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母親の毒林檎編(7)

 しばらく直恵の放課後はとても忙しかった。


 あれ以来、幸田が倒れてしまい、体調不良。という事で直恵のバイトも忙しくなった。このお陰で時給が少しあがったので、金銭的には助かったが、幸田の事の解決の糸口は掴めなかった。


 悠一にも一応相談していたが、彼も厄介な悪霊追い出しに関わっているようで、ろくに返信が来ない。いざとなったら悠一に助けを求めたいものだが、ハローウィンが近づいているこの時期は、悪霊の動きも活発になるので仕方がない。


 そうこうしているうちに土曜日になり、直恵は桜の屋敷の門の回りを掃除していた。


 枯葉が舞い散り、意外と汚れているものだった。道端を箒で掃くだけでも骨が折れた。


「ちょっと、お尋ねしていい? この辺りで朝霧っていうお家はどこにあるかしら?」


 上品なマダムに声をかけられた。薄い紫色のスーツを着込み、胸には綺麗なブローチもつけていた。片手にはデパートの紙袋も持っている。


 ただ、憑いている悪霊が酷い。各種スピリチュアルと偶像崇拝、不倫、鬱、貧困とワラワラと各種悪霊をつけていた。おまけに幸田と同じ悪魔崇拝の悪霊もつけている。幸田の関係者である事は確実だった。顔だちも似てる。


「私、ここで働いている幸田幸子の母親です。幸田碧子というの。実はちょっと娘に用事があって、案内してくださる?」


 直恵は、碧子がくっつけている悪霊の数々に気分が悪くなりながらも幸田の部屋に案内した。


 幸田に部屋は屋敷の裏手にあるメイド塔にあった。これだけでも普通の二階建ての一般民家ぐらいの大きさだが、本邸と比べると確かに小さい。


 ここは幸田、羊野、産休中の女性の部屋があった。直恵の休憩室も一応作ってもらっている。


「本当に大きなお屋敷ねぇ」


 碧子は不躾な視線で、メイド塔の壁や扉を見ていた。


「こちらです。幸田さん、お母様がいらっしゃいました。ご案内してよろしいですか?」


 直恵はドアの前で呼びかけると、幸田から返事があった。


「どうぞ」


 その声には怒りにようなものも滲んでいて、直恵は自分の行動が正しかったか疑問に思った。


 碧子は、そんな直恵の戸惑いなど無視して扉をあけ、ずかずかと部屋の中に入っていった。綺麗にセットされたグレーヘアだったが、悪霊が纏わりついていてちっとも綺麗に見えない。見かけは上品だが、どうも図々しい雰囲気だ。悪霊がそうさせているのは、一目瞭然だが、正直関わりたくない雰囲気の相手だ。


 しかし、幸田と同じ悪霊をくっつけているのは大きな収穫だ。直恵はキッチンで急いで紅茶を客用のカップに注ぎ、幸田の部屋に持っていった。


「あら、ありがとう」


 碧子は偉そうに直恵が持っているお盆から紅茶の入ったカップをひったくった。


 何やら碧子と幸田は軽い言い争いをしていたようで、険悪な雰囲気がただよっていた。ベッドで上半身だけ起きている幸田の顔色は真っ青だった。


「幸田さん、私は失礼して良いですか?」

「いえ、一応直恵さんもいて」


 懇願されてしまい、直恵はこの場から去ることはできそうになかった。とりあえずドアの方に行き、二人の様子を見守る。


 碧子は足をくみ、実に偉そうに椅子に座っていた。悪霊もザワザワとなんだかとても喜んでいた。特にスピリチュアルの悪霊がニコニコしている。


「だから、こんないい家で働いているんだからお給料いいんでしょ。とりあえず10万円くれない?」


 碧子は直恵という存在がいる事をすっかり無視してお金の無心を始めた。背後にあるスピリチュアルの悪霊が言わせていた。ハッキリとは断言できないが、このお金でスピリチュアル講座や占いに行きつもりだろう。スピリチュアルの悪霊はついた人の金銭状況も破壊する事が多い。


 確かに悪霊は不思議な事ができるので、イメージングやアファメーションなどのスピリチュアルワークでも、最初だけは願いが叶ったりする。


 ただ、所詮悪霊。一つの甘い蜜を与えたら、十の不幸と呪いを持ってくる。スピリチュアルで一旦願いが叶っても、長期的に見ればろくでもない。


 碧子はおそらく50代だ。この年代の女性は時間も金も余裕があるせいか、スピリチュアルの悪霊をくっつけている事が多い。たいして珍しい事でもないが、娘同様に悪魔崇拝の悪霊をくっつけているのは気になる。


「失礼ですが、お母様。そのお金では何をするおつもりですか? スピリチュアルですか?」


 黙って俯いている幸田に代わって直恵が口を開いた。


「あなたよくわかったわね。そう、スピリチュアルリーダーの講座に出たいから、お金が必要なの」

「どんなスピリチュアルリーダーなんですか?」


 表面的には理解を見せた直恵に碧子はペラペラと詳細を語る。単なるスピリチュアルワークという風でもなく、割とガチな悪魔崇拝儀式だった。アファメーションやイメージングではなく、鳩やウサギの死体を使って悪魔を召喚して願いを叶えて貰うとニコニコ顔で語っていた。


 悪魔崇拝の悪霊の入り口は判明した。さらに詳しく聞くと幸田も幼い頃、強制参加させていたらしい。幸田本人は強制的な年間行事だと思っていたらしく、スピリチュアルだとは気づいていないと言う。確かにガチ過ぎて、一般的なスピリチュアルのイメージとは遠い。


「私はあんな怖い儀式には参加したくなかったよ」


 全ての謎が解けてホッとはしたものの、喜んではいられない。何か思い出した幸田の情緒は不安定になってきた。


「うるさい子ね。そのおかげでウチはけっこう金持ちになったじゃない」

「でも、破産したじゃない!」

「うるさい。こんな娘は産むんじゃなかった。こんな娘の人生なんてめちゃくちゃになればいいのよ。ブスだし、誰も幸子の事なんて好きにならないわ!」


 その言葉は明らかに悪魔崇拝の悪霊が言わせていた。その言葉を受けた幸田の同じ悪霊も大喜びしている。


 おそらく碧子が関わった儀式では呪文もかなり使っていたと推測する。どうも碧子の使う言葉は呪術じみている。


 変な儀式に関わらなくても、人間の言葉は呪いになりやすい。しかも親という権威があるもの発する言葉は重い。


 幸田は年中この碧子から呪いの言葉を受けていたと仮定すると、彼女の人生がそうなるようにプログラミングされたのは安易に想像できた。


「こんな娘要らない! 死ねばいいのよ! もう帰る!」


 碧子は最後に特大の呪いの言葉を吐いて帰っていった。


 持っていたデパートの紙袋だけ残して。


 その中には真っ赤な林檎が入っていた。艶々な表面は、どこかこわくてきだった。


「なにこれ、白雪姫の毒林檎?」


 幸田は力なく笑った。

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