母親の毒林檎編(8)
直恵は本邸の桜の部屋まで走った。本当は屋敷で走るなと言われていたが、今は緊急じたいだ。
「ちょっと、どうしたの? 直恵」
「幸田さんが危ない。とりあえず霊的な状態の良いあなたに協力して欲しいの」
「もしかして悪霊祓い!?」
「そうするかも」
碧子が来たせいで幸田の状況はますますわるくなっていた。悪霊祓いをするかどうかは本人に聞いてみない事にはなんとも言えないが、とりあえず桜に応援うを頼みたかった。
桜は聖書を抱え、直恵と一緒に幸田の部屋に直行する。
途中、直恵は碧子について説明した。
「じゃあ、その碧子さんって人が悪魔崇拝儀式をやっていたとう事?」
「ええ。スピリチュアルでもタチ悪いのがあるのねぇ。イメージングやアファメーションぐらいにとどめてほしいものだわ。まあ、それもスピリチュアルも偶像崇拝だから、全くよくないけどね」
「幸田さん、かわいそう。いわゆる毒親ってやつじゃない」
桜は心底幸田の状況に胸を痛めているようだった。これだけでも本当に心の真っ直ぐさが伝わってくる。
幸田の部屋の前につくと、二人で部屋に入った。
「ちょ、幸田さん……」
ベットの上で幸田は、碧子が持ってきた林檎を貪っていた。
明らかに悪霊がさせている異常行為だった。ベッドの上は林檎の蜜でベトベトになっていたが、幸田は獣のように林檎を食べている。
「どうせ、私なんかダメよ。生きている資格なんてない。最低、最低……」
悪霊が言わせているとはいえ、幸田が発している言葉は悲しくなる。権威のあるものの言葉も呪いになりやすいが、自分が自分に宣言した言葉も十分な効力を持つ。
まるでその言葉を養分にしたように悪霊が力を増し、幸子の身体をぐるぐるの締め付けていた。
「ダメよ、ダメよ。私なんか本当にダメよ。こんな名前だけど、名前負けなの。最低よ、最低。最低、最低なんだから」
「幸田ちゃん。そんな事言わないで〜」
桜は泣きそうになりながら、止めようとするが効果はない。
「まるで私は母親に毒を盛られる白雪姫ね。しかも美人じゃない、王子様が来ない陰キャな白雪姫!」
幸田は再び林檎にかぶりつく。碧子がかけた呪いも相当根強く感じた。
「幸田さん、それはウソよ」
「え?」
直恵は急いで御言葉を思い出し、彼女に語りかけた。
「エレミヤ書の 1章5節に『わたしはあなたをまだ母の胎たいにつくらないさきに、あなたを知しり、あなたがまだ生うまれないさきに、あなたを聖別し、あなたを立たてて万国の預言者とした』とある。神様は幸田さんを生まれた時から知っていて、祝福する計画を立てるの」
直恵が引用した言葉に、幸田の憑いている悪霊の力が弱まった。
「神様はあなたを特別な存在として選んで創ったのよ」
「そうよ、幸田ちゃん! 雅歌には『わが愛する者よ、見よ、あなたは美しい、見よ、あなたは美しい』って書かれてるの。幸田ちゃんは美しいわ! 少なくとも神様はそう思ってる!」
桜も聖書を開いて御言葉を引用した。幸田本人は意味がわからないという顔をしているが、背後にいる悪霊は『やめろ、やめろ!』と弱り始めた。
しばらく桜と二人で聖書の御言葉の引用をしまくっていた。聖書の御言葉は祝福の宝庫でもある。もしかしたら御言葉で幸田にかけられた呪いも解けるかもしれない。
何しろ聖書の御言葉はどの言葉より強い。いくら人間が悪意を持って言葉で呪ったとしても、聖書に御言葉には勝てない。一番権威がある言葉なのだ。
実際、幸田に憑いている悪霊は明らかに弱まっていた。幸田自身はよくわかっていないようだが、ついに林檎を食べるのをやめた。
「イザヤ書43章4節にはこうも書いてるよ。『わたしの目には,あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している』。神様はそれぐらい幸田ちゃんの事を愛してるわ。私も幸田ちゃんの事大好きだよ!」
桜がそう言った瞬間、悪霊が小さな虫のように小さくなり、綺麗に消えてしまった。
「あれ? 私、何してたの?」
幸田は、本当に憑き物が落ちた顔をしていた。
「ああ、本当に神様がいるのね。身体も心もとても軽い」
そう言って涙を流していた。つかさず直恵は福音を伝え。変な儀式に参加した事を悔い新ためよう話した。
「そう、そこまで神様は私の事を愛してくれてたの。ごめんなさい。全く知らなかったわ」
本当に素直に、心からといった口調で幸田は悔い改めていた。
「直恵、もしかして私が悪霊祓えた?」
「おつかれさま。最後のあなたの愛のこもった言葉も悪くなかったと思う。聖書の御言葉に完全に悪霊がびびって逃げた」
「やった!」
桜は直恵手を合わせて、喜んでいた。
それにしても桜がほとんど初仕事でこんな厄介な悪霊を祓えるとは予想外だった。
意外と素質があるのか?
直恵が首を傾げていたが、桜は幸田と一緒に喜んでいた。