全に立場が逆転。婚約者の牧師はなかなか忙しいらしく、直恵が教えた方が早いという事だった。
真澄は一時は自殺の悪霊が憑いていたが、今は綺麗さっぱり消えていた。直恵が見たところ、婚前交渉の罪も犯していない。勝手に霊的状況を見てしまって気まずいが、この年代にしては比較的霊の状態も良く、直恵は勝手に真澄が好きだった。牧師が結婚相手に選ぶ理由もなんとなくわかる。
「ところで真澄先生は英語出来るでしょ。K
JV聖書と新改訳聖書の違いでも一緒に研究しませんか」
「ええ、英語だったら私も得意よ! じゃあ、一緒に研究しましょう」
こうして真澄とKJV聖書と新改訳の訳の違いを一緒に読み解いていた。真澄は英語教師だが、留学経験でもあるのか英語がペラペラで、二人で読み解きも進む。
意外とだいぶ訳が違うところが多く、二人で夢中に読み解いていた。
こうしていると時間があっという間に過ぎ、直恵は桜の事はすっかり忘れてしまった。